第8回 医歯薬保健学研究院 消化器・移植外科学 准教授 田邊 和照先生

田邊先生

家族とともに、よりよい手術への挑戦

取材日:2016年5月30日

第8回特集コーナーは、医歯薬保健学研究院応用生命科学部門消化器・移植外科学の田邊和照(たなべ かずあき)准教授にお話を伺いました。普段は臨床も研究もと、とてもお忙しい田邊先生。その素顔をお尋ねしました。

経歴
1994年 広島大学医学部医学科卒業 広島大学原医研外科入局
1995年 広島市立安佐市民病院 研修医
1997年 広島市立広島市民病院 医師
2003年 広島大学大学院医歯薬学総合研究科博士課程修了 医学博士
2003年 広島大学病院 医員
2004年 広島大学病院 助手
2008年 広島大学病院 講師
2014年 広島大学病院 講師 兼任 広島大学病院 消化器・移植外科 医局長
2015年 広島大学大学院医歯薬保健学研究院 准教授 兼任 広島大学病院 消化器・移植外科 医局長

受賞歴
2015年 Phoenix Outstanding Reseacher Award (広島大学)
2016年 第88回日本胃癌学会総会優秀演題賞

研究内容について教えてください。

消化器の中でも主に胃を専門として研究をしています。
1つには、胃癌の治療法研究です。胃癌はピロリ菌が媒介して引き起こされる病気で、衛生環境の悪い地域や浄水技術があまり発達していない地域、日本では年代が上昇するほど患者数が多い傾向にあります。よって現在70歳代の約7~8割はピロリ菌に感染していると言われるのに対し、浄水技術の発達した世代である20歳代は2割程度しか感染していません。このため、今後胃癌を発症する患者数は減っていくだろうと予測されます。近年早期発見・早期治療によって予後の改善が認められていますが、一方で全身に転移があるような進行した胃癌の方の予後は極めて悪く改善があまりみられていません
癌には進行によって4つのステージに分けられ、全身に転移する段階はⅣ期と呼ばれています。Ⅳ期の治療は非常に難しく、Ⅳ期の胃癌の平均生存率は約1年と他の癌と比べて非常に低いのが特徴です。そこに着目し、Ⅳ期の胃癌患者の治療法を一つの大きなテーマとしています。
具体的には、抗癌剤などの化学療法と手術療法を組み合わせることは効果があるのか、という研究をしています。Ⅳ期の患者には手術を用いないのが一般的です。なぜなら、全身への転移がある人は手術で癌の元(原発巣)を取っても既に癌が転移しているので意味がないというデータがあるからです。しかし、抗癌剤などの進歩により薬で転移した癌を小さくし、手術で原発巣を取り除くことで治療に成功した例はいくつか報告されています。そこでこの報告に学術的な根拠を持たせるため、広島県内の大きな病院と手を組んで研究することにしました。

また、病的肥満症という病気も研究テーマの一つです。日本で肥満になることは個人の責任という認識が強いですが、ある一線を越えると食事療法や運動療法で肥満を解消するのは難しくなります。肥満は糖尿病を始めとした様々な合併症の原因となるため、治療に伴う医療費が膨大です。病的肥満症の治療は欧米がかなり進んでおり、整形手術に行くような感覚で肥満の手術をするようです。それに対し日本は、病的肥満症の認知度が低い上に治療技術があまり発達していません。厚生労働省の発表によると成人10万人あたり200人が病的肥満症であるとされており、決して無視できる数値ではありません。日本人は肥満の先に見える疾患を少しでも減らすため、この問題は外科だけでなく医療全体がチームとして取り組むべき内容だと思います。まだ始まったばかりの研究なので、これから進めていきたいと思います。

今の職業を目指した理由を教えてください。

小さい頃、医療系のドラマや漫画を見てかっこいいと思ったのが一番初めのきっかけです。その後中学受験をするために必死に勉強しましたが、勉強期間が短かったこともあり、希望校に進むことは叶いませんでした。生まれ育った三次を離れて中高一貫校に進んだため、大変なことも多々ありましたが、たった一人で広島市に出で寮生活をし、友人たちと過ごしたことは自分の中で大きな経験になりました。
医学部では様々な専門領域を学んだ後、自分の専門を決めます。医師と言えば外科だ、とのあこがれのまま外科の道を選びました。
現在は臨床と研究の二本柱でハードな毎日ですが、とても充実しています。手術は難しいですし、経験を積まないと分からないこともたくさんあります。ですが、以前分からないことが分かるようになったときはとても嬉しいです。実は、仕事でしんどいと感じたことはありません。語弊を恐れずに言えば、趣味みたいなものですね。だから、長期間休みがとれなくても頑張れるのだと思っています。

田邊先生

1日の流れを教えてください。

平日は朝からカンファレンスがあるので早い時間には来ています。その後は外来の患者さんを診たり手術をする等、医師としての仕事をします。研究をするのは基本、夜になってからです。そのため、家に帰った時に家族は既に寝ている状況ですね。しかし、朝ご飯はかならず家族みんなで一緒に食べます。奥さんがそういう風に家族と話す時間を作ってくれています。
休日も手術が入ることや、緊急で病院に行かないといけないことも多いですが、受け持ちの患者さんの様子を見て、特に問題がなさそうであれば家に帰って家族と過ごします。子どもが軟式野球をしているので試合の応援に行ったり、練習につき合うこともあります。
自分の時間はほとんど取れませんが、仕事から帰った後、お酒とともに映画を見ることは一つの楽しみです。

今後の展望を教えてください。

2方向あります。一つは予後の悪い患者の寿命が延びるように研究を進めることです。先ほどもあったように、Ⅳ期の胃癌の5年生存率は約7%と非常に低いです。今よりも有効な薬、治療法を見つけるためにも基礎研究を進めていきたいです。
もう一つは早期発見・治療をした人たちに対するよりよい手術の方法を見つけることです。医療が発達し、胃癌は早期発見できればかなりの確率で完治が可能ですが、手術で胃を3分の2以上取るため、食事の方法に気を遣わなくてはなりません。手術の方式を工夫することによって、健康な人と似た生活ができるのではないかと考えています。
また、プライベートという点では、普段家事や子どものお世話を頑張ってくれている奥さんに感謝を伝えたいです。職業柄なかなかゆっくり遠出することはできないですが、家族旅行に行ってみたいですね。

博士課程後期を目指す学生へ

医者として働く中で、患者さんを見ることも大事ですが、ある時期は研究という側面から医療に携わることも必要だと思います。確かに医者になった後も、勉強会や学会等学びの機会はあります。しかしそれを細かく理解し、吸収しようと思ったら研究に携わっていないと難しいことも多いです。一旦現場から離れて研究することにより、臨床に戻った時にまた違った気持ちで患者さんへの対応ができます。この時期はとても大切な時間になると思います。

受賞の楯の前で

取材者:勝池有紗(教育学研究科 生涯活動教育学専攻 博士課程前期2年)


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