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研究者への軌跡

こんなきっかけで研究者になってしまう奴もいるというお話

氏名:福原 幸一

専攻:化学専攻

職階:助教

専門分野:分子集合体の構造と物性

略歴:福岡県久留米市産。福岡教育大学教育学部卒業、広島大学大学院理学研究科博士課程後期終了。種々の自己集合性分子を合成し、分子集合体の構造と物性を分光学や熱分析などにより調べている。最近ユニークな分子間相互作用の原理を発見し、巷でちょっと話題になって喜んでいる。基礎研究の積み上げから、皆さんのお役に立つような仕事が出来ると嬉しい。学生の新鮮な発想と好奇心、体力は宝です。趣味はあまりにも恥ずかしいので、非公開。

 

大学3年のある日。そろそろ卒論を書く研究室を決めねばならない。中学か高校の先生になるつもりなので特に希望はないが…まぁ、有機化学系かな。なんとなく面白そうだし。研究室の見学にでも行くか。…途中の廊下で物理化学系の(仮称A)先生と出会った。「こんにちは」「おー、何してんだ?」「研究室の見学に行こうと思って…」「うちには来ないのか?」「いや、物理は苦手で…、成績も悪いですし…」「じゃあ、他のは良いのか?」「有機化学系とか無機化学系は、まぁそれなりに…」「じゃあ、そっちは大丈夫だな。物理化学教えてやるから、うちに来な」
思えば、これが人生の進路を誤った最初の出来事だったのかも…。
 

で、有機化学系の研究室を見学した後にA先生の研究室を初めて覗いてみた。「失礼します…」機械音と人の気配はするが、返事がない。「あの…」「むぅぁー!暑い!!」突然実験室の奥から叫び声が。「あ、すみません。失礼します。3年生のものですが、ちょっと研究室を見学させてもらおうと思って…。この研究室の先輩ですか?」「あー、うん」「ちょっと中を見せていただいても良いですか?」「入り口に先輩が居るから踏まないようにな」「??」下を見ると、なにやらでかいゴミ袋のようなものが…。「…先輩…ですか?」「ああ。徹夜実験が終わって、寝てんだ」その先輩とやらの寝ているゴミ袋のような寝袋を避けて実験室の奥に入ると、さっきの声の主が…ジョギングパンツとハチマキだけの姿で電気炉の前に座って大汗をかいていた。「い、いったい何をなさっていらっしゃるのですか?」「決まってるだろ!実験だ!」「なぜそんな格好で…」そりゃそうだ。化学の実験って、白衣を着てやるものだと世間的には相場が決まっている。なんでそんな目のやり場に困るような格好で…「おまえはそんなこともわからんのか?暑いからに決まってるだろうが!」「いや、それはわかりますが…」「見学に来たって言ってたな?ちょっと待て。この測定が終わったら説明してやるから」「はぁ…、じ、じゃあ、お願いします」ここで丁重にお断りをすれば良かったのかもしれんな。
 

で、この後ちょっとしてA先生が戻ってこられて、さっきのパンツ一枚の先輩と一緒に説明をしていただいた。なんだか、実際の研究って、想像してたよりも楽しそうだな…。高校の文化祭の準備をしているようなノリに似ているし…。「なんか、楽しそうですね。ちょっと興味が出てきました」と私。「そうだろう。楽しいことは保証するね」とパンツ先輩。「じゃあ、配属待ってるからな。楽しみにしてるぞ」とA先生。なんだか、歓待していただけそうな雰囲気。有機化学系の研究室は競争率も高いし、どうせ卒論研究期間は1年ちょっとだし、ここでも良いかな…。「じゃあ、よろしくお願いします」
 

なんで返事する前にもう少し考えなかったんだろう。部屋を出ようとしたら、入り口のそばのゴミ袋がモソっと動いて中から人間が出てきた。「んぁあー…」「あ、おはよう(?)ございます。3年生の福原といいます。この研究室に入れてもらうことになりました。よろしくお願いします」「あぁ?ここに入るぅ?」「は、はい。よろしくお願いします」「つまんねぇのに、物好きなやつだな」え?…入学したときに色々な部や同好会から勧誘された時の体験が全く生かされていなかったことに、このとき気付いた…。
 

卒論で選んだテーマは、ある無機化合物の結晶面による表面性質の違いについて。結晶には色々な面(結晶面。食塩ではサイコロ状の6面が特徴的)がありますが、それぞれの面について、化合物や原子の並び方が違う場合があります。並び方が違うと当然化学的な性質が違うわけ。で、性質の違いをどうやって調べるかというと、例えば同じ化合物で縦に長い結晶と横に平たい結晶を作れば、縦に長い結晶では長い側面の結晶面(A)の性質が強く出るし、平たい結晶では上面や底面の結晶面(B)の性質が主になる、と。このような試料に、例えばA面とB面との反応性が違う指示薬のようなものを作用させてやれば、A面とB面との性質の違いが比較できるわけです。で、このような実験をするためにはまず結晶の形が違う試料を作る必要があるのですが…。1年かかって、結局出来ませんでした。つまり私の卒論はスタート時点であえなく挫折してしまったわけです。
 

しかし、当初の目的は達成できませんでしたが、うまく行かないとそれだけ色々なことを試みてみる機会には恵まれるわけで、非常に多彩で楽しい経験が出来ました。あまりに楽しいために、洗濯と風呂以外ではほとんど自分の下宿に戻らなかったほどです。挙げ句は、実験に夢中になりすぎて教員採用試験の願書を出し忘れ、「大学院に進学するつもりだった」という言い訳をすることになってしまったという…。まぁ、こんな妙なきっかけを積み上げて研究者になってしまう奴もいるというお話しで…。


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