大学病院口腔検査センター 講師 新谷 智章
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本研究成果のポイント
- 高齢者と若年者の唾液に含まれる細菌を比較した結果、高齢者では細菌の種類の豊富さや分布のバランスを示す「多様性」が低下していることがわかった。
- 高齢者の唾液では、若年者と比べてむし歯の原因となる細菌が多く見られたほか、唾液に含まれる細菌の種類や構成にも違いがあることが明らかになった。(後述【参考資料】参照。
- 高齢者では、細菌が糖を分解する働きなどが活発になっている可能性が示され、将来的に、唾液を調べることで高齢者のむし歯リスクを把握し、予防につなげる新たな検査方法の開発が期待される。
論文情報
・論文タイトル:Age-related shifts in the salivary microbiome linked to cariogenic changes: A cross-sectional study
・著 者:林由佳1, 新谷智章1, 大林奈美1, 森原なぎさ2, 沖佳史3, 吉本哲也1, 安藤俊範4, 鈴木将之1, 片岡奈菜子1, 安田雅空斗1, 小林幸奈1, 宮田梨恵1, 加治屋幹人1
1. 広島大学病院口腔検査センター
2. 広島大学技術センター
3. 広島大学大学院医系科研究科先端歯科補綴学教室
4. 広島大学大学院医系科学研究科口腔顎顔面病理学教室
・掲載雑誌:Journal of Dentistry 論文番号:JJOD_107091
・DOI: 10.1016/j.jdent.2026.107091
概要
広島大学病院口腔検査センター 林由佳 クリニカルスタッフ、新谷智章 講師、加治屋幹人 教授らの研究グループは、若年者と高齢者の唾液に含まれる細菌を比較し、年齢を重ねることによる細菌の種類や働きの変化と、う蝕(むし歯)リスクとの関連を明らかにしました。
近年、高齢者のむし歯が問題となっていますが、加齢によって口の中の細菌がどのように変化し、むし歯のリスクにどう関係するのかについては、十分にわかっていませんでした。
本研究では、12~35歳の若年者229人と、50歳以上の高齢者111人を対象に、唾液に含まれる細菌の種類や量、むし歯のリスクなどを調べました。
その結果、高齢者では若年者と比べて、むし歯の原因となる細菌が多い一方、唾液に含まれる細菌の多様性が低下していることがわかりました。また、高齢者に特徴的な細菌が確認されたほか、細菌が糖を分解する働きなどが活発になっている可能性も示されました。
これらの結果から、年齢を重ねることによる口の中の細菌の変化が、むし歯リスクの増加に関係している可能性が示されました。今後、唾液に含まれる細菌の特徴を手がかりに、高齢者のむし歯リスクを早期に把握し、予防につなげる新たな検査方法の開発が期待されます。
本研究成果は、日本時間:2026年10月4日、「Journal of Dentistry 」オンライン版に掲載されました。
背景
う蝕(虫歯)は世界で最も有病率の高い疾患であり、人口の約34%が永久歯に未処置のう蝕に罹患しています。近年、若年者における未処置のう蝕の有病率は低下傾向にありますが、2022年の歯科疾患実態調査では、未処置う蝕を有する高齢者の割合が増加していることが報告されました。高齢者におけるう蝕発生率の高さに関与するその他の要因として、歯肉退縮による歯根の露出や、運動機能・認知機能の低下に起因する不十分な口腔衛生状態などが報告されています。
唾液を用いるう蝕活動性試験(#1)は、低侵襲(#2)かつ簡便に実施できるため、う蝕リスクを評価する上で臨床的に大きな意義があります。
加齢に伴う唾液分泌量の低下や口腔衛生状態の変化は、高齢者の口腔内の細菌叢(マイクロバイオーム(#3))に影響を及ぼすと考えられています。したがって、高齢者におけるう蝕の病態を解明する上で、口腔内のマイクロバイオームの解析は不可欠です。
本研究は、若年者と比較して、高齢者のう蝕に関連する臨床的特徴および唾液中マイクロバイオームを包括的に評価することを目的としました。そこで、高齢および若年の参加者の唾液検体を用いてう蝕リスク検査を実施しました。続いて、唾液のマイクロバイオームの解析を行いました。高齢者と若年者の唾液検体を用いて、う蝕リスク検査とマイクロバイオームの解析を組み合わせた研究は、本研究が世界で初めてです。
研究成果の内容
20歯以上の残存歯を有する340人の対象者に対して解析を行いました。若年者と高齢者におけるう蝕活動性検査の結果、高齢者の唾液中の唾液緩衝能(#4)とミュータンス連鎖球菌(#5)レベルが有意に高いことが明らかになりました(表1)。
ランダムに選択した88件の唾液サンプルから、マイクロバイオーム解析を行った結果、α多様性(#6)は若年群と比較して高齢群で有意に低下していました(図1A,B)。 PCoA(#7)プロットでは群ごとの明確なクラスタリングが示され、若年者群と高齢者群の間で唾液微生物群集に有意な差があることが示されました(図1 C, D)。
高齢者群と若年者群の間で唾液微生物群の相対存在量を比較したところ、高齢者群ではActinomycetotaが増加していることが特定され、そのLDAスコア(#8)は4以上でした。一方、若年者群ではStreptococcaceaeのLDAスコアが4以上でした。
有意な群間差が認められたグルコース代謝(#9)関連経路を、表2に示しました。グルコース代謝の亢進は、主に高齢者群で観察されました。
今後の展開
本研究成果は、高齢者のう蝕リスクを早期に評価するためのバイオマーカー(#10)開発や、個別化う蝕予防歯科医療の実現につながることが期待されます。また、唾液検査を用いた簡便な口腔評価システムの構築にも貢献する可能性があります。
参考資料
図1:若年者群および高齢者群で多くみられる細菌
用語説明
(#1)う蝕活動性試験
むし歯の発生や進行のしやすさを調べる検査のことです。唾液に含まれる細菌の量や、唾液が酸を中和する働きなどを調べ、むし歯のリスクを評価します。
(#2)低侵襲
検査や治療によって、体にかかる負担が少ないことです。唾液を採取する検査は、採血などと比べて体への負担が少ないという特徴があります。
(#3)マイクロバイオーム(細菌叢)
ある場所に存在するさまざまな微生物の集まりのことです。本研究では、主に唾液に含まれる細菌の種類や量、その構成などを指します。
(#4)唾液緩衝能
唾液が酸や塩基によるpH変化を打ち消して、口腔内のpHを安定に保つ力のことです。虫歯予防では、酸で唾液が酸性に傾いても pH を中性に戻し、脱灰を抑えます。
(#5)ミュータンス連鎖球菌 Mutans streptococci
むし歯の発生に深く関係する細菌の一種です。糖を分解して酸をつくり、歯の表面を溶かすことで、むし歯の原因となります。
(#6)α(アルファ)多様性
ある場所に存在する細菌の種類の豊富さなどを示す指標のことです。本研究では、高齢者の唾液に含まれる細菌の多様性が、若年者よりも低いことが明らかになりました。
(#7)PCoA(主座標分析)
複数の試料に含まれる細菌の構成が、どの程度似ているか、または異なっているかを、図上の点の位置で示す分析方法です。細菌の構成が似ている試料ほど、図上で近くに配置される傾向があります。
(#8)LDAスコア
LEfSe解析で各菌群や特徴量が「どれだけ群間差の判別に効くか」を示す効果量の指標です。
(#9)グルコース代謝
細菌などの生物が、グルコース(ブドウ糖)を分解・利用して、生命活動に必要なエネルギーなどを得る仕組みのことです。
(#10)バイオマーカー
病気の有無や進行の程度、発症するリスクなどを判断する手がかりとなる体内の物質や測定値のことです。本研究では、唾液に含まれる細菌の特徴を、むし歯リスクを調べるための新たな指標として活用することが期待されています。

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