第6回 サッポロホールディングス株式会社 土屋 陽一 氏

0→1ではなく、0→0.01で新しい価値を生み出す

取材日:2017年7月5日

 日本を代表する酒類、食料・飲料メーカーを傘下に収めるサッポロホールディングス社は酒類だけではなく、「国際」、「食料・飲料」、「外食」「不動産」部門への事業領域拡大を行い、未来につながる新たな価値を世の中に提供しています。今回は、そんな同社に研究職として入社された後、研究活動だけではなく、品質保証や経営戦略など様々なお仕事を経験されてこられた土屋 陽一氏から、仕事をする上で大事にしていること、研究者として大切な考え、学生生活の過ごし方についてお話を伺いしました。

サッポロホールディングス株式会社グループR&D本部
 価値創造フロンティア研究所長 土屋 陽一 氏

略歴

【学歴】

1987年3月 京都大学 農学部 食品工学科 卒業
1989年3月 京都大学院 農学研究科 食品工学専攻 修了

【職歴】

1989年4月 サッポロビール(株) 入社
1989年6月    〃      醸造技術研究所 研究員
2004年10月    〃      価値創造フロンティア研究所 上級研究員
2006年10月    〃            〃       研究主幹
2009年9月
 
   〃      品質保証部 グループリーダー
兼 サッポロホールディングス(株) 品質保証部
2013年3月 サッポロビール(株) 経営戦略部 グループリーダー
2014年3月
 
サッポロホールディングス(株) グループ研究戦略推進部長
兼 サッポロビール(株) 経営戦略部
2015年3月
 
サッポロホールディングス(株) グループ研究戦略推進部長
兼 サッポロホールディングス(株) グループ品質保証部長
2016年3月 サッポロホールディングス(株) グループR&D本部 価値創造フロンティア研究所長

(現在に至る)

価値創造フロンティア研究所の役割と所長としての働き方 ~会社の事業戦略立案に携われる仕事~

 価値創造フロンティア研究所は2016年3月に設立され、研究所として動き出してちょうど一年半ほど経ちました。研究所の役割としてはホールディングス社全体の事業領域拡大に繋がる基盤研究や技術開発、中長期の基盤研究のネタ探しや原材料・商品の品質保証を主な仕事にしています。
 現在就いている研究所所長の具体的な仕事内容は、現在進行中である様々な研究の進捗管理や、本部の事業戦略・研究企画部門と連携をとりながら新規の研究テーマ立案から落とし込みまでを行っています。研究所内の関係者だけではなく、本部の企画部門や製造部門など様々な人と連携しながら日々の業務を行っています。

価値創造フロンティア研究所所長としての仕事のやりがいと難しさ ~会社の方向性と研究員のやりたいこと~

 研究所のミッションとして、時代のニーズを先読みして、他社がやっていない研究を行わなくてはなりません。実際に研究を行うのは研究員ですので,研究所の所長の立場からできるのは、少しでも研究員が働きやすく、自身の研究に集中でき、新たな発見が生まれやすくする環境の整備です。研究所所長の仕事の難しいところは、研究を行う研究員のモチベーションと会社の方向性をうまくマッチさせることです。企業に所属する研究員の使命は、最終的には会社の発展に貢献することです。それゆえに研究員は、自分のしたい研究のことだけを突き詰めるのではなく、会社のビジョンや方向性、社会のトレンドなど見ながら研究を行っていく必要があります。
 研究所の所長の立場上、仕事では大変なこともありますが、自分の関わった仕事が実際に事業会社の商品に使われ、会社の利益につながるなど、目に見える形で結果を出した時にやりがいを感じます。

仕事をするうえで大切にしていること ~自分のしたいことを明確に意思表示して周りに伝える~

 人間の一生のうち約半分くらいは仕事をしている時間です。ですから、仕事が面白くないと人生も楽しむことができません。仕事を生活の一部ととらえて、楽しいとか面白いと感じられるように自分で仕事や職場の環境を変えていくことが必要です。そのためには、「自分はこんな仕事がしたい」としっかり意思表示を続けることが重要だと考えます。
 私が入社した時は、ビールの製品に直接関係する酵母の研究ではなく、ビールの質に悪影響を与える微生物の研究を行っていました。研究室の仕事は楽しかったですが、研究室の枠に留まらない仕事をしたいと考え、上司に対して「自分はこんな仕事がしたい」と自分の意思を伝えていました。その結果、工場への品質管理システム導入、分析系の品質管理など少しずつですが、いろんな分野の仕事が増えていきました。その結果、本社で全社的な品質保証の管理や経営戦略統括の仕事も経験することができました。研究者としてスタートしたキャリアですが、今思い返すと様々な仕事をしてきました。
 「自分はこんなことがしたい」と自分の意思を周りに伝えることで、会社から仕事を任されます。その時に有言実行して仕事の成果をしっかりと出せば、次の新しい仕事を任されるようになります。仕事が楽しくないと愚痴を漏らすのではなく、「自分はどうありたいのか」、「自分が何をしたいのか」を声に出し、ほかの人に意思表示をして仕事の結果を出すことが大切です。それを続けていれば、必ず仕事は楽しくなっていくと思います。

研究者に必要なものとは ~研究を進める好奇心と、研究の重要性を考える外への好奇心~

 研究者に最も必要なものは強い好奇心です。0から1を生み出すことに大きな喜びを感じ、いろんなものに興味・関心を持ち「とにかくやってみる姿勢」が必要です。しかし、それだけでは十分ではありません。世の中に対する強い関心が必要だと思います。社会的に企業の継続的な成長を実現するために、利益最大化のみに焦点を当てる経営から、世の中に存在する社会課題解決を経営第一優先とする方針へと変化をしています。この社会課題解決型経営に求められる人材としては、自分のことだけを考えるのではなく、社会に対して強い関心を持ち、常に「世の中にはどんな課題があり、どのように解決することができるのか」と考えられる人が求められます。例えば微生物研究であれば、研究のことだけではなく、研究分野から見た社会的課題(微生物の分野であれば食中毒、衛生管理で安心安全な食生活に貢献)など仕事を通じてどう貢献できるのかを考える姿勢を持つことです。研究者として、研究をさらに追及する内側への好奇心と 、社会に対して関心を持つ外側への好奇心が必要です。

0→1ではなく、0→0.01で新しい価値を生み出す ~先人の知識や経験を生かす守破離の考え~

 いきなり0ベースで、世に存在しないモノを考え出すのは難しいです。一部の天才を除いて、突拍子なくいきなり世の中に無いアイデアを作り出すことはできません。大切なのは、武道における「守破離」の考え方です。これは、型通りに行い基礎を守る(基礎)、少しずつ自分流に変えていく(応用)、最終的には基礎を踏まえて自分のオリジナリティを伸ばす(独自性)と成長過程を3段階で示した意味です。研究ではいきなり大きなこと(独自性を発揮)しようと考えずに、先人の知恵や経験を踏まえて自分のオリジナリティを小さくでも良いからコツコツ付け足していく作業が必要です。最終的にそれを続けた先に新しい価値創造を達成することができます。0から1と大きなステップではなく、0.01→0.02と小さなステップでも良いので、コツコツと努力し積み重ねていくことが必要です。そのような守破離の考え方が新しいものを作ろうと考えるときに重要になってきます。研究は一度失敗して終わりではありません。研究や実験がうまくいかなかったとしても、気持ちを切り替えながらトライ&エラーを繰り返し挑戦し続ければ必ず結果はついてくるものです。

広島大学の学生に一言 ~違う価値観を持った人と多く接する重要性~

 学生のうちにできるだけ多くの価値観が異なる人と接してほしいです。大学内で出会える人というのは、自分と近い年齢でバックグラウンドもほぼ同じなので、結果として考え方や価値観が似ている人が多く集まってしまいます。実際に社会人になり会社に入ると理系・文系とバックグラウンドが異なり、親と子供ぐらい年齢が離れている人と一緒に仕事を行わなくてはいけません。
 私は、学生時代引っ越しのアルバイトをして、仕事現場で年上のドライバーと一緒に仕事をしていました。今振り返ると、アルバイト時代に培ったバックグラウンドの異なる人と早く打ち解けられるコミュニケーション力は、社会人になってから様々な場面で発揮されたと思います。大学内の限定された空間だけで学生生活を過ごすのではなく、積極的に学会、留学やインターンシップに参加してください。そこで、自分とは違う価値観を持った人と考えを共有したり、協力して何かに取り組む経験をしてください。その経験は必ず社会人になってから役に立ってきます。社会人になってから後悔しないように、残りの学生生活を一日一日大切に過ごしてほしいです。

後悔しない学生生活を過ごすために ~「あの時何をやってた?」と聞かれて熱く語れるエピソードを作る重要性~

 「あの時何やってた?」と聞かれて、熱く語れるような経験をいろいろしておくべきです。何かに本気で取り組んだ経験は、年月が経過しても鮮明に覚えているものです。裏を返せば、それだけ充実した学生生活を過ごしたという証拠です。何も考えずダラダラと学生生活を過ごすのではなく、意思をもって勉強でもサークルでも部活でも何でもよいので挑戦してほしいです。社会人になってからは、社会の足かせやしがらみが増え、学生の時に比べて自由に何かを行うことが難しくなります。学生にしかできないことがたくさんあるので、学生の皆さんにはぜひ思いっきり楽しんで、何か語れるエピソードを作ってほしいです。とにかく、「あの時何やってた?」という質問に、自分の言葉で熱く語れるエピソードを作ること。そのためには何事も中途半端でなく本気で一生懸命に取り組んで、後悔のない学生生活を過ごしてほしいです。

 

取材担当:国際協力研究科博士課程前期2年 服部 拓磨


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