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【研究成果】新型コロナウイルスへの感染対策で他の飛沫感染の病原菌検出数が減少-大規模データベースを用いた縦断研究-

本研究成果のポイント

  • 新型コロナウイルス流行初期段階の前後について、日本の大規模データベースを使用し、細菌培養検査による分離菌の動向を解析した。
  • 飛沫感染経路を感染伝播の主体とする呼吸器感染症を引き起こす細菌群(肺炎球菌、インフルエンザ菌など)の分離比率は、新型コロナウイルス流行初期の前後を挟み、著しく減少したが、その他の感染経路を主体とした細菌群(黄色ブドウ球菌、大腸菌など)では、変化を示さなかった。
  • 飛沫感染経路を主体とした細菌分離率が減少した時期は、国民が新型コロナウイルス感染対策に対する行動変容を開始した時期と一致。感染予防対策が他の感染症にも一定の効果があった。

概要

 広島大学の柿本聖樹助教、広島大学病院の宮森大輔診療講師、大森慶太郎診療講師、小林知貴診療講師、池田晃太朗医師、樫山誠也技師、大毛宏喜教授、伊藤公訓教授からなる共同研究チームは、大規模オープンデータベース「日本感染症予防・医療疫学サーベイランス(J-SIPHE)」※1を解析し、新型コロナウイルスの流行初期の前後での、細菌伝搬の動向を検討しました。病原性のある10種類の細菌のうち、飛沫感染※2経路による感染伝播を主体とした3種類の細菌の検出数が著しく減少したことを明らかにしました。さらに、これらの飛沫感染を主体とする細菌の検出頻度が減少した時期は、新型コロナウイルス感染症の感染対策に対する行動変容※3が開始された時期と一致していました。従って、マスクの着用やソーシャルディスタンスの感染予防対策が、新型コロナウイルス感染症のみならず、飛沫感染経路を主要な感染伝播経路とする呼吸器・気道感染症に起因する細菌群の伝播経路を遮断し、予防効果があったことを大規模な細菌学的データベースを用いて裏付けました。本研究成果は、2022年12 月1 日にイギリスの国際学術誌「Journal of Infection」誌に掲載されました。

背景

 日本では新型コロナウイルス感染症の初期段階から、「ソーシャルディスタンス」「手洗い」「マスク着用」など、国民の意識や行動に変化が生じ、感染予防による公衆衛生の向上が図られました。2020年2月上旬にクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で新型コロナウイルス感染症が拡大し、衝撃的な報道がされた時期から、2020年5月の非常事態宣言の発出にかけての時期に、人々が接触する機会は大幅に減少しました。
同時に、新型コロナウイルス感染症は細菌の動向に大きな変化をもたらした可能性が指摘されていました。新型コロナウイルス感染後の二次性の細菌性肺炎※4が懸念されましたが、増加には至りませんでした。むしろ、新型コロナウイルス感染症の流行以降、細菌感染を起因とした肺炎の入院患者数や、それらの細菌が原因となる侵襲性細菌感染症※5の患者数は減少していると報告されています。
しかし、受診控え・検査控えの影響により患者症例数の統計が本来の患者数の結果を反映していない可能性が指摘されていました。これを踏まえ、我々の研究チームは、不顕性感染者※6や無症状の保菌者※7を含む、細菌を主体とした動向を大規模なデータベースを用いた網羅的な検討を行いました。
本研究では、新型コロナウイルス感染症による行動変容をもたらした2020年2月から4月の期間前後である2019年1月から2020年1月までと、2020年5月から2020年12月までを比較し、感染予防対策の効果が、細菌感染に与えた影響を網羅的に解析し、どのような感染経路(接触感染・飛沫感染・自家感染)の細菌動向に影響を与えたかを検討しました。

研究成果の内容

 データベースに登録された約200施設の入院患者について、実施された細菌培養検査より分離された1か月単位での10菌株の細菌数の時系列の変化を分割時系列分析という手法を用いて解析しました。これにより、新型コロナウイルス流行の初期段階における細菌動向の変化を、流行前を基準として評価しました。加えて、新型コロナウイルス感染症が細菌動向全体に与えた影響を考慮するために、細菌動向全体との差を検証しました。
新型コロナウイルス感染症の流行初期の前後において、細菌全体の動向と比較しても、細菌性肺炎の原因菌として最も多い肺炎球菌(Strptococcus pneumoniae:S. pneumoniae)が、27%(95%信頼区間:19.2-35.2%)、細菌性肺炎の原因菌として肺炎球菌の次に多いインフルエンザ菌(Haemophilus influenzae:H. influenzae)が24.4%(95%信頼区間:17.4-31.4%)、扁桃炎の代表的な原因菌である化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes:S. pyogenes)は32.4%(95%信頼区間:6.0-58.9%)と顕著な減少を認めました。これらの急激な検出数の変化以降は、検出数の動向に変化は認めず、低下した状況が維持されていました。(図)

 一方で、主にヒトの皮膚などに主に常在し、食中毒の原因菌などにもなりうる黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus:S.aureus)や、主に膀胱炎、腎盂腎炎などの尿路感染症や腸炎などの原因菌となり得る大腸菌(Escherichia coli:E.coli)や腸球菌類 (Enterococcus faecalis: E.faecalis)など、接触感染や自家感染を来す伝搬経路について細菌検出数の変化はありませんでした。これらの結果は、個人の感染予防に対する行動変容が細菌感染の動向に大きな影響を与えており、その結果、新型コロナウイルス感染症のみならず、飛沫感染経路によって伝播する細菌感染症の動向にも一定の効果があったことを示しています。また、行動変容の継続により、感染症伝播の抑制効果が維持された可能性を示唆しています。

今後の展開

 本研究結果から、日本の大規模データベースを用いて、新型コロナウイルスの流行初期に、飛沫感染で伝播する細菌3菌株の検出数が低下し、2020年末まで維持されたことが確認されました。新型コロナウイルス感染症および他の呼吸器細菌感染症の同時流行は、さらなる医療逼迫につながる懸念が指摘されています。飛沫感染経路を主体とする感染症のコントロールのためには、継続的な行動変容が必要であることが本研究結果を踏まえて再認識されました。また、これらの結果は、呼吸器系細菌感染症の重症化リスクがある呼吸器疾患、免疫抑制状態、高齢者等における疾患の予防のために、啓発や行動変容を行うことが一定の意義があることを示唆する結果でした。

掲載論文

  • 掲載誌:Journal of Infection
  • タイトル:Impact of the early phase of COVID-19 on the trends of isolated bacteria in the national database of Japan: an interrupted time-series analysis
  • 著者:Masaki Kakimoto、Daisuke Miyamori、Keitaro Omori、Tomoki Kobayashi、Kotaro Ikeda、Seiya Kashiyama、Hiroki Ohge、Masanori Ito  
    *:責任著者
  • DOI:https://doi.org/10.1016/j.jinf.2022.11.025

図 分割時系列分析を用いた肺炎球菌、インフルエンザ菌、化膿連鎖球菌および細菌の総検出数の解析結果

飛沫感染を主体とする3菌株がコロナウイルス流行初期を境に予想されていた検出数から急激に低下していた。この結果は、細菌の総検出数の変化と比較しても、有意であった 

語句説明

※1  「日本感染症予防・医療疫学サーベイランス(J-SIPHE)」
薬剤耐性(AMR)対策アクションプランとして、厚生労働省委託事業AMR臨床リファレンスセンターが主体となり、AMR対策に利活用できるシステムとして運営が開始された。病床のある保険医療機関を対象として、感染症診療状況、感染対策や抗菌薬適正使用への取り組み、医療関連感染の発生状況、主要な細菌や薬剤耐性菌の発生状況やそれらによる血流感染の発生状況、抗菌薬の使用状況等を参加施設が登録し、集計データは参加施設に還元される。
※2  飛沫感染
咳、くしゃみのしぶきによって、唾液などに含まれる細菌やウイルスなどの病原体が体外に放出され、それを吸い込むことにより気道粘膜などへ侵入し感染を引き起こす伝播経路を指す。
※3  行動変容
環境の変化に応じて人の行動が変化することであり、新型コロナウイルス感染症では、感染予防対策の一環としてマスク着用やアルコール消毒などが該当する。
※4  二次性肺炎
インフルエンザウイルスなど、呼吸器系のウイルス感染症に罹患した後、新たに細菌感染による肺炎を起こすこと。インフルエンザに罹患後では、高齢者を中心に、原因菌として肺炎球菌やインフルエンザ菌による細菌性肺炎を引き起こすことが多い。
※5  侵襲性細菌感染症
肺炎球菌やインフルエンザ菌、化膿レンサ球菌、髄膜炎菌が原因菌として該当する。本来は無菌環境である血液や髄液からこれらの菌が培養検査によって検出される感染症のことを指す。
※6  不顕性感染
細菌やウイルスなどの微生物に感染しながらも、感染症状を示さないことを指す。
※7  無症状の保菌者
無症候性キャリアと同義語であり、微生物に感染しながらも、症状を示さないもの。これによって、病原体を体外に排泄することによって、新たな感染が成立する。

【お問い合わせ先】

病院総合診療科 診療講師 宮森大輔

Tel:082-257-5460 FAX:082-257-5461

E-mail:morimiya*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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