イノシシ猟師の社会学

 20世紀後半、日本各地でイノシシ猟が急速に拡大しました。なぜ人びとは狩猟に魅了されたのでしょうか。狩猟の現場、イノシシ肉の贈答や流通、猟師をめぐる人間関係から、狩猟の世界を紐解きます。

書誌情報など

福田恵. 狩猟者に関する社会学的研究―イノシシ猟を介した社会関係に着目して. 共生社会システム研究. 2013, vol.7, no.1, p.223-255.

研究者プロフィール

福田 恵 (ふくだ さとし)
准教授・博士(学術)
大学院総合科学研究科 社会文明研究講座
研究分野 社会科学 / 社会学 / 社会学

 

 本論文の目的は、高度成長期における狩猟集団の拡大条件と、狩猟者の人間関係の特質について、社会学的に明らかにすることです。本研究では、調査対象として、全国屈指のイノシシ捕獲数を保持した島根県の狩猟集団を取り上げ、狩猟者、飲食業者、農家などにインタビュー調査を実施しました。
 まず、この調査から明らかになったのは、狩猟技術、社会的ネットワーク、食肉流通に関する諸条件が狩猟集団の拡大に大きな影響を与えたということです。

 

 

 狩猟技術の点では、狩猟者は、それまでイノシシを捕獲する経験がありませんでした。しかしながら、彼らは、伝統的な狩猟技術を改良(イノシシの住処の特定、イノシシの逃げ道の判断、集団的な捕獲法、猟犬訓練など)し、近代技術(猟銃、銃弾、トランシーバー、トラック、ジープなど)を導入することによって、捕獲技術を飛躍的に向上させました。社会的ネットワークの点では、異業種(猟犬愛好家やイノシシ肉の飼育・流通・販売業者、あるいは建設業者、左官・大工など)の交流がすすみ、一猟友会の地域範囲を越える狩猟者のインフォーマルな人的繋がりが形成されました。食肉流通の点では、1980年前後から、イノシシ肉の流通経路の開拓が進行し、商品化がすすみました。特に重要だったのは、イノシシ料理の中心地となった兵庫県篠山市との広域的な取り引きを開始したことです。

 

 

 狩猟者同士の人間関係は、参加者間に社会的地位の違いや収入の差がありながらも、狩猟の場ではイノシシ猟特有の強力な一体感が生まれました。そして、得られた肉の分配は平等になされました。また狩猟者は、メンバーが狩猟のたびに離合集散していたにもかかわらず、イノシシ猟に熟練した者に対する強い尊敬の念をもち、普段の人間関係の序列とは異なる、技術や経験を規準とした社会的序列を保持しました。

 

 

 狩猟者は、イノシシ肉の売却、贈与、物々交換を通して、料亭、飲食店、仕事場の仲間、隣人、農家、他の狩猟者(狩猟の引退者、猟師の未亡人など)との人間関係を築いてきました。イノシシ肉は、人間関係を円滑化させ、狩猟者の潜在的葛藤(狩猟に対する一般の人々からのマイナスイメージや差別的言動)を緩和する貴重な役割を果たしてきたのです。

 

 

この記事は、学術・社会連携室と広報グループが作成し、2016年に公開したものです。


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