取材実施日:2013年12月11日
第2回の研究留学コーナーは、理学研究科 物理科学専攻 光物性研究室の博士課程後期(D)3年の黒田健太(くろだ けんた)さんに現在の研究内容や留学時の様子、海外に出て気づいたことについて伺ってきました。
(事務局補足説明)
本研究留学コーナの初回は、理学研究科 山本先生に研究留学の全体像の説明をいただきました。2回目以降は、学生の皆様から様々なケースの体験をご紹介いたします。研究留学を志される皆様の今後の計画策定の参考になれば幸いです。
2010年に広島大学を中心としたチームが「新型トポロジカル絶縁体を世界で初めて発見」しました。今回取材した黒田さんはその一員です。(新型トポロジカル絶縁体についてはこちら)
黒田さんの研究留学について
〔留学先〕 ドイツ ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学 (通称ミュンスター大学)(注1)
〔留学期間〕 約2週間:2012年9月6日~9月19日(D1時)
〔留学経緯〕 研究室のプロジェクトの一環として
〔支援〕 研究室より渡航費と宿泊費は援助あり
〔留学費用〕 渡航費18万、宿泊費8万、生活費2万円程度
ドイツ ノルトライン=ヴェストファーレン州 ミュンスター
現在の研究内容は?
広島大学にある放射光施設(HiSOR)で、トポロジカル絶縁体という物質の電子状態を研究しています。トポロジカル絶縁体とは、物質の内部は絶縁体で電気を流さず、物質の表面は金属として電気を流す一風変わった物質です。さらに、この表面の伝導電子がスピン(右回りと左回りの自転)を揃えて運動するという点がこの物質の大きな特徴です。
今日では、電子の電荷(+と-)の2つを操作することでパソコンなどの電子デバイスを作り出す、エレクトロニクスがありふれたものになっています。その中で、最近注目されているのはスピントロニクスです。これはエレクトロニクスで用いられてきた電子の電気的性質である電荷だけでなく、磁気的性質であるスピン(右回りと左回り)も含めた4つの自由度を操作しようという考えです。そうすることで、例えば、従来よりも演算能力の高い電子デバイスを作られるようになり、私たちの生活をより良くすることができます。
スピントロニクスを実現するために必要なことは、電子のスピンを生成すること、スピンの向きを制御すること、スピンを検出することの3点です。トポロジカル絶縁体は、この3点の条件を全てクリアすることができ、スピントロニクスにとって理想的な物質です。
研究留学を決意した理由は?
ひとつには、悔しさからです。分野によるかもしれませんが、現在、物理学の国際学会の場では、多くの中国の研究者が活躍しています。それに対し、日本人の 影の薄さを感じました。実際に、アメリカ物理学会参加者の多くが、外国に留学している優秀な中国の学生です。人口の規模が違うとはいえ、勢いを感じざるを 得ません。日本の基礎科学研究をもっと世界に広げるため、さらなる発展のために、自分の視野を広げて、海外に積極的に出ていくことが必要だと体感する出来 事でした。
留学先での研究内容は?
D1の時に、ドイツのミュンスター大学へ2週間ほど留学しました。そこには、広島大学とは異なる手法で物質中のスピンを検出する実験装置があり、それを用いて研究をすることが目的でした。1週目は自分の持ち込んだ研究を行いましたが、2週目からは留学先の学生と共同研究を行いました。この共同研究は帰国後も続いており、ミュンスター大学の学生が何度か来日しています。
留学先では、私をお客様というよりも仲間として扱ってくれました。私自身、英語はあまり得意ではなく、上手にコミュニケーションをとることができませんでした。しかし、私が意見を言えば、賛成でも反対でも意見を返してくれました。向こうの方とは友達になることができ、来日した時には宮島を案内しました。来年より2年間もう1度ドイツに行くことになっているので、また会えることを楽しみにしています。
留学時の語学力は?
ドイツでの会話には英語を用いていました。物理学に関することについては、中学、高校で学んだ英文法と、論文を読むことで得られた語彙力でなんとかなりましたが、日常会話になるとさっぱりできませんでした。日常会話で S+V+O や S+V+C など無理矢理型にはめようと意識しすぎて、文章ができあがる頃には相手も気持ちが冷めてしまっていたことが多々ありました。ただ、これ以前より留学するためには英語力は必要であると感じており、博士課程前期2年生の時から毎日1本は海外ドラマを見ることにしていました。その結果、リスニング力は少しあったと思います。
また、私の留学は2週間と短く、その間はほとんど研究をしていたため、大きく語学力を伸びたとは言えません。もし、留学先の学生たちともっと盛んにディスカッションをしたり、会話をしたりしていたら、語学力は伸びていたかもしれません。やはり会話を通して、たくさんアウトプットをしていくことで英語力は伸びていくのだと思います。
最も語学力が伸びたと思う経験は?
自分の経験から言うと、国際会議での口頭発表の準備が最も英語の勉強になりました。発表原稿の作成や発音練習、質疑応答への備えなどを通すことで、しっかりと英語に向き合うことができます。また、人に理解してもらえるような状態に仕上げなければ、というプレッシャーから力はついていきました。特にネイティブの英語は歌うようにリズムよく進みます。ここでしっかりと真似をする練習をしておくことで、日常会話も自然とリズムよくアウトプットできるようになりました。
最も語学力が伸びたと思う経験は?
日本人が他の国の人達の輪に入っていかないことが気になりました。日本人だけで固まって、それで満足しているように見えます。せっかく日本を出て、他の国に来ているのにどうして積極的に交流しないのだろうかといつも思います。また、自分が残念に思ったことは、「日本はどんな国?」と尋ねられても説明することができなかったことです。これは私だけの問題ではなく、多くの日本人に当てはまることだと思います。日本人は今の日本の現状に満足していますが、もっと日本を客観的に捉えて、自国について再認識する必要があると思います。
これから研究留学を目指す学生へのメッセージ
これから研究留学に行こうとする人は、恥じることなく、積極的に他の国の人の輪に入っていくことを心掛けてほしいです。基本的に、海外の方は誰でも受け入れてくれるので、臆することはありません。また、できることなら、学部のうちに語学留学(注2)や会話パートナー(注3)を通して英語力を伸ばしておいた方が良いです。そして、簡単でもいいので、日常会話や研究概要の説明などができるようになれば、安心して海外へ行くことが出来ると思います。
(注1) ミュンスター大学 物理研究所 http://www.uni-muenster.de/Physik.PI/Donath/en/
(注2) 広島大学国際センター「留学・研修プログラム」ホームページhttp://www.hiroshima-u.ac.jp/kokusai-center/out_bound/ryugaku_program/
(注3) 広島大学会話パートナー制度紹介 https://momiji.hiroshima-u.ac.jp/momiji-top/life/kokusai/conversation.html
取材者:杉江健太 (総合科学研究科総合科学専攻 人間行動研究領域 博士課程前期1年)