第18回 特許庁審査第四部伝送システム(移動体通信システム)審査官 行武 哲太郎 氏

スペシャリスト&ジェネラリスト 審査官の魅力とは?

取材日:2019年1月15日

「特許」ということばはよく知られていますが、特許制度の実態について知る人は少ないのが現実です。経済産業省に属する経済官庁の職員として、日本の持続的な経済発展を知的財産の側面から支援したい、そして、知的財産制度を利用される世界ユーザーの皆様へ貢献したいという熱い想いを胸に秘めているのが特許庁の審査官です。その職責を全うするためには、法律や担当技術分野について高い専門性を有するスペシャリストとしての側面と、行政官として広範囲にわたる知識を持つジェネラリストとしての側面の両方を兼ね備える必要があります。
この審査官をされている行武氏から、ご自身の特許審査や知的施策の立案における経験を踏まえ、審査官とは何者であるのか、どういった資質・能力が求められているのか、についてお話を伺いました。

 特許庁審査第四部伝送システム
 (移動体通信システム)
 審査官 行武 哲太郎 氏

略歴

【学歴】

2001年 3月 千葉大学 工学部電気電子工学科 卒業
2003年 3月 東京大学 工学系研究科電子工学専攻(修士課程) 修了
2008年 3月 東京大学 工学系研究科電子工学専攻(博士課程) 単位取得退学
2016年11月 ミュンヘン知的財産法センター(Munich Intellectual Property Law Center (MIPLC)) 修了

【職歴】

2008年 4月 特許庁 特許審査第四部伝送システム(伝送回路) 審査官補
2010年 4月 特許庁 特許審査第四部伝送システム(移動体通信システム) 審査官
2011年 4月 特許庁 特許審査第三部半導体機器 審査官
2012年 4月 特許庁 特許審査第四部電子デバイス 審査官
2013年10月 特許庁 総務部国際政策課 多国間政策第一班 米州係長
2014年10月 特許庁 審査第四部電子デバイス 審査官
                  (うち、2カ月間は、国際審査官協議(欧州特許庁へ派遣))
2015年 7月 ミュンヘン知的財産法センター(MIPLC)に留学
2017年 7月 特許庁    審査第一部調整課 課長補佐(企画調査班企画第一係長)
2018年 7月 特許庁    審査第四部伝送システム(移動体通信システム) 審査官

                                  (現在に至る)

【学位】

2001年 3月 千葉大学 学士(工学)
2003年 3月 東京大学 修士(工学)
2016年11月 ミュンヘン知的財産法センター(MIPLC)   LL.M. IP

キャリア選択とそのきっかけ

特許庁というキャリアを選択した動機について教えてください

大学で研究をやっていて、何となくだけれども「自分は研究に本当に向いているのか?」という正直な気持ちはあったんです。博士課程で過ごす中で、就職についても考えないといけないと思っていたときに、もし官公庁に行くんだったらどこだろう、と考えたときに、自分の経験が一番活かせそうなのは特許庁だろうなと思いました。特許庁は技術に関する知識も必要ですし。一方で、お遊び程度ですが、判決とか読んでみたりしておもしろいなと思ったりと、法律の話とか興味はあったというのが直接的なきっかけですかね。それで特許庁の門を叩いたという感じです。ただ最終的には、その特許庁も官庁訪問というプロセスの中で十何回の面接を経て採用されるのですが、採用されれば自分がその面接官の部下になるので、この人のもとで働いていいのかな、という観点でみたときに、いい人かなと思ったので、結果的に最後はそれで決めました。

実際特許庁に入られて、どのようなところにやりがいや充実感を感じていますか

まず、特許制度の説明をすると、特許制度とは、技術開発によって生まれた発明を財産として守ってくれる「特許権」という知的財産権により、発明者に発明の独占的排他権を認める一方で、その発明を広く公開することで新たな技術開発を促進する制度です。つまり、発明の保護だけではなく、発明の利用も図り、その両面から発明を奨励し、日本の産業を発展させるためのものなんです。こういった特許にかかわる審査をするのが審査官なんですが、日頃、審査官は審査を1人1人独立して行います。自分の案件は自分でどうするか考え、自分の判断で特許査定するんです。ですので、最初に思ったのは、重みのある仕事だなということですし、そういうところにやりがいを感じるというのはあります。あとは、施策にかかわるようになったときに、施策をやっている部署では自分は一番下っ端ですけど、自分が考えた一案が形は変わっていくものの、施策にかかわっていくというのはやりがいを感じます。

取材時の様子

キャリアの転機について

施策の部署に異動というのは自分で希望をして動かれたんですか

希望調査というのはありますが、公募制度があるわけではないです。なので、異動の話が来るときは突然ですね。庁内であれば1週間前に「きみ来週からこの部署で」と言われることもあります。留学の打診はさすがに半年くらい前にありますが。ですので、自ら手を挙げてそこから誰を選ぼうかな、という形ではありません。だいたい突然です。

留学に行かれる時や施策の部署に異動されるときに、自分自身の適正やキャリアの価値観について改めて考えたり、明確になった、ということはありましたか

特許庁には、特許審査の部署と産業財産権や国際協調などの知財行政にかかわる施策の部署があります。審査の部署は研修が充実しているので、学ぶ機会が与えられているんです。ですが、施策の部署は異動して「いきなりはいどうぞ」なんです。それまでの流れなどは前にいた人に聞いたりしますが、結局は自分で勉強するしかないんですよね。自分で自らを磨く必要というのが常にあります。施策の部署には、そういう審査の部署にはない難しさはあります。ですが、一方で、施策のポストに行かなければ、審査だけやっているのでは、何のために審査をやっているのかな、という施策との関連性はなかなかみえてこない。併任と言うんですが、他のポストに行ったりすることで、いろいろ庁のことがみえてきた、自分がやっている審査がどういう位置づけなのかなというのがみえてきた、とつながるところがわかっていきました。

今後のご自身のキャリアについてはどのように考えていますか

審査官も施策も両方とも経験していきたいと思いますね。今は審査の部署ですが、半年後は全然違う場所にいるかもしれません。そういう、戻る場所があるというか、スペシャリストとしての自分の原点のようなものがあったうえで、何か別のことをやっているのがいいのかなと思います。

大学生時代を振り返って

今、振り返ってみて、大学での生活で仕事に役立っているなと思うところについて教えてください

意外とそれって難しいんですけど、正直なところ社会人になって「研究以外は知りません」だと、通用しないんですよ。ポスドクの道をずっと歩んでいくんだったらその分野だけでやっていけばいいのかもしれませんけど。おそらく特許庁って霞が関の中で、一番技術に関する専門性が高いところなんですが、それであっても、「この分野しか審査できません」だと使いものにならない。それが、もし他の省庁だともっと「それは知りません」という対応はとれないと思うんです。なので、自分の研究でも何でもいいので、それを人に説明する能力だとか、説得する能力だとか、逆に人が言っていることを理解して取り込む能力だとか、そういう能力を身につけることは必要です。それは、審査においても、施策立案においても、必要なスキルです。人の話をちゃんと聞く、というのはすごく重要だと思います。

最後に大学生や若手研究者にメッセージをお願いします

特許庁は、やっぱりスペシャリストという観点とジェネラリストという観点が必要です。世の中にはジェネラリストだけという人もたくさんいるんですけど、自分たちは特許については負けないんだ、というのは特許庁の審査官は誰しもあるんじゃないかと思います。それがあって、他の部署の仕事をする機会があったらチャレンジしている、そういうポリシーをもって仕事をしています。そういう意味で、スペシャリスト精神をもちつつ、他の仕事もしてみたい、というチャレンジ精神のある人は、特許庁はいいのではないかと思います。

あとは、当たり前と言えば当たり前なんですけど、国家公務員なんで、「少しでも日本がよくなってくれればいいな」と思っている人、それが大前提です。そういった中で、「自分は、ここはプロだ!」という信念をもって、でもそれ以外も拒否せずやってみたいという人には向いているのかなと思います。

講演時の様子

取材者感想

「特許」ということばは知っていましたが、特許制度についてはほとんど知らなかったため、特許制度が産業の発達のためにとても大切な制度なのだということを知ることができました。そして、その特許審査を行う審査官は、高い専門性をもつスペシャリストと広い範囲をカバーするジェネラリストの両側面が必要であるという話を聞き、これからの時代に必要なキャリアスタイルのひとつのモデルとして、とても参考になりました。専門性が深い中にも俯瞰的な視点が多いお話で、異分野の私でも共通する大切なエッセンスを学ぶことができました。さらに、とても話しやすい方で、インタビューは役立ちつつ楽しい時間でした。

取材担当:広島大学大学院教育学研究科 研究員 長江 綾子


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