新型トポロジカル絶縁体を世界で初めて発見!

新型トポロジカル絶縁体を世界で初めて発見!
- 次世代超高速コンピュータの材料として期待 -

概要

広島大学大学院理学研究科の木村昭夫准教授と大学院生の黒田健太、呉工業高等専門学校の植田義文教授、広島大学放射光科学研究センターの島田賢也教授を中心とする研究グループは、広島大学放射光科学研究センターの高輝度シンクロトロン放射光と世界最高水準の高分解能・角度分解光電子分光実験装置を組み合わせて、全く新しいトポロジカル絶縁体の発見に成功しました。またこの新物質が、従来型の物質に比べ、より超高速で電子が移動し、結晶内部への電流漏れが起らないことがわかりました。今回発見した新しいトポロジカル絶縁体は、次世代の超低消費電力型のスピンデバイスや超高速コンピューターへの開発に有力な材料として大きく期待されます。

背景

普通の絶縁体は電圧をかけても電流が生じませんが、ごく最近発見されたトポロジカル絶縁体では、物質の中身は絶縁体状態ですが、その表面では普通とは異なる特殊な金属状態が実現しています。トポロジカル絶縁体の表面の電子は質量を持たず、スピン(電子の自転)をそろえて動き回るという特殊な性質を持ちます。また通常の物質とは異なり、トポロジカル絶縁体の表面を動き回る電子は、普通とは違い、欠陥や不純物によって邪魔されることなく(エネルギーを損失することなく)伝導ができるというとても魅力的な性質を持っています。そのため、トポロジカル絶縁体を利用して、次世代の超低消費電力スピン・デバイスへの開発や、超高速の電子を利用した次世代型のスーパーコンピューターへの開発に大きな期待が寄せられています。

2009年に、ビスマス・セレナイド(Bi2Se3)という結晶が、トポロジカル絶縁体としての性質を示すことが米国のプリンストン大学の研究グループにより実験的に示されて以来、世界中で大きな注目を集め、盛んに研究が行われるようになりました。その後、実用化に向けて世界中の研究グループが表面電子電流の直接検出を試みるべく数々の実験が行われましたが、結果的には不本意な結晶内部の電流に支配され、表面だけに生じる電流を捉えて制御できるという報告がありませんでした。このような中、表面電流が結晶内部に漏れることのない、より理想的な新しい物質探索が必要となってきました。

研究手法と成果

研究グループは、広島大学放射光科学研究センターにおいて、高輝度のシンクロトロン放射光※と世界最高レベルの精度で直接観測できる高分解能・角度分解光電子分光装置を組み合わせて、3つの元素から構成されるタリウム・ビスマス・セレナイド( TlBiSe2 )結晶の表面上を運動する電子の状態を世界で初めて明らかにしました。また表面を運動する電子は、従来型のビスマス・セレナイドよりも超高速で移動し、結晶内部の状態とは十分に切り離され、純粋な表面のスピンをそろえた電流が実現していることをつきとめました。

研究成果の意義

  1. 本研究によって、まったく新しいトポロジカル絶縁体が世界に先駆けて発見されました。
  2. この新しいトポロジカル絶縁体表面の電子は、表面を超高速で移動し、結晶内部に流れ込まない性質を示すことが明らかとなりました。
  3. 本研究成果により、次世代の超低消費電力スピン・デバイスへの開発や、超高速の電子を利用した次世代型コンピューターへの開発に大きな指針を与えるものと期待されます。
     

本研究課題は、放射光科学研究センターの共同研究委員会により採択された研究課題のもと実験が行われました。また本研究は科学研究費補助金の助成を受けて実施されました。また、本研究成果は、8月27日に北京で開催された「第18回真空に関する国際会議(IVC-18)」で発表を行いました。国内では、9月24日に、大阪府立大学(大阪府堺市)にて開催される日本物理学会で発表します。また本成果は、米国の科学雑誌フィジカル・レビュー・レターズ『Physical Review Letters』に10月初旬に公開予定です。

 

本研究に関するお問い合わせ先

広島大学 大学院理学研究科 物理科学専攻
准教授 木村昭夫(きむら あきお)
〒739-8526 東広島市鏡山1-3-1    
E-mail:  akiok(AT)hiroshima-u.ac.jp
TEL 082-424-7471 FAX 082-424-0719
 

呉工業高等専門学校 電気情報工学科
教授 植田義文(うえだ よしふみ)
〒737-8506 呉市阿賀南2-2-11
TEL 0823-73-8470  FAX 0823-73-8474
E-mail:  ueda(AT)mail.kure-nct.ac.jp

報道に関するお問い合わせ先

広島大学 社会連携・情報政策室広報グループ
和木 光江
〒739-8526 東広島市鏡山1-3-1 
TEL 082-424-6017 FAX 082-424-6040
E-mail:  koho(AT)office.hiroshima-u.ac.jp
 

呉工業高等専門学校 広報室
三谷 英子
〒737-8506 呉市阿賀南2-2-11
TEL 0823-73-8964
E-mail:  kouhou(AT)kure.nct.ac.jp

※(AT)はすべて@に置き換えてください。

(※注)「シンクロトロン放射光」光の速度(地球を一秒間に7週半する速さ)までに電子を加速し、磁場でその進行方向を曲げると、同時に進行方向に強力な光が放出される。これがシンクロトロン放射光である。自然界では星雲の中に放射光を見つける事ができるが、地上では専用の加速器が必要である。シンクロトロン放射光は、人類が手に入れた最も強力な光で「夢の光」とも呼ばれる。

 

参考資料

1.トポロジカル絶縁体における表面電子

電子は自転をすることにより、ひとつひとつが磁石としての性質をもっている。下図 (a)に示すように、右まわりの自転をアップスピン、左まわりの自転をダウンスピンと呼ぶことができる。下図(b)に示すように、トポロジカル絶縁体の表 面には、質量ゼロのアップスピンとダウンスピンの電子が動き回っている。またアップスピンの電子は右へ、ダウンスピンの電子は左へというように、スピン方 向の異なる電子が互いに逆向きに運動する。この様子を横軸を電子の運動量、縦軸を電子のエネルギーとして表すと、下図(c)の様に、電子エネルギーと運動 量が比例関係にある。さらにこれを表面電子の二次元平面の運動量として表すと、円錐となることから、一般にディラック・コーンと呼ばれる。また、ディラッ ク・コーンの中心にあたる直線が交わる部分はディラック点と呼ばれる。

トポロジカル絶縁体表面

2.通常の絶縁体とトポロジカル絶縁体

通常の絶縁体は価電子帯と伝導帯の間にエネルギーギャップが開いているために、電流は流れない。一方、トポロジカル絶縁体ではエネルギーギャップの領域に スピン偏極した表面電子状態が価電子帯と伝導帯の間をつないでおり、表面電流に寄与する。

通常の絶縁体とトポロジカル絶縁体

3.放射光を用いた高分解能・角度分解光電子分光(広島大学放射光科学研究センター)

エネルギーの高い光を物質に照射すると、物質から電子が放出される(光電効果)。角度分解光電子分光という実験手法によって、物質内部の電子のエネルギー と運動量の関係を直接決定することができる。広島大学放射光科学研究センターの電子蓄積リングHiSORから発生する高輝度シンクロトロン放射光を光源と して、世界最高レベルの精度で直接観測できる高分解能・角度分解光電子分光装置を用いて、新しいトポロジカル絶縁体の電子の速度分布を詳細に調べた。

4.タリウム・ビスマス・セレナイド(TlBiSe2)表面におけるディラック・コーンの直接観測(研究成果)

表面における電子速度の比較
Bi2Se3(従来型) TlBiSe2(新物質)
3.0x105 m/s 3.8x105 m/s

新しいトポロジカル絶縁体タリウム・ビスマス・セレナイド(TlBiSe2)の表面におけるディラック・コーンの観測に初めて成功した。運動量に対するエ ネルギーの傾きが大きいほど、電子はより高速に移動することを意味するが、上図から、タリウム・ビスマス・セレナイド表面の電子は明らかに、従来型のビス マス・セレナイド(Bi2Se3)のものより速いことが分かる。

5.ディラック・コーン表面状態と結晶内部の状態との関係(研究成果)

(a)ビスマス・セレナイド(Bi2Se3)では、ディラック点と同じエネルギーのところに価電子帯とよばれる結晶内部の状態が位置する。この場合、表面 の電流が欠陥や不純物にぶつかると、結晶内部にリークしてしまう。

(b)一方、今回発見した新しいトポロジカル絶縁体タリウム・ビスマス・セレナイド(TlBiSe2)の場合には、表面電子の状態と結晶内部の価電子帯や 伝導帯とエネルギー的な重なりがない領域が大きいため、表面電子は不純物に散乱されることなく動き続けることができる。


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