大学院統合生命科学研究科 𠮷田 真菜さん

取材日:2025年2月12日

統合生命科学研究科の𠮷田真菜さんにお話を伺いました。
𠮷田さんは、令和4年8月に広島大学女性科学技術フェローシップ制度の理工系女性M2奨学生に採用され、令和5年度からは理工系女性リサーチフェローとして支援を受けています。また、令和7年度からは、日本学術振興会の特別研究員に内定されています。
今回は、𠮷田さんに、博士課程後期で実施している研究や生活の様子など、様々なお話を伺ってきました。(記載の情報は取材時点のものです。)

博士課程後期の研究内容について 

𠮷田さんの研究内容について教えてください!

両生類の器官再生能力について研究しています。器官再生とは、失われた体の⼀部が構造的にも機能的にも元通りに修復する現象のことです。私達ヒトのような哺乳類は、器官や組織に大きな損傷を受けると完全に修復することはできない、つまり器官再生能力が乏しいと言えます。例えば、脊髄を損傷すると下半身不随になり、手足を失うと二度と生えてきません。一方で、両生類はこの能力が非常に高く、手や足だけでなく、脳、心臓、目の一部を失っても復元することが可能です。両生類の高い再生能力はどのようなメカニズムで起きるのか?哺乳類との違いはなにか?を明らかにすることで、ヒトの再生医療へのヒントを見つけることが研究の最終的な目標です。
現在は、ツメガエル幼生(オタマジャクシ)の尾部再生を対象に研究を進めています。ツメガエルには、幼生期は再生能力が高い一方で、成体になるにつれてその能力が低下するという興味深いポイントがあります。さらに幼生は体が透明で観察がしやすい、尻尾の再生は1週間程度と短いことなどから、器官再生研究の優れたモデル生物の1つとなっています。これまでに私達は、ツメガエル幼生の尾部再生に必須の因子を見出しました。具体的には、この因子は再生尾部で活性化しており、その活性を阻害すると再生尾部が異常な形態になりました。では、尾部切断後にどのようにしてこの因子が活性化するのか?その制御機構について調べています。実験手法としては、活性化に寄与するゲノム配列の候補と蛍光タンパク質遺伝子をツメガエルの卵に注入し、幼生期まで育てた後尻尾を切断して、その再生過程を蛍光顕微鏡で観察します。再生尾部で蛍光を発していれば、その配列が再生の際に使われていることを示しているので、このような実験を繰り返して、ターゲットとなる配列を地道に絞り込みながら制御機構の解明に取り組んでいます。

このテーマを選ばれた背景を教えてください。

中学高校と一番得意で好きだった科目が生物で、中でも、特に興味を抱いたのが発生生物学という、卵から個体が形作られる過程を研究する学問でした。さらに、高校の担任の先生が発生生物学の元研究者だったこともあり、こんな面白い現象を自身でも研究してみたいと思い、生命科学系の大学、学科を選択しました。そして学部生として勉強するうちに、発生生物学の中でも器官再生という現象について知り、非常に驚いたとともに魅力も感じました。「なぜ私達ヒトと同じ脊椎動物でこのようなことが可能なのか?両生類の器官再生能力をヒトに活用すれば、手足を再生させることができるのか?将来、薬の投与だけで損傷した器官を再生できるような革新的な治療法も見出せるのではないか?」そう思ったため、卒業研究では器官再生に関する研究をおこなっている研究室への配属を希望し、ツメガエルを用いた研究を開始しました。
両生類の器官再生研究は長年進められており、発生過程で活性化するような因子が再生過程において再び活性化することが明らかになっています。そのため、これまでは発生関連因子に着目した研究が多くおこなわれており、私も卒業研究ではそこをターゲットにしていました。しかしながら、発生関連因子は脊椎動物間で広く保存されているため、ヒトでも再生するポテンシャルを秘めていると考えられます。では、なぜ両生類は再生過程でこれら因子を再活性化できる一方で、哺乳類は再活性化できないのか?そこのメカニズムが解明できれば、器官再生がどのようにして起こるのかが理解できると考えました。現在の研究室は、発生過程における遺伝子の制御機構やゲノム配列の進化に関する研究を得意としており、また所属している両生類研究センターは両生類を用いた研究を遂行する上で最適な環境であることから、大学院入学を機に広島大学に移りました。

研究の面白さについて教えてください。

研究は失敗の連続なので、その中で何か進捗があったときはもちろん嬉しいです。また、その中で得られた成果を学会で発表した際に、面白そうに聞いてくださったり、お褒めの言葉をいただけたり、さらなるアイデアをいただけると非常にやりがいを感じます。それから私は博士課程前期の時に、ツメガエルにおいて組織を限定して遺伝子を活性化させるシステムを改良したことがあったのですが、最近、そのシステムを他の研究室でも使っていただく機会があり、そちらでもうまく動いて研究に使用できそうだとのお声をいただきました。自分の研究が誰かの役に立ったということは嬉しかったですし、このような貴重な経験ができることも魅力だと感じています。

𠮷田さんが研究を行う様子

博士課程後期の生活について 

毎日のスケジュールについて教えてください。

私は朝が得意ではないので、午前は少し遅めに研究室に来ています。夜は日によって違い、早く帰ってゆっくり休むこともあれば、作業が立て込んでいて遅くまで残ることもあります。ただ、遅くとも日付が変わるまでには帰るようにしています。
生き物を扱っているので、休みの日でも世話をするために1〜2時間は研究室に来ることが多く、そのまま実験やデスクワークなどに取りかかり、気づいたら1日中作業していたりすることもあります。

気分転換はどうされていますか?

モチベーションを維持するため、研究に関してはある程度割り切った考え方も必要だと思っています。生き物を相手にしているので、自分の都合とは関係ないところで予定がストップすることもあり、そういうときには他の実験をやったり論文を読む時間にあてたりと、なるべく前向きに切り替えるようにしています。
息抜きとしてはドライブをしたり、学内を散歩したり、美味しいごはん屋さんを探して食べに行ったり、といったことが多いです。また、両生類だけでなく爬虫類も大好きなので、家でレオパードゲッコー(ヤモリの一種)やコーンスネークを飼育していて、毎日のお世話を通して癒やされています。

研究室の雰囲気はどんな感じですか?

構成としては教員が3人、ポスドクが1人、技術員が1人、博士課程後期が2人、博士課程前期が6人、学部生が8人です。学生としては私が一番上ですが、一人ひとりが異なる研究テーマを持っているので、基本的にはみんな一人でコツコツと研究を進めるスタイルです。私もできるところまでは自分一人で取り組み、それでも行き詰まったときには相談するようにしています。私達の研究室では、多種多様な研究テーマが進行しているため、定期的にある進捗報告会がアドバイスをもらえる良い機会になっています。

その他に何か活動はされていますか?

自分のコミュニティを広げたいと感じていて、同年代の様々なバックグラウンドを持つ研究者と交流するために、「細胞生物若手の会」に所属しています。参加者同士の専門分野が微妙に異なっていて、それが様々な視点からのアイデアを得られる機会になっています。また、学生だけの研究会や学会内での若手主催シンポジウムなどの運営を通じて、研究だけでなく組織で何かをやり遂げるスキルを身につけることができたと感じています。

博士課程後期への進学について

博士課程後期への進学を決めたきっかけを教えてください。

大学院に進学すると考えたときから漠然とそのまま博士課程後期まで進むのだろうと考えていましたが、卓越大学院プログラムという5年一貫プログラムがあったことで、より現実的なものとなりました。
科学、特に生物学が面白いから、もっと実験して自分の手で新しい発見をしたいという思いが強かったですし、大学という環境で研究ができる機会を大切にしたいと感じていました。あとは単純に「博士」という称号が希少でかっこいいというのもありました。

進学について、不安はありましたか?

今振り返ると研究への意欲ばかりで、他のことはあまり深く考えていなかったと思うので、特に不安は感じていませんでした。経済的な面に関しては、広島大学は支援制度が充実しているという印象があり、安心感を持っていました。

将来のキャリアパスについて

将来はどのようなキャリアパスを考えていますか?

研究の楽しさを知っているので研究を続けたいと思っています。ただ、現在行っている基礎研究というよりは、研究がどのように社会に活用されていくのかに興味が移ってきたので、より明確な目的に向かって研究を進める応用的なところに関わりたいと考えています。具体的には民間企業に就職し、実際に人が使うようなもの、日常的に誰かの役に立つものに携わりたいです。
分野に関しては、今の知識を活かせることがもっとも魅力的だと考えていますが、研究を通じて社会人になった際にも活きるようなスキル、例えば問題解決力、主体性、行動力なども培われたと感じているので、ものづくりに携われるような業界、職種を中心に視野を広げて様々な可能性を模索しているところです。

女性科学技術フェローシップ制度について

女性科学技術フェローシップ制度に採択されるまでの準備について教えてください。

指導教員から情報をいただいて、博士課程前期1年の終わりくらいから、学振の申請書類をベースにコツコツと整えていきました。私は学部4年の頃にはコロナ禍の影響で研究が進まず、特に目立った業績がなかったので、書類作成に注力して準備しました。
(注:𠮷田さんが女性科学技術フェローシップに応募された時の応募締切は、博士課程前期2年の6月でした。)

女性科学技術フェローシップ制度についてコメントがあれば、お聞かせください。

今現在、経済的に悩むことなく研究ができている分、このフェローシップ制度がなかったらかなり苦労していただろうなと思います。研究専念支援金が支給され経済的な面を気にせず研究ができることは、心の余裕に繋がっていると感じています。それに、研究費で学会へ参加する費用が賄えるのもありがたいです。博士課程後期からの支援制度が多い中で、博士課程前期から支援いただける点も魅力的でした。

理工系に進学する女性を増やすために思うことはありますか?

生物系は女性比率が高く、私自身あまり女性が少ない感覚はないのですが、iPS細胞で山中先生がノーベル賞を受賞された際にその分野への関心が格段に高まったように、世の中の動きは関心をもつきっかけに大いになりうると思います。また私自身、高校時代の先生の影響が大きかったので、学校の授業は大事だと感じますし、博士課程修了後の進路が多様になり、小中学生にとって研究をしていた人が身近な存在になれば、サイエンスコミュニケーションがより活発となり、興味を持つ人も増えるのではないかと思っています。

博士課程後期を目指す学生へのメッセージ 

もし学部生の自分にアドバイスができるとしたら、どんなことを伝えますか?

研究室に入るとセミナーは全て英語ですし、それまでの学習で読み書きはある程度できるようになっていても、「聞く、話す」の力が弱いと感じたので、特に英会話はしっかり勉強しておくべきでした。学会に出席したときなども、英会話力が欲しいと思うことはよくあります。あとは指導教員と話していて強く感じるのですが、あらゆる分野に興味を持って知識を吸収しておいた方が、その後の研究でもアイデアの引き出しが増えて有益だと思います。

最後に、博士課程後期を目指す学生たちにメッセージをお願いします!

皆さんそれぞれハードルはあると思いますが、やりたいときにやりたいことをやるのが一番だと思います。先ほども言いましたが、広島大学は支援制度も充実しているので、それらを活用すればよいと思います。もちろん博士課程は楽しいことばかりではなく、正直試練とも言えますが、将来への糧になると考えればそのつらさも一時のものですし、研究のことだけを考えられる時間は人生でも限られていると思うので、博士課程後期に進学したいと思い、それができる状況なら、まずは挑戦してみるという考え方でも良いのではないでしょうか。

取材者感想

「己の好奇心に忠実で真っ直ぐな研究者、という印象を受けました。特に研究内容である両生類の器官再生と医療への応用可能性に関するお話は、分野について門外漢の私にとっても大変興味深いお話でした。また、生き物に対する愛も語って頂き、最近の私も𠮷田さんに感化されて、カエルやイモリを始めとする両生類が可愛く思えております。研究者としての𠮷田さんの今後のご活躍をお祈り申し上げます。」(先進理工系科学研究科 量子物質科学プログラム 博士課程前期2年・横山貴之さん)

「高校時代の教師の教えをきっかけに『発生』に興味を持ち続け、それを博士課程で研究されている点が印象的で、私自身とても憧れました。再生能力をテーマにした研究は、将来の医療技術の発展に寄与する可能性があり、とても素晴らしく、興味深い内容だと感じました。将来、どのような場所に行かれるか分かりませんが、今後のご活躍を期待し、応援しております。」(先進理工系科学研究科 応用化学プログラム 博士課程前期1年・山口龍一さん)

左から横山さん、𠮷田さん、山口さん


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