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研究者への軌跡

リンゴと月とブラックホール。そして太陽系。

氏名:寺田 健太郎

専攻:地球惑星システム学専攻

職階:教授

専門分野:地球化学、宇宙物理

略歴:生まれも育ちも甲子園。1994年、大阪大学理学研究科物理学専攻で学位取得後、広島大学に助手として着任。2006年助教授、2010年より現職。この間、学術振興会や文部科学省のプログラム等でパリ大学(1999年、2001年)、オーストラリア国立大学(2000-2001年、2003-2004年、2009-2010年)、英国オープン大学(2006年)、独国ミュンスター惑星学研究所(2008)にて遊学。

 

昔から、興味のある事に『前後不覚』になるまで没頭してしまう性格で、よく両親や小・中学校の先生から怒られたものですが、幸いにもそういう事が許される職業に就く事ができました。実にラッキーだったと思っています。「研究者への軌跡」という程、自慢できるような軌跡はありませんが、今までを振り返ると、少なくとも2回、大きなターニングポイントがあったように思います。
 

1回目は、高校3年生の時の物理の授業でした。当時、数学とスポーツ(特に剣道)が好きな少年で、将来は中学の数学か体育の先生に成れたらなぁと漠然と思っていた頃でした。ある日、物理の先生が「今日は、指導要領の範囲外ですが、微分と積分を使った物理の授業をします。たぶん難しすぎて誰もわからないかもしれませんが、クラスで一人でも面白いと思ってくれたらハッピーです」と言って、F=GM1M2/R2というニュートンの万有引力の式から、月や惑星の軌道が楕円であるというケプラーの法則を導く授業をやってくれました。「地上でのボールやリンゴの落下運動(放物線)と、地球の周りを回る月や、太陽の周りを回る惑星や彗星の楕円運動が、全く同じ物理法則で支配されているなんて、自然界はなんて美しいんだろう」と大変感動したことを今でも覚えています。それまでは、ただ漠然と教育系の大学に進もうと思っていましたが、「総合大学の理学部でも教員免許は取れるから」と担任でもあったこの物理の先生に勧められて、大阪大学理学部の物理学科へ進学しました。大学入学直後は、初志を忘れ体育会剣道部で竹刀を振る事に没頭した時期もありましたが、大学院に進学してからは本格的に宇宙物理を勉強し、研究の真似事を始めました。研究テーマは「ブラックホールのX線観測」。光をも吸い込むと言われるブラックホールが隣の星を吸い込むというエキサイティングな現象も、基本的にはリンゴや惑星の動きを支配するのと同じ物理法則によって表されるんです。高校からの延長で「美しいなぁ、オモロいなぁ」と思いながら毎日を送っていました。

2回目のターニングポイントは、大学院博士過程には進学したものの「研究で飯を食うなんて夢のまた夢」と思っていた25歳の時でした。当時、ブラックホールにはいくつかの状態があり、またX線で観ると複雑な短い時間変動をしていて、しかも観測する度にその時間変動の様子が異なることがわかっていました。ある晩遅く、誰もいない研究室で、いろいろなブラックホールの短時間変動のデータを眺めていた時、ふと思いついて、あるグラフを書いてみたところ、いろいろなブラックホールのいろいろな状態のデータが、一つの曲線の上にピタッとのったのでした。あの時の興奮は今も忘れられません。ブラックホールからのX線には3つの成分があり、それぞれの時間変動はブラックホールに因らず普遍的で(ここ重要。すなわち、重力場を支配する中心のブラックホールの質量に依存しない普遍的な時間変動を持つ)、実際の観測データはそのうちの1成分若しくは2成分のミキシングで説明できる。。。わかってしまえば単純なパズルだったのですが、それから暫くは興奮状態で、「早く誰かにこの結果を聞いて欲しい」、「学会での発表が待ち通しい」というかつて経験した事のない「悦」を感じました。それまでにも何度か学会では発表していましたが、この発表で初めて手応えを感じ、「研究者って楽しいかも。。」と本気で考え始めるようになりました。結局、この結果をまとめて博士号を取得しました。その後も数年に一度くらいのペースで「ヨッシャ、キター!」というエクスタシーを感じながら現在に至っています。あの時の「快感」が忘れられず、研究を続けているのかもしれません。
 

結局、中学・高校の教員免許は取り損ねたのですが(笑)、幸運にも広島大学で研究・教員職に就く事ができました。非常にラッキーだったと思います。その頃から、研究の興味対象もブラックホールから、もっと身近な太陽系へと変わりました。宇宙の事を勉強すればする程、太陽系が魅力的で美しいと思うようになったからです。例えば、8個の惑星、数十万個の小惑星、その他諸々の小天体などからなる太陽系ですが、これら太陽系の構成メンバーの殆どが、同一平面状をほぼ同じ向きで回転しているという美しさ。8個の惑星はその特徴から、水星・金星・地球・火星という小さくて密度の高い地球型惑星と、それ以外の大きくて密度の低い木星型惑星の二つのタイプにきれいに分類できる事。そもそも、水素とヘリウムが主成分(98%以上)の広く希薄な宇宙空間で、2%以下しかない鉄やケイ素やマグネシウムや酸素が濃縮して「石」からなる地球ができた不可思議さ、地球や月や火星や金星などは「ほぼ同じ材料物質」から「ほぼ同じ時期」にできたにも関わらず、地球にだけ液体の水が長時間存在し生命が栄えてきた地球の特異性。約90億年間に渡る恒星進化に伴う元素合成の帰結としての太陽系の元素存在度。。この様な、太陽系の美しさ、不可思議さに惹かれながら、現在「太陽系の起源と進化の解明」を目指して研究教育活動に勤しんでいます。
 

余談ですが、理学部の正門の前に「ニュートンが万有引力を発見するきっかけになった」というエピソードのリンゴの木が植えられています。研究で煮詰まった時は、このリンゴの木を眺めて初心を思い出すことにしています。

写真:ニュートンの像と万有引力発見のエピソードのあるリンゴの木(英国ケンブリッジ大学トリニティーカレッジにて)。


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