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研究者への軌跡

Rubrobacter radiotoleransの写真

 

放射線耐性細菌からみた放射線生物学

氏名:寺東 宏明

専攻:数理分子生命理学専攻

職階:助教

専門分野:放射線生物学

略歴:高知大学大学院理学研究科修了。平成11年より現職。

 

私の専門は、放射線生物学という皆さんには聞きなれない(であろう)学問分野です。放射線生物学は、生物が放射線(正確には電離放射線)から受ける様々な影響を研究する学問です。放射線は、極めて高い急性致死効果と白血病などの晩発的効果(すぐには症状が現れず数年あるいは数十年たってでてくること)という生物に対する重篤な影響を与えます。生物も物質からなるものですから、その生物影響は微視的に見ると、生体を構成する分子の傷害に由来すると考えられます。では実際に、放射線は生物のどの部分を傷つけて、そのような影響を与えるのでしょうか。生体における情報の流れのヒエラルキーから考えると、その最も上流に位置する遺伝物質、すなわちDNAが最もふさわしい?標的物質であるのは明らかです。しかし、その直接的な解明はとても難しいもので、たくさんの状況証拠をかき集めて、その証明をしたと信じているに過ぎないのです。
 

さて、地球上のほとんど全ての生物は同じ原理で活動しています。DNA上に記載された遺伝コードもほとんど全ての種で同じですし、同じ物理化学的法則に則って、多種多様な物質代謝が行われています。とすると、放射線に対する強さ(弱さと言ってもいい)はどの生物でも一律なのではと考えるのが妥当だと思われます。ところが放射線に対する生物の感受性(弱さ)は種によって異なるのです(もちろん地球上の全ての生物種の放射線感受性を比較した人は誰もいません。研究によく使われるほんの一握りの種の放射線感受性しかわかっていないのです)。放射線に対する生物の感受性は、半致死線量という指標で比較するのが一般的です。半致死線量というのはその生物集団の半数が死に至る放射線の量(線量)で表した生物の感受性ですが、ヒトやマウスなどの哺乳類は一般的に5Gy程度と言われています。GyとはGyとは1kgの物質が放射線から1Jのエネルギーを吸収した場合の線量のことです。一方、遺伝子組換え実験などで実験室でよく使われる大腸菌の半致死線量は50Gy程度と言われています。単純に比較すると、大腸菌はヒトと比べて10倍放射線に強いということが言えるわけです。大腸菌は単細胞の原核生物で、ヒトなどの哺乳類と比較して細胞構造も単純ですし、ゲノムサイズ(その生物種固有の全遺伝子のセット)も小さいので、傷に対する抵抗性が高いのかもしれません(本当はそのことすらよく分かっていないのですが)。ところが、地球上にはもっと放射線に強い生物が存在しているのです。
 

それらは放射線耐性細菌と言われますが、分類学的な類縁関係のないものが多く、多分、進化過程においてそれぞれの生育環境に適応した結果、同じような性質を獲得したものと考えられます。放射線耐性細菌の一種Rubrobacter radiotoleransは先に述べた半致死線量が16,000Gyというとてつもない強さをもっています。この値はヒトの3,200倍にあたるものです。種が違えば、放射線感受性も違っていてよいとは思いますが、こんなに桁が違うのはどういうことでしょうか?哺乳類と比較するのはあまりにも体の構造が違いすぎるので、対象をバクテリアに限ってみても、例えば、実験室で最もよく用いられるバクテリアである大腸菌Escherichia coliの半致死線量は50〜100Gyです(幅があるのは株によって異なる値を示すため)。このうち100Gyを採用するとしてもR. radiotoleransの強さはそれの160倍ということになります。この種を含めて、放射線耐性細菌の高い放射線抵抗性の分子機構は未だによく分かっていません。DNAを守る力が強いのか?DNAを修繕する能力が高いのか?それともDNAに傷がついても生き延びる術を知っているのか?
 

私は、放射線生物学を専攻すると同時に、この細菌とつき合い始め、早や15年程になります。もちろん、この細菌の研究以外のこともやってきましたので、こいつとばかりずっと対峙していたわけではなく、最近は、別の研究テーマで忙しく、ちょっとご無沙汰気味なのですが、ずいぶんと永いつきあいです。15年つきあってきて、結局こいつのことは何も分かっていないというのが実感です。放射線耐性細菌の研究は、その抵抗性の機構が、放射線防護に利用できるのではないかということで隆盛となった時期がありました。しかし、世界的な放射線生物学の衰退(この学問は好むと好まざるに関わらず、原子力産業と密接な関係をもっています)と、放射線耐性細菌の特殊性と取り扱いの難しさ?から今では、その研究をやっている人はほとんどいなくなりました。多分、R. radiotoleransの研究をまだやっているのは、世界で私一人かもしれません。これこそ、オンリーワンの研究?と胸を張ってみても、このような研究に研究費は回ってきませんから、なかなか難しいものです。でも、密かに空いた時間を使ってこいつとつきあっていく、というのが本当の研究の楽しさかもしれません。
 

R. radiotolerans研究の歴史

1973年
R. radiotolerans発見の報文(Yoshinaka et al., Agric. Biol. Chem., 37: 2269-2275)。当時はArthrobacter属として記載された。

1988年
Rubrobacter属への分類変更の報文(Suzuki et al., FEMS Microbiol. Lett., 52: 33-40)。

1994年
含有色素の構造の報告(Saito et al., Arch. Microbiol., 162: 414-421)(当研究グループ)。

1997年
16S rRNAシークエンスによる分類学的な検討(Kausar et al., Int. J. Syst. Bacteriol., 47: 684-686)。(当研究グループ)。

1999年
放射線によるDNA傷害の報告(Terato et al., Microbiol. Res., 154: 173-178)。(当研究グループ)。

2000年
DNA修復酵素の報告(Asgarani et al., J. Radiat. Res., 41: 19-34)。(当研究グループ)。


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