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研究者への軌跡

地球物理学にはまりこんだ軌跡

氏名:田島 文子

専攻:地球惑星システム学専攻

職階:教授

専門分野:固体地球物理学、地震学

略歴:東京大学理学部卒業。同大学院理学系研究科博士課程中途退学、理学博士。カリフォルニア工科大学研究員、テキサス大学オースチン校主任研究員、カリフォルニア大学バークレー校上級研究員を経て2002年より現職。専門は、地震学を使った固体地球物理学。研究テーマは、地震の震源過程(物理)、地震活動、強震動、地球内部構造、マントルダイナミクス、リアルタイム地震学など、地震学の広い範囲で多岐にわたる。

 

地球物理学は基本的に観測科学です。地震は、地球内部で進行中のゆっくりした運動に伴い蓄積された歪エネルギーが、断層破壊により瞬時に解放される現象で、広い周波数帯域にエネルギーを持つ地震波を励起します。地震波は、直接には観ることの出来ない地球深部構造の情報を豊富に持っており、私が研究で使うのは、主にこの地震波データです。私が今日に到った軌跡を少し振り返ってみることにしましょう。
 

私は、南部藩の古い城下町の風情が残っている地方都市に誕生しました。家には、茶花道の師匠をした祖母のお道具類と共に、本が至るところにあり、古い家の柱は本の重みで歪んでいました。文学、歴史、社会科学、心理学などの本に混じって数学者や物理学者の随筆もあり、これらの書籍に少女時代から親しんできた読書好きの私を、父は学者になれば良いと思っていたようですが、思い浮かべていたのは、穏やかに、好きな学問を続ける娘の姿で、今のように競争の激しい環境で働く研究者像は想像もしていなかったと思います。夕食が終わった後のテーブルで、一族に帝大出が何人もいた祖父の時代の様子を、母が話してくれたことも懐かしく思い出します。
高校の担任の先生は、私が医学部か法学部に進んで欲しいと思われていたようですが、進路ガイダンスの時、理学部か文学部にしたいとお答えして、少しがっかりさせてしまいました。高校時代にお世話になった先生のお一人で、東京高等師範の数学科を出られた方がおりましたが、その先生は、「解析概論」(高木貞治著)を使って大学の数学の導入を個人指導して下さいました。後、大学の教養学部でも教科書として指定された本を、高校時代に手にしていたおかげで、私の大学生活の始まりはスムーズでした。理学部で知り合った女友達も、マダムキュリーにあこがれて進路を決めたと言っていましたので、少女時代の夢の延長上で大学を選び、たわいなく進路を決めたのは私一人ではなかったとひそかにほっとしたものです。一方で、ごく普通の人生を送りたいと思っていましたので、理学部では地球物理を選びました。しかしながら、当時私は地球物理を面白いとは思っておらず、おりしも大学は学園紛争がたけなわの頃で、授業はしょっちゅう休講になり、勉強らしい勉強はしないうちに学部の4年間は過ぎてしまいました。
 

大学院の研究室を選ぶ際、私は、地震が発生する場に近い温度・圧力条件での岩石物性に興味を持ち、岩石実験の権威の茂木教授に東大地震研究所でのご指導をあおぎました。その当時の関心は、現在も岩石物性・鉱物物理学に対する興味として継続しています。ドイツに1年間留学した後渡米し、UCLA では、地震の破壊過程、地震活動の統計的な性質に関するコンピューターシミュレーションを行い、私の中で地球物理学に於ける計算科学的なアプローチの礎ができました。カリフォルニア工科大学では、金森教授のご指導のもと、折から集約が始まったGlobal Digital Seismographic Network のデータ解析を通じ、グローバルな地震活動や波形解析に基づく震源過程の研究を始めました。世界中の大地震の余震域の拡がり方と震源過程の特徴との関連を調べたのは、その後の私の地震研究の基盤になっています。
82年には、テキサス大学オースチン校に研究員として赴任し、地球物理研究所の立ち上げ期の研究活動や方向付けに加わりました。私は、学位論文の研究テーマ(“余震域の時空分布並びに実体波の解析に基づく震源域の破壊過程に関する研究”)を発展させつつ、グローバル地震学の研究グループを構築するべく努めました。90年代には、地震波トモグラフィー・モデルが多く発表されるようになり、グローバルおよびリージョナルな地球内部構造のイメージがだんだん鮮明になってきました。私は、トモグラフィーの遷移層付近での解像力には限界があることを指摘し、それを補う方法として実体波形解析を用い、マントル微細構造の研究に着手しました。成果として、スタグナントスラブに伴った微細構造は多様であること、又、遷移層に溜まっているスラブの体積は、トモグラフィーモデルのイメージよりはかなり小さいものであることを示しました。99年にカリフォルニア大学バークレー校地震研究所に赴任してからは、バークレーが敷設・管理している北カリフォルニアの広帯域ネットワークのデータを使い、この地域のローカルな地震活動、震源過程および速度構造モデルの研究なども行ってきました。
 

広島大学に着任してから4年経ち、最初に授業を受け持った学生達が大学院生に育っています。その中の一人が、地震の破壊過程と震源近傍の不均質性を系統的に調べる研究で来年度の学振のDC1に採用されました。4半世紀前に比べ、地震波形データの質も量も格段に進歩した現在、若い頃の私が選んだテーマの延長線上で学生が学位論文に取り組むに至ったことに、静かな感動を覚えています。


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