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研究者への軌跡

研究対象そして人との出会い

氏名:片柳 克夫

専攻:数理分子生命理学専攻

職階:准教授

専門分野:タンパク質X線結晶学、構造生物学

略歴:1961年生まれ。千葉大学工学部卒業。東京工業大学大学院総合理工学研究科材料科学専攻修士課程修了。
蛋白工学研究所第一研究部研究員、三菱化学(株)総合研究所副主任研究員を経て現在に至る。大阪大学にて博士(薬学)を取得。

 

生命を司るタンパク質の結晶の美しさとの出会いが、奇妙なことに今の私の研究分野になっている。私は学生時代にはおおよそタンパク質に代表される生命科学とは縁のない無機材料科学を専攻した。
 

修士課程のときは、東工大の工業材料研究所(現:応用セラミックス研)で丸茂文幸教授のもと3元超伝導体結晶のX線解析による電子密度解析、いわゆるX線精密構造解析といわれるものを行った。通常のX線結晶構造解析は各原子の電子雲は球状に分布していることを前提に行われており、現在私が研究しているタンパク質の場合も勿論そうである。ところが皆さんが大学に入ってすぐに習うように、電子雲は(s軌道以外)球状ではなく異方性の広がりを持つ。X線回折は電子による散乱で起こるため、X線回折から電子雲の形状、結合電子などを研究できるのはそう想像に難くは無い。ところが実際は、X線は散乱時に同時に吸収もされるのでこのX線の吸収による系統誤差を最小限に食い止めるためには硬い結晶を約2ヶ月かけてやすりで丁寧に削って直径0.2mmの球状に整形しなければならない。また熱振動にしても通常はTaylor展開の2次の項までを用いて近似するところを4次の項まで用いなければならないし、結晶の完全性による消衰効果も考慮したり...様々な系統誤差を慎重にとり除いていく実験や解析を必要とする。とにかくこれらの配慮なくしては電子雲の異方性はノイズに埋もれてしまい浮かび上がってこない。私が修士課程の時は、やっとd軌道の異方性がX線解析できちんと解析でき、ヤーンテラー効果などが説明されるようになった頃で、私のテーマであったf軌道についてはまだ始まったばかりだった。その頃はまだタンパク質のような複雑な生体高分子が美しい単結晶を作ることなど信じられなかった。
 

タンパク質の結晶に出会ったのは修士課程を出てからで、 1986年に旧通産省の産官学連携プロジェクトとして発足したばかりの蛋白工学研究所(のち生物分子工学研究所に改称)において森川耿右さんのグループでリボヌクレアーゼH(RNase H)というタンパク質のX線結晶構造解析を行い大阪大学で博士号を得た。

X線結晶構造解析で解明されたタンパク質リボヌクレアーゼH分子の立体構造

 

このタンパク質(酵素)はDNA鎖とRNA鎖が向き合った2重らせんを認識して、そのRNA鎖のみを次々に切断するというHIVの逆転写酵素には必須の機能であり、当時エイズ撲滅を最優先国家プロジェクトとして取組んでいた米国を相手に、必然的に国際競争となった。結局、私たちのグループはその成果を英国ネイチャー誌に、相手のコロンビア大学のグループは米国サイエンス誌に、それぞれ 1990年9月第3週に同時に発表することとなった。この競争相手はこの分野では世界でも名門中の名門であったため、研究に取り組んでいる間もずっと周囲から暖かい励ましを受けたが、一方で“無理に決まっている”とひやかしもいろいろあった。とにかく私はただこの競争に勝つためにベストを尽くす、それだけだった。しかしこのような第一線の国際競争の研究を成し遂げたという経験は、海外留学や滞在等より遥かに貴重な経験として今も自分の心の支えになっている。

 

また、X線構造解析というイメージは学生の時と大きく変貌した。タンパク質のように1つの分子が1000個以上もの原子から組立てられる生体高分子では、その得られた構成原子の座標データは研究所内でも様々なところに活用された。例えば、分子化学計算でこのX線で得た立体構造を初期値として計算した結果、RNase Hの熱安定性を10度も上昇させるような変異体が大型コンピュータ計算で予測でき、実際につくり実験して確かめられた。また、それまでDNAに対してしか存在しなかった制限酵素に、RNase HのX線構造を組み合せることで初めてRNAの制限酵素を創ることができた。タンパク質の新しい機能を創造するという究極のテーマに対して、自分たちが解明したタンパク質の複雑な立体構造がこのように大きく役立ったことを鑑みると、自分の研究に大きな責任を感じると同時に、大きな生きがいや喜びがこみあげてくる。広島大学に移って現在までに数多くの先生方と共同研究をさせて頂いてきたが、その気持ちだけはその頃も今もずっと変わらない。
 

これから大学を受験する皆さん、大学や大学院の卒業を目の前にして就職活動で東西奔走している皆さん、これから皆さんの目の前に広がる大きな“未来”の2文字を前に、様々な期待と不安が交錯していることでしょう。自分の本当にしたいことは?自分に現在与えられている可能性は?と何度も自問自答しては結論を次々と推敲して練り上げることの繰り返しでしょう。でも、ある程度的が絞れたら勇気をもってまず一歩を踏み出そう。飛び込んでみよう。そこには、自分が思っていた以上に大きく新しい何かがきっと開けてくるはずです。


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