広島大学病院 歯科放射線科 講師 小西 勝
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E-mail:mkonishi@hiroshima-u.ac.jp
本研究成果のポイント
- 本研究では特別養護老人ホーム入所中の認知症高齢者を対象として、口腔機能検査の一つであるオーラルディアドコキネシスを行った結果、約半数の高齢者で検査を十分に行うことができませんでした。
- オーラルディアドコキネシスの検査が十分にできなかった高齢者の特徴は、「要介護度4以上」、「認知症高齢者の日常生活自立度Ⅲ以上」、「臼歯の咬合が欠損」でした。
- 今後は認知機能の低下した高齢者の口腔機能を正確に評価できる新たな検査方法の開発が期待されます。
概要
広島大学病院歯科放射線科の小西勝講師の率いる研究グループは、これまで20 数年に渡り、高齢化が進む過疎地域での介護施設への訪問診療を行ってきました。その中で、認知症高齢者の口腔内の状態と全身機能との関連や、栄養状態との関連について研究を行い、研究成果を報告してきました(参考資料1-3)。今回の研究では、認知症高齢者における口腔機能の評価方法の一つであるオーラルディアドコキネシスに焦点を当てました。オーラルディアドコキネシスの検査が可能な要介護レベル、認知症レベル、口腔内の状態を明らかにしました。
本研究の成果は、2024 年2 月にJournal of Oral Rehabilitation 誌に公開されました。
論文情報
- 掲載誌:Journal of Oral Rehabilitation(Q1)
- タイトル:Can oral diadochokinesis be used as an assessment tool of oral function in older adults requiring care in nursing home?
- 著者:*小西 勝1,2
1 : 広島大学病院歯科放射線科
2 : 特定医療法人三青園丹後ふるさと病院歯科口腔外科
* : 責任著者 - DOI:10.1111/joor.13594.
背景
近年、口腔機能の衰えを表すオーラルフレイルという概念が提唱されています。フレイルは健康と障害の中間にあり、健康に戻すことができる可逆的な状態とされています。オーラルフレイルが進行すると「口腔機能低下症」という疾患となり、2018年に歯科疾患として保険導入されています。口腔機能低下症になると、食べ物を噛んだり飲み込んだりすることが難しくなります。また、口腔内の衛生状態が良くなければ、誤嚥が原因となる肺炎を引き起こすこともあります。口腔機能低下症の評価項目として、口腔衛生状態不良、口腔乾燥、咬合力低下、舌口唇運動機能低下、低舌圧、咀嚼機能低下、嚥下機能低下の7 つの項目があります。この中の舌口唇運動機能低下の評価には、パ、タ、カを5 秒間繰り返し発音し、回数で評価するオーラルディアドコキネシスが用いられます。パ、タ、カのいずれかが1 秒当たりの回数が6 回未満を舌口唇運動機能低下と診断します。オーラルディアドコキネシスで評価される舌口唇運動機能は発音だけでなく、咀嚼や嚥下の機能にも影響を与えています。また、パタカラ体操として口腔・嚥下機能の維持、向上のため介護施設等で広く利用されています。オーラルディアドコキネシスは重要な評価方法の一つではありますが、認知機能が低下してくると次第に検査方法を十分に理解することが難しくなり、正確な検査を行えない場合が増えてきます。したがって、「オーラルディアドコキネシスの検査が可能な認知機能のレベルはどの程度であるのか?」を明らかにするために本研究を行いました。
研究成果の内容
特別養護老人ホームに入所中の認知機能の低下した高齢者145 名を対象としました。そのうち68 名(46.9%)の高齢者でオーラルディアドコキネシスの検査ができませんでした。オーラルディアドコキネシスの検査ができなかった高齢者には、「要介護度や認知症のレベルが高く」、「臼歯の咬合が欠損している」という特徴がみられました。特に、「要介護度が4以上」、「認知症高齢者の日常生活自立度がⅢ以上」で有意にオーラルディアドコキネシスの検査ができない高齢者が多くみられました。
今後の展開
今後、さらに研究を継続し、認知機能の低下した高齢者の舌口唇機能運動を正確に評価できる方法の開発につなげたいと考えています。また、舌口唇運動機能以外の口腔機能低下症についても検査の妥当性について検討する予定です。
参考資料
1. 小西勝: 特別養護老人ホーム入所者の口腔状態と身体機能との関連. 広島大学歯学雑誌,47: 90-6,2015.
2. 小西勝,柿本直也: Relationship between oral and nutritional status of older residents with severe dementia in an aged care nursing home. Gerodontology, 38(2): 179-184, 2021.
3. 小西勝,柿本直也: Investigation of changes in oral conditions and body weight of older residents in an aged care nursing home. Int J Gerontology,17(1): 19-24, 2023.
用語説明
(注1)要介護度:介護サービスの利用に際してどのくらいの介護が必要か判断するための指標で、要支援1~2、要介護1~5 の7 段階に分けられている。数字が大きくなるほど多くの介護が必要となる。
(注2)認知症高齢者の日常生活自立度:高齢者の認知症の程度を踏まえた日常生活自立度の程度を表す指標のこと。ランクはⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、M の5 段階に分けられている。Ⅰがほぼ自立した生活が可能で、Ⅳが常に介護が必要な状態で、M は重度の精神症状や行動障害がみられ専門的な医療を要する状態のこと。