教授 江頭 大藏(EGASHIRA Daizou)

研究分野、研究テーマ

社会学:エミール・デュルケームの社会学理論とその応用

経歴

1961年9月生まれ。1987年九州大学大学院文学研究科中退。九州大学文学部助手、広島大学法学部助手、同助教授、同教授を経て、2004年から現職。専門は社会学。

学部の教育内容

初めて勉強する人にとって、社会学は分かりにくいと感じられることが普通のようです。分かりにくいといっても、特に難解ということではありません。授業やゼミなどで取り上げるテーマについては理解できるけれども、なぜそれが社会学なのか、今ひとつ分からない。法律学や政治学、経済学といった社会科学の他の分野であれば、それぞれ特有の「現場」があり、「実務家」が活躍しているので、その対象が比較的分かりやすいのですが、社会学の場合は社会のあるところはそこら中が現場ですし、あらゆる人が関係者ということになって、どうにも「とらえどころがない」。そのような分かりにくさです。

社会学者の間に共通の合意があるわけではありませんが、私自身は次のように理解しています。誰かが考えたわけでもないのに、自然に出来上がってくる社会の秩序や規則性というものがあります。例えば、官僚制では形式主義がはびこりやすいとか、人と人との結びつきが弱いと自殺する人が増えるとか、外集団に敵対すると内集団の結束が強まるといったことです。法体系や政治制度、経済システムなどは人間が制度設計を考え抜いて作り上げたものですが、その制度が運用される際には自然に出来上がった社会の秩序に支えられている部分も大きいのではないでしょうか。社会学はそのような社会の秩序が成り立つ共通のメカニズムを研究していますので、それが応用される具体的分野ごとに、法社会学、政治社会学、経済社会学、家族社会学、都市社会学、知識社会学……などの○○社会学が成立していて、これも「とらえどころがない」と思われる理由となっているようです。

このように社会学の研究対象は幅広いため、3年次生は基本的テキストを学習した後、各人の問題関心に応じてテーマを決め、文献報告やレポートの作成を行います。選ばれやすいテーマとしては、逸脱行動、家族、新宗教、環境問題などがあります。4年次生は、3年次生での学習を基礎に、さらに各自のテーマについて検討を深め、文献の報告や特定分野における問題状況を的確にまとめるレポートの作成を行います。3年次生、4年次生ともに、個人研究と平行して、複数の学生で1つのテーマを追求するグループ研究も実施します。

大学院の教育内容

大学院における研究指導でも、学部と同様にさまざまな研究テーマが選ばれています。基本的には先行研究の検討を通して、問題設定や論点整理のしかた、データ収集や調査の方法を習得し、論文執筆に向けて準備を進めて行きます。

「社会変動分析論」の授業(講義・演習)では、少子化、高齢化、個人化など日本社会の変動傾向を分析するために、社会学を中心とした理論研究と実証研究を検討し、量的社会調査や質的社会調査の論理と技法を習得することを目指します。

現代の日本は人口置き換え水準をはるかに下回る超低出生率やどの社会も経験したことのないほどの高齢化、「無縁社会」とも呼ばれる社会的孤立など、社会が高度産業化を推し進めた結果生じたと思われる諸問題に直面しています。これらの問題を分析して理解するためには「再帰的近代化」や「個人化」といった社会理論と関連づける必要がありますし、現状がどうなっているのかを知るために各種データを分析したり調査を実施することも重要です。社会調査の技法の習得は、各自が取り組む研究テーマを掘り下げて行く場合にも必要になってくるでしょう。

量的調査については、一部は学部の授業と重なりますが、標準偏差や相関係数、統計的検定といった統計の基礎、系統抽出法や多段抽出法、層化抽出法などサンプリングの方法から、クロス集計表の扱い方や重回帰分析など、社会学のデータ分析で通常用いられている技法を学習します。質的調査については、地元の地域イベントを題材にして印刷物などのドキュメントを分析したり関係者への聞き取り調査をしたりする実習、社会的関心が高まっている事柄について報道内容の質と量を内容分析によって明らかにする実習など、特定のテーマを取り扱った演習を実施しています。

最近の研究について

エミール・デュルケームの古典的社会学理論(アノミー論、自殺理論、宗教理論)を研究してきましたが、最近はその応用として現代日本の自殺傾向について研究を進めています。デュルケームは近代的社会学を確立した社会学者のひとりで、集合意識による犯罪の定義や社会的機能の概念、社会的事実、聖-俗理論や集合的沸騰など、そのアイデアは現代の社会学が発展してきた源流となっています。

19世紀の欧州各国の自殺統計から自殺の4類型を導き出した『自殺論』の議論もそのような重要なアイデアのひとつで、自殺率には各社会に特有の長期的傾向があって、自殺した個人の主観的動機だけですべて説明することはできないとデュルケームは主張しました。社会による自殺率の違いの原因とされたもので、分類の基準となった社会的統合(自己本位的自殺-集団本位的自殺)と社会的規制(アノミー的自殺-宿命的自殺)の相互関係がどのようなものであるのかということを長期的な研究テーマとしてきました。従来は同じ方向に作用すると理解されてきたこれらの社会的作用が、実は正反対の方向性をもつものだというのが私自身の仮説なのですが、この考え方を裏付けるデータを現代日本の自殺の状況から見いだせるのではないかと考えています。

経済的危機が日本社会を襲った1998年以降、2011年まで日本における自殺者数は14年連続で3万人(交通事故で死亡する人の5~6倍)を超えていました。この時期の自殺傾向の特徴としては、男性の自殺が急増したこと、男性の50歳代後半に自殺率のピークがあること、失業者のみならず就業者の自殺率も上昇したこと、大都市よりも地方で自殺率がよりいっそう高くなったことなど、特異な点が多く見られます。これらの諸傾向を、日本的経営の裏面としての過重労働や失業率、社会関係資本などの諸指標と関連づけてそのメカニズムの究明を目指しています。


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