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【研究成果】筋萎縮性側索硬化症の運動神経活動の異常を非侵襲的に同定することに成功!

研究の概要

 金沢大学理工研究域フロンティア工学系の西川裕一助教、田中志信教授、広島大学の丸山博文教授、前田慶明講師、中京大学の渡邊航平教授、University of MariborのAleš Holobar教授、Marquette UniversityのAllison Hyngstrom教授らの共同研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の運動単位の活動異常を非侵襲的に同定することに成功しました。
 筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis,ALS,)(※1)は、針筋電図検査による異常所見が診断の上で重要な所見となります。しかしながら、針筋電図検査は、筋肉に対して針電極を刺すという侵襲性が高い手法となります。また、針筋電図検査で用いる針電極は、数mm程度の範囲しか計測することができないため、異常のある病変部位をうまく検出できない場合には、何回も針電極を刺す必要があり、患者にとって大きな苦痛を伴う検査といえます。
 ALSでは、運動神経細胞が変性することで、神経変性に起因する特徴的な運動神経の活動を呈します。本研究グループは、運動神経の活動を非侵襲的に計測可能な高密度表面筋電図法(※2)を用いて、神経変性の際に特徴的な運動神経の活動が検出できるかを解析しました。その結果、同世代の健常者と比較してALS患者では病初期から過剰な運動神経の活動を呈していることを明らかにし、針筋電図検査によって得られる所見と類似した所見が得られることを確認しました。さらに、ALS患者では脊髄の興奮性や神経細胞の膜電位異常があることも見出しました。
これらの知見は将来、新たな診断手法やALSの更なる病態解明に活用されることが期待されます。 
 本研究成果は、2022年7月22日11時(ロンドン時間)に国際臨床神経生理学会誌『Clinical Neurophysiology』に掲載されました。

発表内容

【研究の背景】

 ALSは、運動神経細胞の変性によって、手足の動かしにくさ、話しにくさなどの症状が見られます。運動神経細胞の変性によって生じる運動単位(※3)の異常な活動は、従来針筋電図検査によって計測されてきましたが、侵襲性が強く、患者にとって大きな苦痛を伴います。また、この検査手法により病的な異常を検出するためには、検査者の経験と技量が必要となり、経験の浅い検査者では異常を見つけることが難しいという技術的な問題もあります。これらの課題を解決するために、非侵襲的かつ簡便に運動単位の活動異常を定量的に評価する手法が必要とされてきました。

【研究成果の概要】

 本研究では、ALSと診断された患者と同世代の健常者(それぞれ16名)を対象として、運動単位の活動を計測しました。運動単位の活動解析には、高密度表面筋電図法を用いました。測定対象の筋肉は、外側広筋(太もも前面の外側の筋肉)とし、膝を伸ばす筋力を発揮している時の筋肉の活動を解析に使用しました(図1)。計測された筋活動は、Decomposition techniqueという特殊なアルゴリズムを用いて解析を行い、運動単位の定量解析を行いました(図2)。
 ALS患者は、健常者と比較して、検出される運動単位の数が少なく(図3)、同程度の筋力を発揮しているにもかかわらず過剰な運動単位の活動を呈していることが確認されました(図4)。また、運動単位の活動のばらつきが大きく、脊髄の興奮性の亢進や細胞膜電位異常が生じていることを見出しました。さらに、運動単位の活動開始時の過活動がALSに関連する因子として同定され、ALSの診断指標の一つとして有用であることが示唆されました(図5)。

【今後の展開】

 本研究にて用いた手法は、痛みを伴うことなく運動神経活動を定量的に評価することができるため、ALS患者の新しい評価・診断方法の発展に貢献できることが期待されます。
 動物を用いた基礎研究により、ALSは運動症状が見られる前から脊髄の興奮性が増大していることが報告されており、本研究に用いた解析手法により、運動症状出現前のALSの検出(発症前診断)に応用できる可能性があります。また、脊髄の興奮性や神経細胞膜の電位異常など、これまで動物実験や侵襲的な手法でしか分からなかった現象を非侵襲的に計測できることが明らかになり、ALSの更なる病態解明に繋がる可能性があります。

 本研究は、日本学術振興会(二国間交流事業:JPJSBP-82626)、Slovenian Research Agency (project J2-1731,Program funding P2-0041)の支援を受けて実施されました。

用語解説

※1 筋萎縮性側索硬化症(ALS)
 運動神経細胞の変性により、手足やのど・口といった全身の筋肉が痩せて力がなくなっていく病気です。急速に症状は進行し、人工呼吸器を装着しない場合は、病気になってから死亡するまでの期間はおよそ2〜5年と言われています。

※2 高密度表面筋電図法
 60〜100個程度の表面電極を用いて、広範囲に筋活動を計測する手法です。筋肉が動く際には、脳からの電気信号が運動神経を介して筋肉に伝わります。この時、電気信号は筋線維の上を伝播していきます。高密度表面筋電図法では、広範囲の筋活動を計測することができるため、電気信号の伝播パターンを解析することで、神経と筋肉のつなぎ目(神経筋接合部)を見つけることができます。また、電気信号の波形解析をすることで、運動神経が活動するタイミングを同定することができます。

※3 運動単位
 ヒトが筋肉を動かす際には、脳からの電気信号が脊髄にある運動神経細胞に伝わり、神経軸索を通って筋線維に伝わります。一つの運動神経細胞は複数の筋線維を支配しており、この運動神経細胞から筋線維を運動単位(Motor Unit)と呼びます。

【参考資料】

図1:A測定姿勢、B運動課題、C高密度表面筋電図、D電極貼付位置

図2:(左図)Decomposition techniqueにより同定された運動単位(Motor Unit, MU)。(右図)検出された運動単位の活動のタイミングを色分けしてプロットしている。最大随意筋力(Maximal Voluntary Contraction, MVC)の30%を発揮している際の筋活動を解析に使用した。

図3:A,Bは健常者,C,DはALS患者のデータを示している。

図4:10Nmと20Nm発揮中の運動単位の活動頻度の比較.*10Nmと20Nmの比較,†ALS患者と健常者の比較。p < 0.05

図5:運動単位の活動頻度によるALS患者の診断カットオフ値

論文情報

  • 掲載誌:Clinical Neurophysiology
  • 論文タイトル:Detecting motor unit abnormalities in amyotrophic lateral sclerosis using high-density surface electromyography(高密度表面筋電図による筋萎縮性側索硬化症の運動単位活動異常の同定)
  • 著者:Yuichi Nishikawa,Aleš Holobar,Kohei Watanabe,Hiroki Ueno,Noriaki Maeda,Hirofumi Maruyama,Shinobu Tanaka,Allison Hyngstrom
    (西川 裕一,Aleš Holobar,渡邊 航平,高橋 哲也,上野 弘貴,前田 慶明,丸山 博文,田中 志信,Allison Hyngstrom)
  • DOI:10.106/j.clinph.2022.06.016
【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
 金沢大学理工研究域フロンティア工学系 助教
 西川 裕一
 TEL:076-234-4760
 E-mail:yuichi*se.kanazawa-u.ac.jp

 広島大学大学院医系科学研究科 脳神経内科学 教授
 丸山 博文
 TEL:082-257-5201
 E-mail:hmaru*hiroshima-u.ac.jp

 中京大学スポーツ科学部 教授
 渡邊 航平
 TEL:0565-46-5201
 E-mail:wkohei*lets.chukyo-u.ac.jp

<報道に関すること>
 金沢大学理工系事務部総務課総務係
 米田 一宣
 TEL:076-234-6826
 E-mail:s-somu*adm.kanazawa-u.ac.jp

 広島大学広報室
 西本 勝彦
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 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

 中京大学広報課
 吉村 ひとみ
 TEL:052-835-7135
 E-mail:kouhou*ml.chukyo-u.ac.jp

(注: *は半角@に置き換えてください)


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