取材日:2026年2月17日
先進理工系科学研究科の馬越彩乃さんにお話を伺いました。
馬越さんは、令和5年8月に広島大学女性科学技術フェローシップ制度の理工系女性M2奨学生に採用され、令和6年度からは理工系女性リサーチフェローとして支援を受けています。
今回は、馬越さんに、博士課程後期で実施している研究や生活の様子など、様々なお話を伺ってきました。(記載の情報は取材時点のものです。)
博士課程後期の研究内容について
馬越さんの研究内容について教えてください!
私が所属しているのは環境触媒化学研究室です。触媒とは化学反応の速度を速くするための道具のようなもののことで、例えばAという物質を化学反応でBに変えるのに通常は10年かかるものが、触媒を混ぜると10分に短縮できたりします。身近な例だと自動車の排気ガスの浄化装置にも触媒が利用されています。
私はAl13(アルミニウム13)という化合物を使い、新しい触媒を作る研究をしています。 Al13とはアルミニウムという金属が13個含まれている化合物です。アルミニウムは地殻中にたくさんあって、安いことに加え、安定性が高く取り扱いが容易であるため、身の回りにもたくさん使われている金属です。Al13は簡単に作ることができるのですが、構造が不安定であり、簡単にバラバラになったりくっついてしまったりするので触媒としては利用されていませんでした。Al13はこれまで水に溶けるか、何にも溶けない状態しかなかったのですが、私はそれを有機溶媒という、石油などの水ではない液体に溶けるようにしました。有機溶媒中に溶けるようにしたことで、水中では示さなかった触媒活性を示すことを発見しました。さらに最近の実験で、Al13は反応を促進させる力が非常に強い触媒であるということも明らかにしています。
このテーマを選ばれた背景を教えてください。
学部2年までは他大学で環境について学んでいましたが、環境問題について知るにつれ、それを改善することに貢献したいと感じるようになりました。また、小さい頃からものづくりが好きだったこともあって「何かを作ることで環境を良くしたい」という思いが強くなり、広島大学の工学部に編入学したという経緯があります。
工学を通して環境保全などに貢献できたらという思いから、今の「環境触媒化学研究室」に入りました。そして、テーマ選定の際に指導教員から「いろいろなものをレゴブロックのように組み合わせて構造を制御することを目指した研究」であると説明され、ものづくりが好きだったので、直感的に面白そうだなと思い、このテーマを選びました。
研究の面白さ、苦労について教えてください。
Al13はマイナーな化合物であまり特性が知られていないので、実験の結果が予想と違うことが多く、なかなか思い通りにいかないのが苦労するところです。反面、想定通りの結果が得られた時はとてもモチベーションが上がり、大袈裟に言うと、今扱っている化合物に世界で一番詳しいのは自分だという自信を持って実験ができています。特に有機溶媒に溶けているAl13は私が作ったものですので、他の人は誰も作っておらず、私が教える立場なんだというプライドを持って実験に取り組んでいます。
化学の実験は料理に似ているとか。
私はすごく料理に似ていると思っています。料理というのは、レシピどおりに作る時に塩を入れるとか、砂糖を入れたらこんな味になるというのがあると思うのですが、化学もそれに似ていて、Aという試薬にBという試薬を混ぜるとCができるというような形をとるんです。
Al13も、アルミニウムが1個の状態の塩化アルミニウムに、水酸化ナトリウムを加えると、Al13ができますよというレシピのようなものがあります。そんな感じで、粉と粉を混ぜるとか、液体に溶かすとかいうのを、組み合わせなどを変えて合成を行っています。
馬越さんが研究を行う様子
博士課程後期の生活について
毎日のスケジュールについて教えてください。
朝は9時半くらいに研究室に来て、帰るのは平均すると20時くらいです。忙しい時期は0時くらいまで作業することもありますが、18時頃に帰ることもあります。私は手を動かして実験する方が好きなこともあり、基本的には実験が7、データをまとめたり資料を作成したりが3くらいの時間配分で研究を進めています。
研究室でのミーティングは2種類あり、進捗報告会と雑誌会という論文を選んで紹介する会がそれぞれ週1回程度あります。
馬越さんの研究の進め方について教えてください。
扱っている化合物が特殊で研究室の他の人とは違うので、一人で合成や測定を行っていることが多いですが、方針に悩んだり解決できない時はすぐに指導教員や先輩に相談し、困ったことがあれば協力して、といった形をとっています。
研究室の雰囲気はどんな感じですか?
構成としては博士課程後期が2人、博士課程前期2年が6人、1年が4人、学部4年が4人、留学生が1人となっています。以前は留学生も多く、比較的海外との交流は盛んな研究室だと思います。
雰囲気はすごくアットホームで、学年の壁といったようなものがなく、先輩が後輩の相談に乗るだけでなく、先輩から後輩に質問することもあるなど、お互いに助け合う研究室です。
私自身も、後輩にいろいろ教えることもありますし、最近は卒論修論発表会の練習や質疑応答対策を一緒に練ったりしました。
休日はどのように過ごしていますか?
インドアもアウトドアも好きで、動きたくない時はアニメを見たりゲームをしたり、体を動かしたい時は中高生の頃やっていたソフトテニスを友達と楽しんだりしています。逆に実験は全然しないで、休日は好きなことをして過ごしています。
普段意識しているのは、睡眠時間の確保です。私は睡眠を削るとミスが増えたり資料作成のスピードが落ちたりするなど、目に見えて効率が下がるので、睡眠だけは取るようにしています。
研究活動での英語の使用について教えてください。
初めて学会で英語で発表した時は本当にボロボロで、途中から質疑応答が日本語に変わるくらいでした。それでも年に1、2回発表をし続けてきて、最近では確実に上達したなと感じているので、慣れが大きいのかなと思います。英語での研究発表は、日常会話に比べて難しいと思われるかもしれませんが、そうでもなくて、テンプレートを使いまわすことが可能で、使われる単語も共通のものがあるので、回数を重ねていけばアレンジが効いて質疑応答もできるようになっていきます。
質疑応答に関して言えば、質問の内容が理解できない場合と、理解はできるけれども答えることができない場合があると思うのですが、私はリスニングは得意なので、聞き取ることはできるのに答えられないということで、大変もどかしい思いをしました。そこから、研究室の留学生に積極的に話しかけたり、車の中や散歩の途中で英語の文章の後に日本語が入る音声を聞き続けたりして、英語に触れる機会を増やすようにしました。繰り返しになりますが、やはり慣れが大きいと思います。
博士課程後期への進学について
博士課程後期への進学を決めたきっかけを教えてください。
学部生時代、大学院に進むことは視野に入れていましたが、博士課程後期進学までは考えていませんでした。しかし博士課程前期1年の時にイギリスで開催されたワークショップに参加し、これが大きな転機になりました。国内の学会では、博士課程まで進むと周りは年下が多いのですが、このワークショップでは博士課程学生だとまだ下の方で、ポストドクターや一旦社会人を経験して博士課程に進学された方など様々な年上の方が参加しておられ、その方々と接する中で年齢に関する焦りのようなものが消え、年齢に関わらずいろいろなことに挑戦していけるんだと感じることができました。
いろいろな国の博士課程に進学している方のお話を聞けたのが大きかったと思います。
進学について、不安はありましたか?
1つ目が経済的な問題、2つ目が年齢的な問題です。
経済的な問題は分かりやすいと思いますが、周囲が就職する中で学生を続けるわけで、収入面でいつかは追いつけると信じながらも、若干の不安は感じていました。
年齢については、「博士課程後期に進学したら〇歳」「社会人になって、妊娠・出産を〇歳までと考えると残り〇年」「新卒1年で産休はどうなのか」など各ライフイベントに関する不安は確実にありました。この点は経済面よりも悩んで色々な人に相談しましたし、今でも不安は抱えています。しかし博士課程後期に進学したからこそ得られたものも多いので、今ここにいるという自分の選択は間違っていなかったと思っています。
将来のキャリアパスについて
今後のキャリアについてはどのようにお考えですか?
これは結構悩むところで、アカデミアに残るか企業に就職するかという大きく2択があると思いますが、今のところ民間企業の研究職に挑戦したいと考えています。大学で研究を続ければ海外の学会にも参加できますし、そこは魅力的ではありますが、一度は社会人を経験してみるのも意味があると思うので、まずは企業を目指そうと考えています。
女性科学技術フェローシップ制度について
女性科学技術フェローシップ制度に採択されるまでの準備について教えてください。
この制度については、指導教員から情報をいただき、申請書の作成についても細かく指導していただきました。申請書を作成している時に改めて自分の研究と向き合ったり、指導教員から研究の面白さが伝わる書き方を教えていただいたりと、申請の準備でさらに自分が成長できたのではないかと思っています。
女性科学技術フェローシップ制度についてコメントがあれば、お聞かせください。
フェローシップ制度のおかげで、アルバイトなどをしなくても生活ができているので、研究に集中することができ、とても助かっています。それに、私は以前、実家から通学していたのですが、経済的な支援が受けられるようになったため、大学の近くに転居しました。これにより通学にかかる時間やストレスが減り、より研究に集中できる環境が整いました。フェローシップ制度がなかったら、経済的な不安が大きく、博士課程後期には進学していなかったかもしれません。
理工系に進学する女性を増やすために思うことはありますか?
自分自身が理系に進んでいるから、他の人ももっと来ればいいのにと思うのですが、その一方で、先に挙げた年齢的な不安は大きいのかもしれないとは感じます。一般的に文系は4年間で卒業して就職する人が多いと思うのですが、理系は大学院進学が前提のようなところもありますし、就職の際にも大学院を修了しているかどうかで業務内容が大きく変わってくると聞きます。例えば研究開発に従事したい場合は博士が最優先され、その次は修士で、学部卒で研究職に就くのはとてもハードルが高いようです。大学院に進学するとなるとプラス最低2年必要なので、年齢という側面がどうしても気になると思います。理系に進みたい女子がいても、その先の就職や人生設計を考えると、先が見えにくいというのはどうしても不安に繋がります。
就職したばかりで産休を取っても敬遠されない雰囲気だったり、大学院進学時の経済的支援がより充実してくれば理系に進む女子は増えるんじゃないかと思います。女性比率が増えれば、必然的に後に続く層も増えると思うので、ワンステップずつでも環境の整備が進んでいけばよいと思います。
博士課程後期を目指す学生へのメッセージ
もし学部生の自分にアドバイスができるとしたら、どんなことを伝えますか?
「海外旅行を楽しんで!」と言いたいです。長期間、自由な時間を持てるのは学生の特権ですし、シーズンを選べば旅費も抑えられます。私は海外旅行はすごく高いと思っていましたが、近場であれば国内とあまり変わらない費用で行けるので、ぜひ世界の広さを知って欲しいです。私自身、自分の知らない地域のそれぞれの文化の中でいろいろな人が生活している、そんなことを体感すると、普段の悩みなど小さく感じますし、少しくらい失敗しても大丈夫だと思えるようになりました。
最後に、博士課程後期を目指す学生たちにメッセージをお願いします!
博士課程後期に進学すると、周りの友達が社会人になる中で、自分が学生でいることに不安を感じることもあると思います。でも見方を変えると、社会人として働くのが40年くらいだとして、博士課程後期はわずか3年間です。そして私はこの3年間はたくさんの新しいスキルや価値観を身に付けることができる期間だと思っています。もし研究が好きで少しでも博士課程後期に興味があるなら、社会人になることを急ぐ理由がない限り、博士課程後期進学には大きな価値がある、と伝えたいです。学部生とは違う立場の3年間で、きっと貴重な経験が得られると思います。
取材者感想
「馬越さんは、環境をより良くするためのものづくりに魅力を感じ、思い通りにいかない実験にも前向きに向き合っていらっしゃる姿が印象的でした。博士課程後期進学は当初考えていなかったものの、経済面や将来のライフイベントへの不安と向き合いながら決断されたと伺い、その率直さに共感しました。特に、国際学会で世界の広さを実感し「小さな失敗は気にしなくてよい」と思えるようになったというお話が心に残っています。不安を抱えつつも挑戦を重ね、視野を広げていく姿勢から大きな勇気をいただきました。」(総合科学部総合科学科2年・迫田莉子さん)
左から迫田さん、馬越さん

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