データから育まれるビジネスの価値
取材日:2018年10月23日
「データサイエンスのチカラでビジネスに役立つ価値を。」テクノスデータサイエンス・エンジニアリング株式会社(TDSE)は、企業内にあるビッグデータを活用し、価値に変えるビジネスとしている「データサイエンスに特化した」会社です。今回は、TDSEの和田吉満さんから、データサイエンティストの仕事内容やコンサルティングをする上で大切にしていること、また、研究職以外で博士人材が社会に求められるニーズなど、お話を伺いました。
テクノスデータサイエンス・エンジニアリング
株式会社 和田 吉満 氏
略歴
【学歴】
2003年3月 埼玉大学 理学部 物理学科 卒業
2005年3月 埼玉大学大学院 理工学研究科 物理学専攻 博士前期課程 修了
2008年3月 埼玉大学大学院 理工学研究科 物質科学専攻 博士後期課程 修了
【職歴】
2008年4月 日本ヒューレットパッカード株式会社 入社
2011年8月 株式会社ブレインチャイルド 入社
2014年4月 テクノスデータサイエンス・マーケティング株式会社
(現 テクノスデータサイエンス・エンジニアリング株式会社) 入社
2015年1月 同社 第2エンジニアリンググループ 第2コンサルティングチーム チーム長
2016年4月 同社 第2データサイエンスグループ 第2チーム チーム長
(現在に至る)
データサイエンティストとして社会に貢献する
データサイエンティストとはどのような仕事ですか
データサイエンティストという言葉に明確な定義はありません。同じデータサイエンスを扱う会社でも、各社の行う業務はさまざまです。当社のサービスについて言及すると、最も割合が大きいものは「アナリティクスコンサルティング」です。アナリティクスコンサルティングとは、お客様企業の課題や困っていることに対し、当社がデータサイエンスを用いて解決のお手伝いをさせていただき、お客様と一緒に課題解決していくというサービスです。他にも、AIを始めたい企業へ向けてその方針をコンサルティングする「データ活用コンサルティング」、自社内でデータサイエンスチームを作りたい企業に向けた「組織組成コンサルティング」、さらにデータをためたり分析したりする環境を整えるのをお手伝いする「基盤構築サービス」などがあります。さまざまなサービスがありますが、その多くはコンサルティングです。学生のみなさんからよく誤解されるのは、新たな分析アルゴリズムを開発するような研究開発を行っている企業、というイメージです。そのような研究開発業務も全くないわけではないのですが、主要業務はお客様の課題を解決していくコンサルティングビジネスになります。
今回は「アナリティクスコンサルティング」に焦点を当て、お話したいと思います。お客様企業は様々なビジネス課題を抱えています。お客様の抱えている課題の中には、解決方針が明確なものから、お客様自身も課題を明確に整理できていない抽象度の高いものまで、様々なレベルのものが存在しています。それらをデータサイエンスで解決するためには、その課題を整理し、分析可能な数理的問題に置き換える必要があります。その作業を「翻訳する」と呼んでいます。この「翻訳する」作業はとても重要です。ここを間違えてしまうと、そもそも解決したい問題とは別の問題を解くことになり、分析しても分析結果を業務に活用することが難しくなってしまいます。業務課題を数理問題に“翻訳”した後、データを解析します。数理モデルを作成し、そのモデルがどの程度現実世界を説明できているのか、精度の検証を行います。精度を確認し、十分ビジネスに活用できるモデルであるということが確認できれば、そこから実務への展開が始まります。得られた数理モデルをビジネスに活用する方法はいろいろあります。例えばある値を予測した結果をビジネスに活用したい場合は、予測値を算出しそれを活用するためのシステム化を検討します。また、分析で得られた知見をマーケティングの施策立案に活用する場合もあります。このようなプロセスを通じて、最終的にはお客様企業のビジネス価値の向上につなげようとしています。これが我々の行う「アナリティクスコンサルティング」です。
具体例で説明してみましょう。マーケティング分析であれば消費者を対象に分析を行うことになります。どういう人がどういうものを買いやすいか、統計処理により傾向を見つけます。それにより、消費者のことを理解し、得られた知見を新たなマーケティング施策立案に活かすことができます。
また、他の例としては、送電線の異常検知を行った事例があります。ディープラーニングを用いた画像解析を行い、送電線についた傷の検知を行います。これまで人間が膨大な時間をかけて目視で確認していた作業を、AIを用いた自動検知システムに置き換えた、ということです。これにより、明らかに正常な状態のものは人間が確認する必要がなくなり、何か通常と異なっていそうだ、とAIが判定したものだけを人間が精査すればよくなります。人間の時間、つまりコストを大きく削減でき、人間はより高度な仕事に時間を振り向けることができるわけです。マーケティング分析にしても送電線の事例にしても、目的は利益向上もしくはコスト削減によるお客様のビジネス価値の向上ということになります。
今現在では、私はプロジェクトマネジメントを任され、若いデータサイエンティストをまとめる立場にいます。
仕事をする上で大切にしていることを教えてください
先に述べた通り、当社が行っているビジネスはコンサルティングです。つまりお客様の課題を解決することが求められます。そのとき、我々の行うデータ解析が本当にお客様のためになっているのか、お客様が抱える本質的な問題を解決したことになっているのかに注意しています。例えば、お客様が当社に依頼してくる課題の中には、先ほども述べた通り、お客様自身も課題を明確に整理できていない抽象度の高い課題が含まれている場合があります。その課題の整理の仕方を間違えてしまうと、本当に解決したかった問題とは別の問題を解くことになってしまいます。そうならないよう、我々が課題を整理した後にはお客様にもその内容を確認していただきますし、場合によってはお客様の上司や関連する他部門の方も巻き込んで、整理した課題とその解決方針をご確認いただき、議論させていただく場合があります。そのようなプロセスを経ることで、お互いの認識齟齬をなくし、本当に解決すべき真の問題は何かということを関係者全員で共有します。
お客様の課題解決のためには必要なことは何でもやる、また、何としても仕事をやりぬくというバイタリティも大事になってきます。一例を挙げると、メーカーの製造担当の方やマーケティング担当の方など、分析業務を進めていくためにはさまざまな立場の人と話をする必要がありますが、お客様と円滑に話を進めていくためには分析に関する知識のみならず、お客様のビジネスに関する知識を持っていることも求められます。例えば、お客様の販売している商品そのものに関する知識や、主要な販売チャネルや仕入れ先はどんなものがあるのか、競合他社はどこか、その業界の特有の事情はどんなものがあるのか、などです。これらはドメイン知識と言われますが、コンサルティングを行っていくためにはそのような知識も求められますし、よい分析を行うためにもドメイン知識は必要です。当社を志望する学生さんの中には、与えられた問題に対してデータ分析だけすればよい、と考えている方もたまにいますが、そうではありません。お客様業務のドメイン知識の獲得も含め、課題解決のために必要なことは何でもやる、という姿勢でないと真の課題解決につながらない場面が必ず出てきます。
結果として我々の仕事がお客様担当者の成果にきちんとつながることも大事ですね。お客様をお手伝いすることで課題を解決できれば、お客様は社内で評価され出世して、当社の仕事にご満足いただけたお客様からまた当社に依頼がくるというよい循環が生まれます。課題解決の方針を間違えてしまったり、お客様がやりたいと思っていることが実は真の課題解決につながらなかったりというようなことが起きると、お客様担当者も我々も評価されず、お互いに不幸な関係になってしまいます。そうならないように気を付けています。
データサイエンスという分野は今後どのように発展し、社会に貢献していくと考えられますか
まずはデータサイエンスという分野の仕事をするだけでも十分に社会的な貢献になっていると思います。なぜならば、データサイエンティストの社会的な需要はますます高まっていますが、それに対して供給は依然として追い付いていないというのが実情だからです。今後についてはデータサイエンスに新たに取り組んでいこうと考える企業はさらに増えていくでしょうし、データサイエンスの適用範囲もますます広がっていくでしょう。なぜデータサイエンティストの社会的需要は増える一方なのか、その理由は大きく2つあると思います。
ひとつは、テクノロジーの発達によりセンサ技術が進化し、IoTが当たり前に使われるようになってきたという社会的背景が挙げられます。特に各種センサの小型化・低価格化・量産化はこの流れに拍車をかけています。これまでデータを取得していなかった分野においても、安価で小型なセンサを取り付け、データを取得するという流れが一般的になりつつあります。例えば製造業の例で考えてみると、これまで特にデータを取得していなかった工場の製造プロセスにおいて新たなセンサを取り付け、データを取得することで、今まで行えなかったデータ分析ができ、工場の生産性向上につなげられるという状況が生まれています。
二つめの理由は、解析技術の発展です。さきほどの送電線の事例でも用いたディープラーニングに代表される新たな解析技術によって、データ分析自体を適用することのできる場面は増えてきています。特にこちらの方面で有名なのは、プロ棋士に勝利したAI・AlphaGoを開発したDeepMind社などが挙げられます。民間・アカデミック問わず、さまざまな研究者が解析技術の向上に取り組み、まさに日進月歩という速さで解析技術は進化しています。
これらの理由により、これまでは高度に職人的であったり感覚的であったりしてそもそもデータ化することが難しいと思われていたような分野においても、センサを取り付けたりデータの取得方法を工夫したり新たな解析技術を適用することで、データサイエンスの適用可能な領域になってきています。我々もそのような新たな分野でデータサイエンス活用に取り組んでいく場面が今後は増えていくでしょう。
もうひとつ、我々が目指している、データサイエンスを通じた社会貢献の一つの形としては、インフラとして当たり前のようにAIが使われている世界の構築です。それを使っていることも意識せずに、その裏にはAIがあり、私たちを助けてくれます。夢みたいな世界ですが、今現在でも部分的には実現されています。例えば、駅に着いたらスマホのアラームが勝手に鳴り、次の電車が何時何分に来るのか教えてくれます。お客様のビジネス課題を解決していく中で、あるいは我々自身のビジネスとして、そのようなAIを少しずつ世の中に展開していきたいと考えています。そうした新しいものを生み出すためには、AIで出来ることとその適用限界を理解するとともに、イメージする力が大事です。AIがあったらどんなことが可能になるか、逆に社会が抱える課題を解決するためにAIをどのように用いるのか、発想を大事にしています。
取材時の様子
キャリア選択のためのアドバイス
博士・ポスドクの方はどのようなことを意識して就職活動をすべきでしょうか。アドバイスをお願いします
博士課程を卒業した皆様には、視野を大きく持ち広く社会を見てみることをおすすめします。アカデミックの道も、たくさんある中の一つの選択肢として考えることが重要です。博士人材のみなさんは、自身の専門を生かさなければと考え、自身の進路を狭く考えてしまう方が多いですが、アカデミックや自分の専門分野にこだわらず、アカデミックの外の社会にも興味を持ってみるとよいでしょう。できれば実際に企業の人と会って話を聞いてみましょう。すでに社会に出ている人と話してみると、実は研究生活を通して磨かれた理系の基本スキルや、そもそも博士課程に進学される皆さんが持っているであろう知的探求心、疑問に思ったことへの科学的アプローチ方法や論理的思考力などは、広く社会に出ても役立つものであると気が付くはずです。また、それこそが、社会が博士人材に求めるニーズであると気が付くでしょう。そのような社会的ニーズとの親和性という意味では、アカデミックポストや企業内の研究開発職だけでなく、データサイエンスの分野も博士人材と親和性の高い分野と言えます。あれこれ心配するよりも動いてしまえばうまくいくという面もあると思います。極端に妥協しなくても博士にとって働きやすい会社が見つかるはずです。博士課程に進むような尖った人材なのですから、変に世間の物差しは気にせず、自分自身の価値観を大事にしてください。
現在博士課程に在学中のみなさんや、もしくはこれから博士課程に進もうと考えているみなさんは、研究生活を長い人生をより楽しく豊かにするための一つの手段ととらえ、数年間研究のみに没頭する経験を楽しんでほしいです。どのような進路を選択するにせよ、今後の人生でそれだけ長く研究に没頭できる、苦しくも幸せな時間はなかなかないですし、その研究経験はきっと今後のみなさんの人生で活きてくると思います。
最後に、学生に向けてメッセージをお願いします
今は自分の軸をしっかり持つことが大切です。自分のやりたいことってなんだろうと考え直し、目標を明確に持ってください。今皆様が取り組んでいる研究でも、そうでなくてもいいです。目標が決まればあとはそこへ向かっていくだけです。それを実現するためにはどうすべきか考えてください。正しいことよりも、自分がやるべきプロセスを大切にして、進んでください。また、そこへ向かっていくバイタリティを持ってください。その力はどんな仕事にも活かされていきます。どの会社に進んでも、どんな道を進んだとしても、幸せな人生を歩めると思います。
講演時の様子
取材者感想
データサイエンスはとても夢がある分野だと思いました。これからの社会では、問題にぶつかったときにそれを解決すべくデータの力を頼り、さらにデータからその先の問題を予測してくことがきっと可能になります。また、当たり前のようにAIが活かされ、よりよい社会へと変貌していくことが期待されます。
僕自身、計算化学を専攻しているので、データを用いることがどのように社会にとって大事なのか知ることができてよかったです。その一方、データサイエンスの中でもさまざまな仕事が存在します。進学したい高校や大学を選んできたことよりも、仕事を選ぶときには選択肢の幅が増えていることが考えられます。その中で自分のやりたいことを明確に見つけなければ、自分が何をすればいいかわからなくなり、本当に進みたい道へ進めないかもしれません。もっと自分と向き合うことで、やりたいことを見つけていけたらと思います。
取材担当:理学研究科博士課程前期1年 福原 大輝