広島大学病院がんゲノム医療について

(1)がんの発生するしくみ

 ヒトの体をつくる一つ一つの細胞は、約2万種類もの遺伝子によってコントロールされています。遺伝子は人体の設計図です。がんは、いろいろな原因で遺伝子に変化がおこった結果、細胞の増殖がコントロールできなくなったことで発生します。もともと正常に機能していた細胞が、制御が効かない状態になって増殖、浸潤、転移することで起こる病気のことを「がん」と呼びます。
 もとの細胞が体のどの部分の細胞だったか(原発巣)と、どのような遺伝子に変化が起こったか、がんによっては複数の異なる遺伝子ががんの発生にかかわるので、どの組み合わせの遺伝子に変化がおこったかによって、がんの特徴(悪性度や抗癌剤に対する効果など)が大きく異なります。同じがんでも、ひとりひとり経過や治療効果が異なるのは、もとの細胞が一緒でも、原因になっている遺伝子が異なっているからです。
 がんゲノム医療では「がん遺伝子パネル検査」という、遺伝子を一度に100~300種類も調べる検査で、がん細胞に起きている遺伝子の変化を調べることで、がんの特徴を知ることができます。新しい抗がん剤の多くが分子標的薬といって、遺伝子の変化によって作られた異常タンパク質を標的にしたお薬です。
 がんゲノム医療では、がんの原因になっている遺伝子の変化を同定して、それによって発生する異常タンパク質を標的にした分子標的薬を選択することで、がんに効果的に対処できると考えられています。

がんの発生するしくみ

(2)がんゲノム医療の流れ

 がんゲノム医療では、手術や検査で採取されたがん組織から遺伝子を抽出して、100種類以上の遺伝子の変化を調べる「がん遺伝子パネル検査」という検査を行い、遺伝子の変化に関するデータが得られます。
 がんに関連する遺伝子は数百種類と言われていますが、まだまだ判らないこともたくさんあります。大学病院をはじめとする研究施設で、日々の研究が進み、それをもとに新しい抗がん剤の開発も進んでいます。
 「がん遺伝子パネル検査」の結果から患者さんの治療に結びつけるためには、「エキスパートパネル」と呼ばれる様々な分野の専門家によって議論され、現在わかっている研究成果から、そのがんに効果が期待される治療法が検討され、その結果がレポートにまとめられます。担当医は、このレポートを参考に「がん遺伝子パネル検査」の結果を患者さんやそのご家族にお伝えし、治療方針について相談します。
 「がん遺伝子パネル検査」は保険診療で行われるようになりました。ただし検査の結果、検討される治療法の中には、保険適用外のものが含まれる場合があります。

(3)がんゲノム医療で得られる「治療情報」と「遺伝性腫瘍」について

 がんの中でどのような遺伝子の変化が起こっているのかを知ることで、ある薬剤が「効きやすい」または「効きにくい」という効果を予測できることがあります。これらの結果を参考にして、新しい薬剤や治療法の治験・臨床試験への参加が検討されることもあります。
 がんで起きている遺伝子の変化には、まだわかっていないことがたくさんあります。検査をしても検体の不具合が原因で解析がうまく行かない場合や、遺伝子に変化が認められないことがあります。また遺伝子の変化が認められたとしても、それに適した薬剤がないことなど、患者さんの「がん」の治療に直接役立たないこともあります。
 検査の結果、患者さんのがんの治療に役立つ情報が得られない場合も、考えられる最善の治療が受けられるようにいたします。

 がんの多くは、加齢やたばこ、食生活などの生活習慣や環境要因によって遺伝子に変化が起こることで発生します。こうした遺伝子の変化はがん組織の中にのみ起こる変化で、次の世代に受け継がれることはありません。
 一方で、人それぞれ個性があるように、遺伝子には生まれながらに個人ごとの違いがあります。生まれながらに持っている遺伝子の違いが原因で、「がん」になりやすい体質になることがあります。このような「がん」のことを「遺伝性腫瘍」と呼びます。「がん遺伝子パネル検査」ではあなたの治療に役立つ情報以外に、「遺伝性腫瘍」の可能性が判明することがあります。
 「遺伝性腫瘍」の可能性を知ることで精神的な負担になることもありますが、患者さんやその血縁者の、がんの予防や早期発見に役立てることができます。遺伝に関する様々な悩みや相談に対して、遺伝子診療部では遺伝の専門家である臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーによる「遺伝カウンセリング」を行っています。
 「がん遺伝子パネル検査」をうける前に、遺伝性腫瘍の可能性があるかどうか、遺伝子診療部で遺伝カウンセリングを行い、「遺伝性腫瘍」に関する結果については、患者さんの知る権利、知らないでいる権利に基づき、ご希望を尊重いたします。ご不明な点については、担当医または遺伝子診療部が対応いたします。

(4)保険適用での検査の条件について

 2019年6月から「がん遺伝子パネル検査」が保険適用となりましたが、保険適用での検査には、いくつか条件があります。
 その一つに「がん遺伝子パネル検査」で行った検査データと患者さんの診療情報の国立がん研究センターにある「がんゲノム情報管理センター(C-CAT)*」への登録があります。これは厚生労働省が進める第3期がん対策推進基本計画に基づいて行われる国の事業の一つで、集約した情報を将来のがん研究や医薬品などの開発、遺伝子検査の精度管理に利用できるようにします。
 「がん遺伝子パネル検査」を受ける患者さんには、検査データや診療情報をC-CATに登録してよいかどうかを検査前の説明時に伺います。データ提供に同意されなかった場合でも、検査を受けることはできますが、患者さんの治療を決める「エキスパートパネル」では、C-CATに提供されたデータをもとに遺伝子変異情報や治療情報などを追加解析した「C-CATレポート」を参考に治療を決定します。C-CATレポートが無い状態でも最善の治療が受けられるようにしますが、「C-CATレポート」が利用できない点について、ご理解していただく必要があります。

*「がんゲノム情報管理センター(C-CAT)」に関する情報については、C-CATホームページをご参照ください。
 https://www.ncc.go.jp/jp/c_cat/index_kan_jya.html

 その他の保険適用での検査の際の条件につきしては担当医にご相談ください。


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