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研究者への軌跡

数学科への道

氏名:加藤 賢悟     

専攻:数学専攻

職名:助教

専門分野:数理統計学

略歴:
昭和57年 愛知県に生まれる。
平成17年3月 東京大学経済学部卒業
平成19年3月 東京大学大学院経済学研究科修士課程修了
平成21年3月 東京大学大学院経済学研究科博士課程修了
平成21年4月 広島大学大学院理学研究科数学専攻助教 現在に至る

 

略歴を見てもわかる通り、数学専攻の教員としては少々変わった道のりを辿っている。子供の頃から、数学は好きではあったが、自分の能力を客観的に評価した結果、職業として数学の研究者になるということは考えていなかった。小学校の時以来、「将来の夢は」と聞かれて、「サラリーマンになる」と答えていたものである。したがって、特に深く考えることなく、東京大学の文科1類というほぼ全員が法学部に進学する科類に入学した。入学したは良いものの、法学部の先生の講義が自分には魅力的には思えなく、そこで自分で数学の本を買って勉強していた。数学の勉強には、実験器具とかは必要ない。時間はたくさんあったので、ゆっくりと自分のペースで勉強できたのがよかった。いろいろ勉強しているうちに、ゲーム理論や統計学といった応用数学に興味を持つようになった。私が大学生の頃くらいには、国内外の大学のシラバスをインターネットで閲覧できるようになっていたので、どんな教科書があるかをシラバスを見て調べて、よさそうなものを選んで自習した。当時読んでいたのは、Osborne and Rubinstein ``A Course in Game Theory’’と竹村彰通「現代数理統計学」と記憶している。ゲーム理論は、その基礎を築いたジョン・ナッシュの自伝的映画「ビューティフル・マインド」を通して耳にした方も多いと思われる。応用数学にどうして興味を持つようになったかは、今となっては漠然としている。統計学に関して言えば、社会現象を含む様々な現象をモデル化し、モデルのパラメータをデータから推定するという発想が新鮮に感じられた、と言えるかもしれない。経済学部には、ゲーム理論や統計学の先生がいることが分かり、経済学部に進学することにした。統計学のゼミを選んだ理由は、なんとなく楽しそうだから、という程度のものであった。結果として、統計学を研究するようになったのだから、この選択は悪いものではなかったと思う。
 

ところで、私が高校生の時は、大学の先生が何を研究しているかということはよくわかっていなかった。経済学部といっても、さまざまな専門を持つ先生方がいることを知ったのは大学に入ってからである。日本には統計学部がないので、統計学者は関連する学部に所属する。私の進学した東京大学経済学部には、統計コースというコースがあり、日本の統計学の中心地の一つであることを知ったのはさらに後のことである。余談ではあるが、日本では、経済学部は文系に分類されているが、経済学の一部は数学をかなり使う。顕著な例として、ファイナンスが挙げられる。今日では、(数理)ファイナンスを勉強しようとしたら、まず確率論の勉強が必要である。また、海外の経済学部に所属する研究者の中には、数学・物理などの学部出身者は数多くいる。
 

私の研究者としての基礎を形成したのは、4年生の時に、当時のゼミの指導教員である国友直人教授に勧められて、T.W. Anderson''An Introduction to Multivariate Statistical Analysis''という本を読んだことである。同書は多変量解析のバイブルの一つとして知られる。大部ではあるが、記述が丁寧であるため、当時の私でも読み進めることができた。ただし、完全に理解できていたかはまた別問題である。ともかく、同書を読み進めてくうちに多変量解析に興味を持つようになった。同書を通じて、不変測度、凸解析、漸近理論の一端を勉強できたことは、後の研究の役に立った。とは言え、当時は勉強するだけで精一杯で、自分に論文なんて書けるかどうか不安であった。大学院では、前述の統計コースに進み、本格的に統計学を専攻した。統計コースの同級生は私を含めて4人しかいないので、修士1年のうちは和気あいあい楽しく学生生活を送れた。修士論文は統計的決定理論に関するテーマを扱った。修士論文では何か新しいことをやらなくてはならないので、勉強とはまた違った難しさがあった。実際、修士論文に取り組んでいるときは、研究がはかどらず苦しい時期を過ごしたこともあったが、最終的には、指導教員である久保川達也教授の力添えもあって、初めて研究成果と呼べるものを示すことができた。元来無感動な人間であるが、この時はとても嬉しかったことを覚えている。ただし、主定理を証明できた直後に、実家で飼っていた猫が亡くなってしまったため、嬉しさも半減といったところであった。
 

以上、「研究者への軌跡」ということで、私が研究者としての第一歩を踏み出したところまでを述べてみた。その後、縁があって広島大学の数学教室にお世話になることになった。結果として、最初は法学部に進学しようと思っていた人間が、数学科に職を得ることになったのである。ただ、やはり私は数学が好きで、だからこそ曲がりなりにも(応用)数学の研究者になれたのであろう。統計学という応用数学の一分野を専門にしているが、研究に関係のない純粋数学の勉強をするのは楽しいし、特に意図せず勉強してきた数学の知識が、意外と将来に役立つこともあるのである。


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