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研究者への軌跡

分子を創る楽しさ

氏名:池田 俊明     

専攻:化学専攻

職名:助教

専門分野:構造有機化学・超分子化学

略歴:2004年京都大学理学部卒。2006年同大学大学院理学研究科化学専攻修士課程修了。2009年同専攻博士後期課程修了、博士(理学)取得。2008年4月~2009年5月日本学術振興会特別研究員。2009年6月より現職。大学院ではポルフィリン多量体の合成と物性について研究を行った。現在は非共有結合性の相互作用を用いた超分子集積体や、らせんポリマーについて研究を行っている。 

 

この原稿を依頼されてから、私が研究者になりたいと思ったのはいつ頃だったかと考えていたのだが、よく分からない。小さい頃は、男の子なら誰もが思うように、宇宙飛行士やバスの運転手になりたかった。勉強はまあまあ出来る方だったので自然と進学校に進んだが、勉強よりも部活や学祭など、楽しい高校生活を謳歌した。そして、受験を考える頃には、化学者になりたいと考えていたように思う。周囲の人たちにも、「将来は化学者になりたい」と言っていたことを覚えている。他の先生がたが仰っているような、化学者を志す大きな契機となる出来事があれば話が盛り上がるのだろうが、残念ながら記憶にない。しかし、このようにいつの間にか化学者を志していた私だが、その理由ははっきりしている。新しいものを創り出したいのだ。
 

化学というのは、物質(分子)の学問である。化学の対象としては常に物質があり、その本質を突き止めることこそが化学の目標である、と私は考えている。そして、そのアプローチの方法、あるいは対象とする物質の違いによって、物理化学・有機化学・無機化学・生化学などの分野に分かれている。
 

前述したように、私は「新しいものを創り出したい」という思いで化学者を志したので、大学の講義でも理論系の話は苦手で実験が好きという、典型的な合成屋さんの思考になっていた。まあ、今になってみると「あの時もう少しまじめに理論の勉強しとけばよかったなー」と思うことも多々あるのだが、当時の私にはそのようなことが分かる訳もなく、結果として今、難解な数式が私の前に立ちはだかることになるのだ。有機化学者は手を動かしていれば頭は動かさなくてもいいと仰る先生もいらっしゃるが、そんなことはない。有機化学者は頭を動かし、それ以上に手も動かさなければいけない。なかなか大変なことである。少々話が脱線してしまったが、このように合成がしたかった私が、3回生の終わりに有機系の研究室を選んだのは自然なことだったのだろう。
 

私が在籍していた京都大学理学部化学教室には、有機系の研究室が三つある。主に有機金属触媒を研究している研究室と二層系の有機触媒を研究している研究室、そしてポルフィリンの研究をしている研究室である。研究室選びの際には、当然これらの研究室が候補に挙がる訳だが、根がおおざっぱな私には触媒系の研究室で「収率が○○%になった」とか「eeが99.0%から99.5%になった」とか、そういった細かい研究が自分に向いているとはどうしても思えなかった(もちろん、これは当時の私の考えであり、触媒の研究というものがこんなに単純ではないということを誤解しないでいただきたい)。結果としてポルフィリンの研究をやっている大須賀研究室に所属することになった訳だが、幸いにして大須賀研ではバリバリと合成を行い、苦しくも楽しい研究生活を送らせていただいた。
 

私が大学院で研究を行ったのは、ポルフィリンテープと呼ばれる巨大π共役系を有する分子の合成である。この分子は非常に溶解性が悪く、また不安定なので、立体保護基を導入することで可溶化・安定化をはかるということをやっていたのだが、これがなかなかうまくいかなかった。最初は教授から指示された方法で立体保護を行ったが、結果は今ひとつであったため、修士課程では教授と相談しながら新しい方法を考え、さらにそれを改良しながら最終的には博士後期課程の二年目で目的の分子の合成に成功した。実に四年以上もかかる大変なテーマであった訳だが、そのぶん目的化合物の合成に成功したときは感慨深いものがあった。このように自分で設計し、合成した分子の機能がうまく働いたときの感動は何にも代え難い。これこそが有機合成化学の醍醐味であろう。
 

このように、自分で考えた分子を創るという有機合成は、とてもクリエイティブな学問である。自分で目的を設定し、分子を設計し、合成する。そこには、常に対象として分子が実在しており、それを創り出す楽しさがある。もしも、この話を読んだ皆様が、この分子を創る楽しさを体感したいと思ったら、ぜひ有機化学という学問の扉を叩いてみてほしい。きっと、そこには無限の楽しみが広がっている。


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