第7回 教育学研究科 心理学講座 准教授 尾形 明子先生

広島大学 教育学研究科 心理学講座 臨床心理学研究室 尾形明子准教授

仕事と家庭、両方の幸せを追い求めて

取材日:2016年2月8日

第7回特集コーナーは、教育学研究科 心理学講座 臨床心理学研究室の尾形明子(おがた あきこ)准教授にお話を伺いました。
小児がんなどの病気を抱えた子どもたちが、日本のどこに住んでいても同じ水準の心理的支援を受けられるような社会にしたい、という思いを持って研究・発信されていらっしゃいます。

Profile
2007年 広島大学大学院 教育学研究科 博士課程後期 修了
2007~2011年度 宮崎大学教育文化学部 講師
2011~2012年度 広島大学大学院 教育学研究科 講師
2013年度~現在 広島大学大学院 教育学研究科 准教授

心理学を専攻した理由

私は親が学校の先生だったので、その影響を受けて育ちました。幼いころは小学校の先生になりたいと思っていましたが、運動が苦手だったので小学校の先生は難しいと思い、大学入学時には中学校の英語の先生になろうと思っていました。
私が大学に入学当時の時代背景は、各学校にスクールカウンセラーが配置されたり児童・生徒の不登校が問題になったりしており、教育において心理学の必要性が高まっていた時代でした。
教育現場を知る親からは、「これから教員として働くには心理学を勉強しておかないと対応できない」と言われました。私は欲張りな性格だったので、学校の先生として働く際に心理学の専門知識があることが強みになるのではないかと考えて、英語の教員免許も取得できる心理学を専攻しました。
いざ心理学の勉強を始めると、科学的な知見を用いて実験をすることがとても面白く、より専門的なことを学びたいと思って修士課程に進みました。

Dの時に思っていた将来像

修士号を取得すると、カウンセラーとして働くという道がありますが、常勤の仕事は多くありませんでした。また、修士課程でより専門的なことを学ぶことができたので、その積み重ねを生かしてさらに専門家として研究していきたいと思い、博士課程後期(D)進学を決めました。
ドクター時代は、声をかけていただいて医学部の先生方や研究室の後輩と共同研究をする機会が多くありました。その中で、個人ではなく他の人と共同して研究するのが面白く、また個人で研究するのとは違ったいい研究ができるなと感じました。特に心理学以外の研究者や心理学の中でも自分の専門領域とは違う研究者との共同研究は面白く、次第に研究者になりたいと思うようになりました。素晴らしい先生方や仲間に出会えて、とても恵まれた環境で学ぶことができました。

子ども時代を振り返って:好奇心旺盛な子ども時代

楽しい子ども時代を送ってきたと思います。好奇心が強くて活発でした。
先生たちから「これやりたい人?」と聞かれると、迷わず「やりたい!」というような子どもでした。生徒会活動もしていて、どちらかと言えば積極的なタイプでした。
親が学校の先生だったので家庭でも子どもに関する話題が多く、子どもに興味を持ちやすい環境だったと思います。私自身、小さいころから子どもと接するのが好きでした。

研究生活で苦労したこと

ドクター卒業後の初任地は宮崎大学の教育文化学部でした。
研究者という肩書を得てからは、大学院生時代のように好きな時間に好きなだけ研究するというわけにはいかず、なかなか研究のための時間を確保することができないことに苦労しました。自己マネジメント力が大切だと分かりました。
加えて、宮崎大学ではこれまで広島で築いてきた小児がん研究などの研究のフィールドもなく、一から調査依頼をして関係を築く必要がありました。また、当時の宮崎での小児医療の現場には心理学がまだ積極的に導入されておらず、現場にあまり根付いていなかったため、臨床や研究の基盤づくりから取り組まなければなりませんでした。
就職後は、当時大学院卒業後の間もない自分に依頼が来て学校教員を対象に講演をすることもあり、学校教員よりも経験が浅い中で行わなければならない講演に頭を悩ませたことを覚えています。

これまでの研究生活で成功した体験

研究を通しての私の目標は、全国どこにいても小児がんをはじめとした身体疾患をもった子どもたちとその家族が心理的支援を受けられるような体制を整えることです。
初任地の宮崎大学では、赴任当時、附属病院に臨床心理士はおらず、心理的な支援体制も整っていませんでした。私は教育文化学部の教員でしたが医学部小児科にお願いをして、小児がんの子どもたちのもとに週に1回通わせてもらいました。宮崎大学にいた4年半の間で、徐々に心理的支援や臨床心理士の存在を理解してもらうことができました。
その結果、私が異動する際には小児科の先生方が動いてくださり、病院に臨床心理士のポストが新設されることになりました。
これは私が目指したことの1つであり、自分の活動の成果が表れてとても嬉しかったです。

これまでの人生の分岐点

まずは心理学に出会ったことが大きいと思います。
心理学は心の中の研究なのに実は科学的で自分の立てた仮説が検証できます。心理学に出会うまでは学校の先生になって子どもたちに勉強を教えたりサポートしたりしたいと思っていましたが、そのためには科学的な知見や理論に基づくことが必要だとわかり、ますます心理学にのめり込んでいきました。
心の問題という見えないものを見える形にすることで評価したり支援しやすくなったりすることが分かった時に、見える世界が変わりました。

もう一つは妊娠したことです(取材時、妊娠8ヶ月)。これまでは努力すれば結果が出るなど、比較的自分でコントロールできることが多かったように思います。でも結婚や妊娠は、コントロールできないことがたくさんあります。
その中で、時には自分がやりたいことを細く長くやっていきたいと思うようになりました。少しゆっくり取り組んでもいいかな、と思えるようにもなりました。
好きなようにしてきたことにある種の制限がかかる中で、何を頑張っていくかを考えることが大切だと認識するようになりました。

広島大学 教育学研究科 心理学講座 臨床心理学研究室 尾形明子准教授

臨床現場で大事にしていること

大事にしているのは主に3つあります。
1つ目は、小児がんの子どもたちに対する心理的支援の現場での声掛けです。子どもたちは、行動に制限がかかりますが、その中でも「自分はこんなことができる」、「こんなことが嬉しい」と思えるような機会を日常生活の中で大切にしたいと考えています。
病気になったためにできないことは出てきますが、その中でもできることややりたいことを見つけて、喜びや達成感を感じられることが大切だと考えています。
2つ目は、寛解が可能な小児がんの子どもたちに対して、社会復帰しやすい環境を整えることです。最近は小児がんも寛解できる場合が多いので、その後社会復帰することが必要です。そのための支援が求められています。「病気だから勉強しなくていいよ」ということではなく、病気でも子どもらしく生活できるような環境を整備し、寛解後は徐々に普通の生活に移行できるようにその手助けをすることを考えています。
3点目は、子どもの保護者に対する支援です。家庭でどうすれば穏やかな時間が作れるのか、そして家族にとっても子どもにとってもよい生活が送れるのか、ということに関して支援を行うことで、母親などの心理的負担を軽減できるように努めています。
医療の現場では家族の心理的課題についてまでは手が届かないことが多いので、その部分は心理学として貢献できると考えています。

今後やってみたいこと

これは昔からの目標ですが、子どもたちの心理的な支援をシステムとして構築することは、一生の仕事としてやっていきたいと思います。
それに加えて、大学院生たちと将来のことを一緒に考えていける機会を作りたいなと思っています。私自身、出産して研究しているロールモデルの一人になれれば、と思っています。
大学院生とともに話す機会を設けることで、大学院生と将来を一緒に考えたり、相談に乗ったりすることができるようになれたらいいなと思います。また、研究者を志す中で私自身が経験させてもらったように、大学院生がいろんな人や研究と出会える機会をつくりたいと思います。私は、大学院生から、「こんな研究者になりたい」と思ってもらえるような研究者でありたいと思います。

尾形研究室
尾形先生と研究室の学生と。

10年後の自分はどうありたいか

これまでは好きなように自由に研究してきましたが、出産・育児で今後数年は今までのような働き方、今までのような研究ができないかもしれないなと思うと葛藤もあります。1年休職させてもらうため、その間は今のように学生と一緒に研究はできませんし、いろいろな仕事の依頼をいただいても断らなければならない状況が続いています。
ブランクが開いて大丈夫なのかという不安は正直あります。一方で、自分なりにこれまで必死に頑張ってきたという思いがあるので、ここで少しペースが落ちても、おかれた状況で頑張っていれば、またやれるという自信もあります。休職している間も研究仲間とつながれる環境があることや、現在継続中の研究も、私がいなくても大学院生が続けてくれるものもあることで研究がぷっつり切れるということはないということが安心につながっています。
これからしばらくは、研究は長期プランで細く長く続けていきたいと思います。
女性としては、どのタイミングで結婚・妊娠するかは大きな悩みの一つだと思います。私も独身時代、このままでいいのかなと悩んだこともありましたが、こういうチャンスに恵まれました。初めての子どもですので、正直まだ予想もできずわからないことばかりですが、子育ての経験をパワーにしていけたらいいと思っていますし、仕事もより充実できるような家庭生活を送りたいと考えています。
10年後は家庭と仕事をきちんと両立できる自分になりたいと思っています。

取材者:二宮 舞子(総合科学研究科 総合科学専攻 社会環境領域 博士課程前期2年)


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