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研究者への軌跡

過去と未来の交わり

氏名:井上 昭彦

専攻:数学専攻

職階:教授

専門分野:確率論

略歴:1959年生まれ。鹿児島育ち。鹿児島ラ・サール高校を卒業後、1978年東京大学理科一類入学、1982年同理学部数学科卒業。理学博士。北海道大学助手、准教授等を経て、2009年より大学大学院理学研究科数学専攻教授。

 

小学生のころは鹿児島県国分市(現在の霧島市)という所に住んでいました。田舎で、川や海や裏山などの遊ぶところが一杯あって、楽しい子供時代でした。親の転勤で、中学は鹿児島市の公立中学校に通いました。多分、中学2年生の時だったと思いますが、近所の本屋で湯川秀樹著 「旅人」 という文庫本を見つけました。京都を主な舞台として、後にノーベル物理学賞の対象となる中間子論に行きつくまでの軌跡が、独特の美しい文章で書かれていました。この本を通じて、研究者という職業が世の中に存在することを知りました。
 

高校は鹿児島市内にあるラ・サール高校という私立の高校に通いました。しっかりした教育をしてくれる良い高校でした。入学当初は数学の成績が悪く、どうやって勉強したらよいものかと思って隣の席の数学の良くできる人のノートを覗いたところ、非常に綺麗に書かれてあったので、真似してノートに綺麗に書くようにしました。するとそれからは大丈夫になりました。
 

大学は東京大学に入学し、数学科に進みました。「内容を既に知っている人向け」という感じの講義が多かったので、数学は主に自分または友人とのセミナーで勉強しました。一人の友人と行っていたSiegelという大変偉い数学者の3分冊の本のセミナーは、修士2年の終わりまでの4年間くらい続きました。この本は、現在の私の専門(確率論)とは全く関係なく、役に立ったという感じはしないのですが、若いころに、Siegelという偉大な数学者を通じて、19世紀の数学の最高峰に触れることができたのは良かった気がします。専門は確率論に決めました。不確実性という何だか心もとない印象をあたえる対象に対して、実は数学的に厳密で深い理論が存在するということに、新鮮な面白味を感じました。
 

私の研究について、少し触れたいと思います。確率論では、マルコフ性という概念が基本的な重要性を持ちます。これは「記憶を持たない」というような感じの性質です。これに関しては、種々の強力な理論が存在すると共に、日本や世界の優れた数多くの研究者が研究を続けています。そこで、若いころの私自身は、それとは違う方向の研究をやろうと思って、非マルコフあるいは記憶を持つ確率過程の研究を始めました。時間的な確率従属性を有効に記述する新しい数学理論ができれば、それは存在する価値があるはずと思いました。
 

北海道大学にいた1996年ころに、上のテーマに関するあるアイデアが浮かびました。それはこの文章のタイトルの「過去と未来の交わり」に関係しています。大雑把にいうと、過去と現在の間の関係を調べるのに、未来への回り道を経由するワープ航法のようなものを用いるというアイデアです。このアイデアを発展させ理論を整備し最終的な論文にするのには3年ほどかかりました。その後は、笠原雪夫さんという大変優れた共同研究者にも恵まれたおかげで、この理論は順調に発展していきました。
 

上の理論に関して、最近では、私が広島大学に移った後の2011年に大きな進展がありました。笠原さんと話している間に、それまでの1次元の上記理論を多次元に拡張するという問題の解決の道筋が見えたのです。この多次元への拡張は、時間的だけでなく、時間・空間的な確率従属性の解析の手法の開発の見通しを与えてくれます。この多次元への拡張も理論を整備するのには数年かかり、最終的ないくつかの論文(笠原さん、Pourahmadiさんとの共著)が完成したのはつい最近です。
 

以上が私の「研究者への軌跡」です。


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