第5回 日本ハム株式会社 河口 友美 氏

写真 日本ハム 河口さん

人の笑顔のために全ての研究はある!

特集企画第1弾「企業で働く女性研究者」第5回は、日本ハム株式会社 中央研究所 研究員の河口友美(こうぐち ともみ)氏にお話を伺いました。

経歴 
2006年 東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科 博士課程前期修了
同年 日本ハム株式会社に就職、中央研究所※1に配属
2011年 広島大学大学院生物圏科学研究科 博士課程後期入学
2012年 社会人ドクター※2として、広島大学に駐在
2013年 博士(農学)(早期卒業)
同年 中央研究所に戻り、研究を継続

学生時代から現在の研究への繋がり

大学時代はニジマスの遺伝子組み換えの研究を行っていました。現在は、後で詳しく説明しますが、機能性食品の研究をしています。この研究は、大学時代に行っていた水産系の研究と直結するものではありませんが、それでもやはり大学時代に培った知識やスキルは生きています。
例えば、論文の書き方や研究に臨む姿勢、実験で培った根性なども、大学時代の研究があってこそだと思います。また、会社においても、水産系の情報についてほかの研究者に情報提供することもあります。
これまでやってきたことで無駄なことは何もないと思っています。

修士課程修了後に、企業の研究所に就職した理由

私は、一生研究していきたい、一生ピペットを離すものか、という思いで研究員として企業に就職しました。
自分の長所は根性だと考えているのですが、根性だけでは社会貢献ができません。そこで、学生時代に学んだ研究をツールとして、研究成果を論文として公表したり、何かモノを生み出したりすることで、社会に恩返しをしたいと思っています。
今後も、研究を通じて社会貢献をしながら、働いていきたいと思っています。

現在の研究内容

現在は、機能性食品の研究を行っています。例えば、イミダゾールジペプチドという食肉由来のペプチド成分の研究が挙げられます。イミダゾールジペプチドは鶏の胸肉の中にたくさん含まれているのですが、簡単に言うと摂取することで体が疲れにくくなります。
通常、激しい運動をすると我々の筋肉中には乳酸が発生するのですが、乳酸は「酸」ですので、筋肉のpHを酸性に傾けます。酸性に傾いた筋肉は収縮しにくくなり、運動の継続には悪影響を及ぼします。
しかし、イミダゾールジペプチドには緩衝作用があるので、筋肉中のpH低下を抑制します。そのため、イミダゾールジペプチドを摂取した人は摂取していない人と比較して、有意に運動パフォーマンスが向上することが分かりました。この研究は、スポーツ科学や医学の分野で先端的な研究をしている国立スポーツ科学センターという研究組織とも連携して行ってきました。
今年度の4月からは、また違う機能性素材の研究を行うことになり、現在は新たな実験を計画しているところです。企業はとてもスピーディーなので、大学のように3年間同じ研究に没頭します、という感じではありません。去年と今年では全く異なるものを研究することもありますので、一から勉強するということも多いです。

研究を継続するために大切なこと

基本的なことですが、まずは体調管理ですね。私は、社会人ドクターとして、博士課程後期(D)2年目の4月に、茨城県つくば市にある日本ハム(株)中央研究所から広島大学のある東広島市に引っ越してきました。生活環境も不慣れな中で、会社の仕事も自分の研究もやりながらという慌ただしい日々を過ごしていたら、5月にひどい風邪を引き、研究がストップしてしまいました。このようにならないためにも、やはり体調を整えることは基本だと実感しました。
それに加えて最近思うのは、柔軟に考えることの重要性です。例えば会社の方針が変わった時に、この研究はここでやめましょう、その代わりにこの研究をやりましょう、という事態が生じることもあります。その場合には、皆さん、つまり消費者の方々や会社の幸せにより近い方はどちらかということを念頭に、柔軟に対応しなくてはなりません。

企業で研究することの魅力=「商品まで昇華できる!」

自分が関わった研究を応用したものが商品化された時には、研究成果が日の目を見たなと感じます。やはり企業で研究をする魅力は、研究成果を商品にまで昇華できることだと言えます。 研究成果を論文に執筆するだけでは、研究者の方に見ていただくことはできますが、一般の方にはその内容はなかなか届きません。そこで、研究を研究で終わらせずに、商品として世の中に出す努力をします。もちろん、研究内容によっては、さらに突き詰めて研究することで、もっと良いジャーナルに載る可能性があるのに、と思うことはありますが、企業の利益を考慮した結果、これ以上の基礎研究よりも応用化を、と判断することもあります。 つまり、企業における研究では、研究が一段落したから商品化しようというように、モノへと昇華させていくことが求められています。それは、研究成果が形になって表れるということであり、私たち研究員にとっても価値のある重要なことだと考えています。私は、消費者商品としてはまだ世に出したモノはないのですが、商品としてパッケージ化されて、「これを私が作ったんです」と言えるのは、すごくやりがいがあるだろうなと思って、それを成した研究員を羨ましいと思います。 このように、商品化を通して、研究した成果を外に出す、アウトプットするというのは、研究者の社会貢献という意味でも大切なことだと思いますね。

食べる喜びを世界の人々にお届けする!

ニッポンハムグループの企業理念・約束は、「私たちは、『食べる喜び』を基本テーマに、人々の楽しく健やかなくらしに貢献いたします」というものです。この理念は、すべての社員に当てはまるもので、研究員もこの理念を基に研究に励んでいます。研究も、販売や営業、製造も、すべてが「食べる喜び」のためにあるのです。私は、「喜び」とは「笑顔」だと思っています。
人々の笑顔のために、理系の研究も文系の研究も、全ての研究はあると考えています。

Dに進学している皆さんへのメッセージ

博士号という免許証を獲得した1人前の研究者として羽ばたいてほしいなと思います。
ドクターを取得するというのは、並大抵ではない努力が必要です。だからこそ、私は博士号を取得した際に、自分のテーマを完結できたなと大きな自信を持ちました。博士号を取得するということは、一人前の研究者として名刺に書ける肩書を得て、既に博士号を取得している人々と対等にやりあっていくことだと考えています。
私がDを卒業する時に、尊敬する先生の1人が寄せ書きにメッセージを書いてくださいました。その先生は、私にとっては、とても高いところにいらっしゃる偉大な先生です。その先生の言葉は、「これからは、同じ食品を研究する同僚、ライバルとして一緒に頑張りましょう」というものでした。これを読んで、博士号を取得するということは、「もうあなたは1人前の研究者として世の中から認められている」ということなのだと認識しました。
Dに進学している皆さんには、やはり、相応の自信を持ち、今後自分がどういう観点で研究をしていきたいか、ということを考えながら、夢を持って羽ばたいてほしいと思います。

※1日本ハム株式会社 中央研究所 HP:http://www.rdc.nipponham.co.jp/

※2社会人ドクターとは、企業に所属しながら、大学院で研究を行い、博士号取得を目指す人々を指す。勤務状況に合わせて、長期履修制度や、教育方法の特例などが設けられている。

広島大学生物圏科学研究科の社会人ドクター制度に関心のある方は、以下を参照ください。http://www.hiroshima-u.ac.jp/gsbs/nyugaku/syakaijin/index.html

取材者:二宮 舞子(総合科学研究科 総合科学専攻 社会環境領域 博士課程前期1年)


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