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研究者への軌跡

鉱物を研究して気付いたこと

氏名:大川 真紀雄

専攻:地球惑星システム学専攻

職階:助教

専門分野:鉱物学

略歴:1994年3月広島大学大学院理学研究科博士課程後期地質学鉱物学専攻修了。博士(理学)。

 

私は地球科学の中でも比較的地味な鉱物学という分野を専門としています。もう少し詳しく言うと鉱物結晶学を軸にして研究活動を行っています。結晶学はもともとは水晶(石英)などの鉱物結晶の形態を調べるところから始まったのですが、100年ほど前のX線の発見以降は固体の原子配列を調べることができるようになり、飛躍的に発展しました。今では主要な鉱物の結晶構造はすべて明らかにされています。
現代の地球科学は良い意味で各分野の融合が進み、総合科学として発展しています。しかし、それを学ぶ学生の身になってみると、あまりにも広範囲すぎて、なんでも勉強はできるけれども、結局は何も身に付かないという事態に陥りかねません。そういった場合には、何かひとつ得意な分野を見つけてそれを足掛かりにするのが有効かと思います。鉱物学はそれだけで体系的な学習ができますので、初学者にはお勧めなのですが、やはり地味だと感じる人が多いのか、人気が無いのは致し方ありません。私は鉱物(学)の魅力は(固体)地球惑星科学のあらゆる場面に登場することであると考えています。
 

さて、日本では鉱物の収集を趣味にしている人は少なく、よく知らない人から見ると鉱物と岩石は同じ“石”としか認識されていないようです(実際には岩石は単一の鉱物ではなく、複数の鉱物の集合体です)。日本列島はその地質学的特性から、産出する鉱物の種類は多いのですが、鑑賞に堪えるような大きさを持つ鉱物結晶の産出は珍しく、身近に感じられないということも理由のひとつかと思います。また、鉱物に興味のある人でも、その魅力は何かと問われると、鉱物標本の見た目の美しさを挙げる人が大半だと思います。なかには鉱物を身に付けることによって癒されるといった人もいるかと思います。装飾品としてならば、なんら問題はありませんが、鉱物に不思議な力が宿っているといったような話はいわゆるオカルトです。神社のお守りをわざわざ否定する人はいないように、その人が個人で信じているだけであればそれはそれでいいと思うのですが、お金儲けに利用されているのには心が痛みます。最近はオカルトの中だけで完結せず、ここに科学を紛れ込ませたやり口が目に付きます。代表的なものでは、トルマリン(電気石)が遠赤外線や“マイナスイオン”を放出したり、電磁波を吸収したりするという一見科学的な鉱物の効能を売りにした商品が出回っています。トルマリン結晶そのものでも売られていますが、それを粉末にして何かに練り込んだというものが多いようです。こういうものはニセ科学(似非科学、疑似科学とも)とよばれ、一見科学的に見えますが実はインチキなのです。遠赤外線はどんな物質からも放射されていますし、マイナスイオンに至ってはそもそも科学用語でさえありません。なぜ、トルマリンが狙われたかというと、トルマリンは著しい圧電性と焦電性を持つ鉱物で、結晶に力を加えたり、加熱すると結晶の両端に+と−の極が生じるのです。トルマリンを扱う業者の広告などを見ると、この性質を拡大解釈して、上記した効能に巧妙に誘導し、その商品の有効性をアピールしています。おどろいたのは、この説明文や図の書き方が研究者が一般向けに研究を紹介する時のやり方に非常に似ているのです。本物の科学の成果は理解するためにある程度の基礎学力が必要とされますが、それでは一般の人たちに受け入れられないという現実があります。科学者は研究成果をわかりやすく社会に伝えなければならないというのが義務とされていますが、わかりやすくすることによって科学本来の正確さが失われているのではないでしょうか。また、わかりやすい説明というのは得てして真似をされやすいことでもあります。こうして、一般の人から見た時に、本物の科学者の解説とニセ科学の商品広告が見かけ上はあまり変わらないという事態になってしまっているのです。これではよほど訓練した人でないとニセ科学を見破るのは難しいのではないでしょうか。こうして見ると、トルマリンやマイナスイオンを信じている人たちは、実はオカルトとは正反対に実際にある現象として認識しているのだと理解できます。ここで私の考えですが、オカルトを信じるのは個人の自由ですが、ニセ科学に騙されるのを個人の責任にはできないと思うのです。これは明らかに最近の理科離れと根を同じくする社会現象の一面だと思います。また、科学の最先端が一般の人たちが触れることのできる領域から遠く離れていっていることも原因のひとつだと思われます。そういった点では地球惑星科学はまだ、最先端の研究成果を一般の人たちにもわかりやすい形で示すことができるという特色がありますので、情報の発信に気をつけて、きちんとした科学を伝えていかなくてはならないと気を引き締めなくてはなりません。


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