第8回 先端物質科学研究科 量子物質科学専攻 D3 鈴木 佑太朗さん

写真 鈴木さん

取材実施日:2014年10月10日
第8回の研究留学コーナーは、先端物質科学研究科 量子物質科学専攻 Quantum Frontier Group(高エネルギー物理学研究室と量子光学物性研究室の共同グループ) 博士課程後期(D)3年の鈴木 佑太朗(すずき ゆうたろう)さんに現在の研究内容や留学時の様子、海外に出て気づいたことについて伺ってきました。

鈴木さんの研究留学について

〔 留 学 先 〕 オーストラリア グリフィス大学量子動力学センター(Griffith University, Centre for Quantum Dynamics)
〔留学期間〕 2013年2月~2013月3月末(D1時)
〔留学経緯〕 修士の時に参加した国際会議がきっかけで、グリフィス大学を見学した経験がある。その後、広島大学 G.ecbo遡上教育型海外インターンシップ(注1)を利用し、グリフィス大学への研究留学に至った。     
〔 支 援 〕 G.ecbo遡上教育型海外インターンシップから渡航費、宿泊費に約40万円
〔留学費用〕 渡航費約24万円、宿泊費約17万円、生活費約8万円

地図 オーストラリア連邦 クインーズランド州ブリスベン

オーストラリア連邦 クインーズランド州ブリスベン

現在の研究内容は?

量子測定を偏光に対して連続して行っています。偏光というのは、量子の中でも光の最小単位である「光子」の物理量のことで、光の振動方向の自由度です。
現在の物理屋さんは、「古典力学」と「量子力学」を時と場合によって使い分けています。よく日常的なスケールをマクロ系といって「古典力学」を、モノを細かく分けていって分子・原子程度以下の大きさをミクロ系といって「量子力学」を適用しています。二つのあいだにははっきりとした適用限界や条件がなく、どこまでがミクロ/マクロなのか曖昧です。もともと「古典力学」が最初にあって、それでは説明のつけられなかったものを新たに「量子力学」として説明しようとしました。「量子力学」の予想はできた当時から日常的な理解に反していたため、その説明には物理的直観が働かず、道具として使われる側面が強いです。
「古典力学」では、未解決の問題もありますが、我々が経験から直感的に理解できる内容を記述し、数式で計算したりすることがほとんどです。ところが「量子力学」は、ミクロな対象に対して現象を説明しようとした時に、直感に反する理解しがたい結果が得られることが多々あります。象徴的なのは、やはりダブルスリットの実験でしょうか。「光子は二つのスリットを同時に通ってスクリーンに到達した」というような言い方になってしまいます。量子力学は物理現象を十分に説明しませんが計算と予測はできますので、解釈は置いておいてとりあえず使いましょうという動きで、学問として進んできました。僕の研究は量子力学の解釈とか、物理的な意味合いをもう少し明らかにしたいなというのを狙いにやっています。
そこで、測定に着目しているのはなぜかというと、「古典」と「量子」では測定の扱いが大きく異なるからです。例えば、日常生活を送っていて今、このペンの重さを測っても、そのペンが測ることで壊れたり、測るたびに重さが変わるなんて思いません。つまり、「測定すること」と「そこにものがあること」は同じぐらい絶対的です。普通は測定したらものの存在が揺らぐなどと考える必要はないのですが、「量子力学」が扱うようなミクロな対象の場合、前述の「測定する行為」と「測定する対象」とは互いに関係しあいます。対象を測定する時、測定は対象に「作用」し、その作用によって情報を得ますが、同時に対象にも無視できない影響を及ぼして対象を変化させます。一般的に、測定をしたら、その測定した対象の元の状態は変わってしまいます。では、どのように変わるのか、その影響をどう知るのか、元の状態とは何か、そのような問いはあまり整理されておらず、それらを知るために、連続測定をやっています。

写真 鈴木さん

留学に行くまでの経緯は?

もともと留学したいと思っていました。今行っている研究テーマは、ちょうど僕が研究室に入るちょっと前から始まったもので、ほぼ立ち上げ状態から始めました。カテゴリーとしては量子光学の実験になるのですが、実験装置を組むのに何を選ぶとよいのかも手探りでした。実際に研究が盛んなところで、どのような研究が、どんな形で実現しているのか参考にしたくて、知りたいなという気持ちがありました。修士の時に、オーストラリアでの国際会議に参加し、その足で一度今回の留学先の大学を見学させてもらう機会を得ました。そこで複数の光子を同時に発生させ、タイミングや操作を工夫して制御するさまざまな実験設備を見せてもらいました。その頃は自分の実験へのフィードバックも出来ましたので、それで満足していました。しかし、見るだけでは分からないこともたくさんあって、今度はどのように装置を使って機器の調整をしているのか、どんな考え方を基に研究を進めていっているのか、もっと突っ込んで知りたい、体験したいという気持ちが強くなってきました。
博士課程後期になって研究がひと段落ついた頃、どうやって留学を実現しようか、漠然と考えていたそんな折にG.ecboプログラムの存在を知りました。そこからはトントン拍子で、無事プログラムを利用して、グリフィス大学に留学することができました。なぜ海外の研究室が第一候補になったのかというと、所属研究室の文化・研究環境のおかげだと思います。研究が国際的なものであることは、飯沼助教がいつも国際会議に出て発表することを勧めていたり、ホフマン准教授の活躍から肌で感じ取っていたりしたのだと思います。二人はどちらも僕の指導教員です。

留学先での研究内容は?

現在の研究内容は測定行為そのものですが、留学先では測定する対象を準備する実験を行いました。量子制御の実験で用いられる量子とは、例えば電子(超伝導系)、あるいは原子・イオン・中性子、そして光です。その光を使う実験は、純度の高いもつれ合い状態がつくれるという点で他の実験と比べて有利です。もつれ合った光子対とは、相関を持った二つの光子のペアのことで、二つの情報は古典的に許されるよりも強くかかわり合っています。あまりに強く相関しているので、一方を知るともう一方は測定しなくても知ることができます。この強い相関は次世代の技術にも応用されようとしていて、例えば暗号のしくみが異なる量子通信、天文学的時間のかかる因数分解をあっという間に解いてしまう量子計算の基礎です。量子に特有の現象ですから、量子力学の理解や解釈に対してもするどい切り口を与えてくれる可能性があります。グリフィスでは、量子光学の実験をするならぜひ取り入れたいもつれ合い光子対の発生装置の構築を行っていました。

留学先の研究環境は?

留学先の研究環境は日本と全然違いました。まず、留学先の研究センターは基本的に8時~17時しか開いておらず、その時間帯しか自由に出入りできませんでした。それに対して、日本では一応規定時間もありますが、時間外でも入れますし、深夜に実験もできます。日本にいるときよりも昼間、実験することの優先順位が圧倒的に高くなりました。そして、留学先の研究室では週例ミーテイングも一切なくて、何か分からなくて困ったら、ボス(先生)やポスドク・同僚(先輩)に直接に尋ねていました。
また、非常にありがたかったのは、研究テーマごとに一人ひとつの実験設備が与えられており、僕も実験セットアップを丸々ひとつ思い通りにでき、独立して進められたことです。実験に集中できる環境でまわりには年の近い、似たような実験をしている人間がいる、そんな中で、自由に自分のペースでできるというのはとても幸せでした。

写真 留学先の研究センター

留学先の研究センター

写真 鈴木さんが留学先で構築した実験装置

鈴木さんが留学先で構築した実験装置

留学時の語学力は?

先端物質科学研究科の海外支援制度を利用するために、(国際会議参加補助の審査を通過するためにも)、修士の時にTOEICを受けましたが、当時の結果は620点でした。留学前も今もそんなに英語をペラペラしゃべれるわけではありません。
前述のホフマン准教授はドイツ人で、英語とドイツ語がネイティブレベルで日本語と少し中国語もわかります。ホフマン准教授との会話は英語になることが多いですが、内容は研究にかたよりがちです。ですから、日常会話や研究室内でのフランクな会話というのがどういったものなのか、どんなフレーズがよく使われるのかということは行くまでまったく見当もつかず、宿泊先でも困惑しましたがとても新鮮でした。
必要なことは、「慣れ」だと思います。ある程度言葉が聞き取れるのであれば、話した言葉の文法がめちゃくちゃでも相手は意図を汲んでくれて通じると思います。実際、僕自身英語での表現力のなさに歯がゆい思いをしましたし、ルームメイトや研究室メンバーにはとてもお世話になりました。けれども、最低限のコミュニケーションはできたと思います。日頃からトレーニングできていればそれに越したことはないと思いますが、逆に言えば英語圏に行ってしまえば、慣れてそのうちしゃべれるようになるだろうという気持ちを持っていました。

研究留学を経ての収穫は?

一番大きいのは、視野が広がったことです。留学という形で、一度自分の日常から離れてどこかに行くと、まったく異なる環境を体験できることがいいなと思います。研究室の中で、あるいは日本では当たり前だと思っていたことで、オーストラリアではまったく当たり前ではないことはたくさんあって、固定概念や姿のわからない慣習に知らないあいだに縛られていたことに気づきます。そういうことは外に出ないと気付けないことだと思います。日本全体の慣習も含めて、自身の生活スタイルとか、考え方とか、何か気付くことができます。そこで、違いが分かってくると、今度は今、自分がいる環境で何が強みなのかということが明確になってきます。これは研究にも当てはまります。留学を経て、自身の研究テーマと置かれている環境の長所と短所を明確に意識することができました。
また、留学の心構えとしては、具体的な目標があった方がよいと思います。僕の場合は、今の研究室で続けていくだけでは、資金・設備の面で、すぐに立ち上げるのが難しい実験がありました。実験経験を積みたいと思っていたので、設備・経験ともに豊富な研究室へ行って、実際にそこで肌で体験し、技術を吸収しようと思っていました。実験装置も課題は残りましたがまがりなりにも結果の出せる状態まで追い込むことができたので、目標はしっかりと達成できたと思います。
ブリスベン近隣のゴールドコースト。動植物の種類も豊富で、自然も豊かで壮大である。

写真 ブリスベン近隣のゴールドコースト
写真 ブリスベン近隣のゴールドコースト

ブリスベン近隣のゴールドコースト。動植物の種類も豊富で、自然も豊かで壮大である。

これから研究留学を目指す学生へのメッセージ

実は皆さん知らないだけで、探してみると実に多くの留学への扉が待ち構えていて、案外簡単に海外への道は開けると思います。なので、なにかやってみたいとか、興味があるとか、そのような気持ちが少しでもあれば、積極的に動いてみることをおすすめします。行かないとわからないことや、言葉で言われても自分で実感しないと気付けないことがたくさんあると思います。もちろんこれは海外でなくとも違う環境に飛び込むことで「誘起」される事象だと思います。大事な事は実際に行動してみるということでしょう。そうすることで、自分の思い描いていた以上の収穫がきっと得られると思います。
(注1) G.ecbo遡上教育型海外インターンシップ
http://www.hiroshima-u.ac.jp/gecbo/index.html
【参考】 広島大学国際センター「留学・研修プログラム」ホームページ
http://www.hiroshima-u.ac.jp/kokusai-center/out_bound/ryugaku_program/

取材者:葉 夢珂(教育学研究科 言語文化教育学専攻 日本語教育学専修 博士課程前期1年)

 


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