逆境を愉快に生きる:ハートに届くものづくり
取材日:2018年4月24日
自動車部品メーカーとして有名なデンソー。日本国内だけでなく世界中の自動車メーカーに自動車部品を提供するグローバルな会社としても有名です。今回の取材では価値創造プロジェクトを担当されている伊藤先生に社会人としてのキャリア形成、学生時代に積極的に取り組んだもの、仕事を通して大切にしているものについて伺いました。
株式会社デンソー 伊藤 義人 氏
略歴
【学歴】
1981年3月 東京理科大学 工学部機械工学科 卒業
【職歴】
1981年4月 日本電装株式会社(現:株式会社デンソー)入社
1981年8月 デザイン課配属
プロダクトデザイン開発
自動車先行デザイン提案
ブランドデザイン開発
デザインCAD開発
トヨタ自動車デザイン部出向
自動車のメータ・ナビはじめ内装品
携帯電話・通信機器
ロボット・バーコードリーダはじめFA製品
空調・ホームセキュリティはじめ家庭用設備機器
等、様々なジャンルの商品企画とデザイン開発を実施
2001年1月 デザイン室 室長
2012年1月 デザイン部 部長
2014年7月 認定スペシャリスト・技師
2018年4月 価値創造プロジェクトへ異動
(現在に至る)
現在携わっている仕事について
「価値創造プロジェクト」について教えてください
次世代リーダーを育成するという目的で行っています。人材育成などの部門は他にもありますが、そこでやれていないことをやろうと思っています。それはどういうことかと言いますと、そもそもデンソーのような自動車産業では生産する製品の量が多い。そのため、大量生産を行っている業種では効率性がものすごく重要なんですね。でも効率化が進むと同時に分業化も進むので、プロジェクト全体の中である部分だけを担当するということになります。そのことが、全体を俯瞰してみることのできる次世代のリーダーが育ちにくい環境を作り上げていることにもなります。
そのため、すべての工程を一回は経験してもらいたいのです。しかし、すべての経験を積むためには多くの時間が必要となります。ですから、極論ですが、デンソーの仕事でなくてもいいから、小ぶりのプロジェクトで一通りのことを経験させたい、その中でシビアな経験をさせたいと考えています。他社も巻き込んでお金を実際に動かして、事業を経験させる、要するにスタートアップのような経験をさせたいと思っています。そうやって人材を育成して、会社の中に今の人材育成とは違う仕組みをつくっていこうと思っています。根本的な部分から変えていくという意味ではアンチデンソー。デンソー主流でないやり方も必要であると考えています。デザインの仕事自体は後輩、次の部長に全面的に任せ、デザインでの経験をフルに活かして全社人材の育成に力を注いています。
「価値創造」とはどのようなものなのでしょうか
価値創造プロジェクトの本来の目的は、価値創造ができる人材を育てることです。
デンソーも営利団体なので、基本的には商売です。今までのデンソーはエンジニアリングに優れた製品をだすことでデンソーの利益を生んでいました。これからもこれが本流です。ところが世の中には、技術的には別に新しくもなく、優れてもいないけれど、ビジネスモデルを変えることで、事業性を出すという仕事の方が実は多いのです。
例えば、ゲームなんかも昔はCDロムなどのパッケージになっていて、それがどれだけ売れるかでビジネスをしていました。現在では逆に無料のお試しを提供して、ゲームをより楽しむためのアイテムを買うことで、ユーザーはチャリンチャリンとお金を払うわけです。同じゲームを楽しむっていうことでも、お金の儲け方が違うし、それによって使われるハードウェアとかシステムの仕組みも違ってきます。
企業のミッションは世の中に貢献するということです。それを継続的にやるためには利益を出していかないといけないし、やっぱりそこでイニシアチブをとれる強さも持っていないと、結局、「世の中を変えるぞ!」っていう大層なことを言ってもなにもできない。利益によって社会的存在感が大きくなるし、そうしてはじめて世の中にちゃんと貢献できることが多いと思っています。
講演する伊藤氏
デザインに関して、新しいものを作るためにどのようなことを大切にされていますか
新しいものを作るためには、一回現状を否定してみることです。新しいアイディアが生まれない一つの要因として、現状で納得してしまっているということがあります。例えばこれはこういうものであると認識しているため、実は問題があっても「これが普通なのだ」と思っていることもあります。だからこそ、一度立ち止まって「本当にこれでいいの?」「この製品とかこのサービスっていいの?」ということを考え直すことがデザインには必要です。
デザインをやる人は、基本的に好奇心旺盛なので雑学は豊富なんです。ただ、雑学では実務に使えないので、雑学でアンテナ張っておき、「これは仕事に活かせるぞ!」というときには、そこを深く掘っていきます。さらに良いことは、デザイナー同士で、そのような議論が結構盛り上がるんですよ。デザインという業種のせいなのか、抽象的なところと具体的なところの両方で議論ができます。エンジニアの方々と話すときには抽象的な話がなかなかできなかったりします。
その道の専門家だからこそ現状に納得してしまっていることもあります。むしろ素人目線というか、新鮮な視線が必要なこともあります。そのため、素人や玄人の間を行き来したり、抽象化や具体化を繰り返すことは、ある意味でデザイナーの得意技なんです。
デザイナーとして違う視点からものをみる上で、どのようなことに意識して取り組まれているのでしょうか
変なたとえ話で悪いんですけれど、目覚まし時計ってなんのためにあると思いますか?
目覚まし時計って基本的にその名がついちゃっているから余計そう思うんだけど、寝ている人が目を覚ますための時計ですよね。けど、目覚まし時計を買う人は何のために買うかを考えた時に、確かに目を覚ましてほしいというのはありますが、その向こうに何があるかを考える必要があります。目覚まし時計を買う人には「時間までぐっすり眠りたい」「ぐっすり眠るためにしっかり起こしてほしい」というニーズがあります。同じ目覚まし時計一つとっても、見方や表現などが微妙に違います。
デザイナー的発想というのはそのようなところに眠っていて、時間に起きるためにはどうしたら良いのかという発想です。エンジニアの人はどちらかというと、どのように目を覚ますのか、どのような音で目を覚ますんだろうという風に決め込んでいるから、そこにしか目がいかない傾向があります。
キャリア形成について
デンソーに入社された理由として「ハートに届くものづくり」とおっしゃっていたのですが、このことについて詳しく教えてください
すごく平たく言うと、実はおもちゃデザイナーになりたかったんです。それもパソコンとかのゲームじゃなくて、物理的に身体で遊ぶおもちゃです。何かをデザインすることが好きだったということもあるのですが、自分のデザインを受け取った人が喜んでいる姿を創造したいし、自分が企んだことで人が幸福になってほしいな、と。そういったもの作りがしたかったのですが、デンソーではほとんどの商品は車のボンネットの中に隠れてしまいます。正直言うと、自分が本当にデンソーに向いているんだろうか、と疑問視したこともありました。しかし、そういったことをやっている会社だからこそ、逆にハートが伝わるような仕事がしたいと思いました。そこに関してもアンチデンソーですね(笑)。デンソーの主流とは違うところ、けれどもデンソーも持っているもの。それが「ハートに届くものづくり」じゃないかと思っています。
そのために大切にしていることは、無邪気であるということです。私自身、ものづくりに対して常にアグレッシブであるというわけではなく、ただ企むことが好きなんです。企んで、良いアイディアが出ると試したくなってしまいます。アグレッシブになれないときは、良いアイディアが出ないときなんです。だからこそ、企みたくなってしまいます。
アイディアを生み出すうえで、大切にされていることはありますか
やはり常に考え続けていることが大切です。しかし考えることに集中している時にはあまり画期的なアイデアは出てこないものです。考えながら別のことをやっているときに急に浮かんだりしますね。
僕のポリシーの中に、「志、仁義、はったり、落とし前」というのがあります。リーダーは自分のやっていることが成功するかも分からないですが、自分についてきているメンバーに「これでいけるぞ」と思いこませなければなりません。少なくとも自分自身が思いこまないといけません。その時に大切なのは、やはり「志」があるかです。変わったことをやりながらもちゃんと「志」があるかが大切になります。また、僕が変なことをやるから人に迷惑がかかるけれど、迷惑がかからないような「仁義」の切り方ができるかどうかも大切です。後はメンバーに対して、「はったり」を利かせながらやると上手くいきます。そして、失敗したときに大切なのは「落とし前」で、失敗したらちゃんと謝る。これができていると何とかなるというのが、自分の経験則としてあります。この話をすると、「伊藤さんはやくざですか」ってよく言われるんですが(笑)。
グループのリーダーとしてどのような在り方を心がけていますか
グループ内で意見が分かれた時には、自分に共感してくれる2割の人でとにかく前に進めて、成功例を出すことです。全員は無理です。人によっても考え方が違うし、最後までついてこない人を引っ張るのは不可能だと思った方が良いです。そのエネルギーがあるのであれば、他のことに使った方が有効だと思います。ちゃんと2割が動けばよいというぐらいの割り切りが必要です。常に意識していることは、若い人と役職がある人の両方の意見をちゃんと尊重すること。どんな人に対しても同じです。先ほども言いましたが、デザインの評価は子どものほうが正確です。そういったことは体感して分かっているものだから、経験の少ない人の方が純粋な評価を下すことが往々にあります。過去の成功例が正確な判断にバイアスをかけてしまうのです。過去の成功例を捨てることが大切ですが、自ら捨てるというのは難しいのです。そういったときに、若い人の意見が逆に、自分の振り返りのきっかけとなります。
学生時代での経験について
学生時代に、多くの失敗や無茶をされたことが今の財産になっているとお聞きしましたが、先生ご自身はそのような経験があるのでしょうか
浪人時代から少林寺拳法をやっていました。その時にはかなりやんちゃなこともやっていましたが、今となってはそれが生きています。というのも、真面目だけでは人はついてきません。温和で真面目なリーダーも全くのゼロとは言いません。ただ、どちらかというと荒武者みたいな人間の方がリーダーになる可能性は高いですね。悪いことの悪さを知っている部分もあります。それが社会的に悪いことはいけませんが、若気の至りっていうお茶目ややり過ぎだったらどんどんしておくべきかなって思います。
適性値ってありますよね。自分でそれを判断するときに、やりすぎとやり足りないの両方経験しておかないと適性値って見えてこないと思います。両方経験したからこそ、「そこまで行くとさすがにダメでしょ」っていうことと、「その程度だったら全然大丈夫」ということが過去の経験から見えてきます。何においてもそうで、デザインにおいてもやりたいとやり足りないの両方試してこそベストなものが見えてきます。
取材者感想
本取材を通して、伊藤先生が持つ仕事への熱量と純粋さを感じました。企業のために敢えて逆のことをやる。常に何か新しいものを生み出し続ける行動力の源となっているのは、これまでに経験してきた多くの成功や失敗であり、信念をもって生きてきた姿であるのだと思いました。
取材担当:国際協力研究科博士課程前期1年 永田 貴一