第13回 総合科学研究科 准教授 長坂 格先生

フィールドワークという手法を使って「人間」を考える

取材日2016年7月14日
第13回 特集コーナーは「別のテーマに変えることもいとわない」という柔軟な姿勢が、行く前には考えられなかったような発想につながる。そんな未知の可能性が詰まったフィールドワークという手法に魅せられた、大学院総合科学研究科社会文明研究講座准教授の長坂 格(ながさか いたる)先生にお話を伺いました。
Profile
1998年 神戸大学 大学院文化学研究科単位修得退学
1998年~2001年度 神戸大学大学院文化学研究科 助手
2002年~2004年度 新潟国際情報大学情報文化学部 講師
2005年~2009年度 新潟国際情報大学情報文化学部 准教授
2009年~現在 広島大学大学院総合科学研究科 准教授

手法に魅せられて

私は、大学院進学時からずっと「フィリピンからの人の移動」というテーマで文化人類学的研究をしています。文化人類学は、文化の多様性というものに着目しながら、フィールドワークという方法を使って人間について探究を深めていくという学問です。具体的には、現地に行ってフィールドワークを行い、そこで集めた調査資料を基に論文や民族誌をまとめる、というのが一連の研究の流れです。
もともと学部の時は社会学を専攻し、アンケート用紙による量的調査が面白いと思っていました。しかし、文化人類学の授業で、フィールドワークという手法があることを知り、一人でどこかに行って数年間過ごして、そこで何らかのことを調べ、それをもとに考えていくという方法に、新鮮な印象を受けました。文化人類学の根幹ともいえる「フィールドワーク」という方法に魅せられて、大学院への進学を決めました。
フィールドワークの大きな特徴は、対話の中で発想していくということだと思っています。人や、もの、環境との対話など、自分がそこに行ってその場に身を置いて、その中で対話を通して考察を深め、発想していきます。アンケート調査などの量的調査だと、仮説を事前に作って、それを検証していくというのが基本的な手続きかと思います。フィールドワークはもちろん事前に勉強はしていくけれども、現場で考えを組み替えたり、あるいは、別のテーマに変えたりもするという柔軟な姿勢をもって行うことが大事です。そうしたやり方では研究成果の確実性は下がるかもしれません。「その場での思い付きじゃないの?」と言われる可能性もあるでしょう。ただ、そのような姿勢を持つことによって、行く前には考えられなかったような発想が出てくるかもしれない、そんなところにフィールドワークの魅力と可能性があると思います。

人が行かないところへ

初めてフィリピンに行ったのは、高校生の時でした。フィリピンで革命があった1986年に、NGOが主催するスタディーツアーで行きました。スタディーツアーではフィリピンの貧困問題などを事前に勉強した上で行ったのですが、実際に行ってみると、宗教に対する情熱や、革命の熱狂、農村生活の明るさといった、いろいろなことを感じました。大学でフィールドワークをするというときに、その印象がよみがえりフィリピンを研究対象に決めました。当時はタイやインドネシアに比べて、フィリピンを調査研究する人が少なかったことも影響していたかもしれません。

問題意識や仮説を調査の中で問い直す

実際に初めてフィールドワークを行ったのは修士課程の時です。行く前は、フィリピンの農村で、開発プロジェクトが人々の生活戦略にどのような影響を与えたのかを調べたいと思っていました。そのテーマについてゼミなどで発表して、具体的に調べたいことを挙げるなど、ある程度細かく調査課題を作った上で現地に行きました。しかし、実際にフィリピンのある地域に行ってみると、そこに住む人々が大きな関心を持っていたのは、むしろ、どのようにして海外へ出稼ぎするかということでした。「海外への出稼ぎ」というテーマについて現地の人々が熱心に語り、考え、行動しているというのを目の当たりにしたときに、やはりその場で、その当事者の人々が熱心に関わったり考えたりしていることを調べることが、その社会を描くには重要ではないかと考えました。
現地に行く前に先行研究を検討して、具体的な問いをたてた上で現場に入っていくことが一般的だとは思うのですが、その調査の対象となる社会を描くために何が一番重要なのかを考え、現場でのテーマの切り替えさえもいとわないということが、フィールドワークで求められる姿勢だと思います。調査を進めていく途中でいろいろ揺れてしまうことに対して、「それでだいじょうぶなの?」という意見も一理あると思います。しかし、事前に調べたことや、その上で事前に立てた問題意識や仮説を調査の中で不断に問い直していくという姿勢を持つことが、フィールドワークにおいては大変重要であり、それが時に新しい視点や発見をもたらしうると思っています。

その場所の空気を吸い、雰囲気を体感する

フィールドワーク調査は大体1年から2年くらい現地に住みながら行うことが教科書的にも推奨されています。私も大学院生のころは、それくらいの期間現地に住み、フィールドワークを行っていました。しかしながら大学で教えている今は、長期間、現地に滞在することがなかなかできませんので、ある程度テーマを絞って現場に行くことが多くなりました。しかしたとえ短期間でも、現地に行ってその国の新聞を読み、テレビを見て、空気を吸って、町の雰囲気を感じることは大事です。現地に行くことで「スイッチ」が入り、またいろいろなヒントや発想を得ることができます。

今後やってみたいこと

フィリピンの人々に焦点をあて、大学院時代からずっと国際移住についていろいろな角度から研究してきました。数年後は、もう少しフィリピンの地域研究という形で、例えばフィリピンの福祉政策なども調べつつ、フィリピンの家族の歴史を研究することなどもしてみたいです。また、日本にいるフィリピンの人たちは、最近、いろいろなパターンで日本に来ているので、そのことについて調べたいとも思っています。あとは、授業で調査実習をやっていて、広島県や島根県のいくつかの地域に行ったりするので、そういう日本の地域社会のフィールドワークも行ってみたいと思っています。

博士課程後期進学を考える学生へのメッセージ

研究をしている方は、やりたい事があって、その中で発見の喜びや感動があるから続けているのだと思います。もちろん、苦しいこともたくさんあると思います。私自身の経験としては、筆が止まってしまって、本当に何も書けないときもありました。1か月くらい一文字も進まない。そういう苦しいこともありましたが、苦しい時は周りの人にいろいろな形で助けてもらったりとか、あるいは時間が解決してくれたりしました。だから、つらい時は研究には感動や喜びがあることを思い出し、それを忘れないで研究を続けていくといいかもしれないですね。研究を続ければ続けるほど、苦しみも出てくるかもしれないけど、やはり感動することもあり、自分の世界が広がっていく感覚があります。

取材担当:田崎 優里(広島大学 大学院教育学研究科 心理学専攻 博士課程前期2年)


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