第3回 株式会社日本製鋼所 富山 秀樹氏

製造業における研究開発と“博士”

取材日:2016年12月8日

 「技術をもって社会で勝負したい。」企業の研究者になる、という選択肢を考える学生も少なくないのでは?今回は、研究者として社会の第一線で活躍されている㈱日本製鋼所の富山秀樹氏から、ご自身の研究の経歴や製造業における研究開発と博士人材についてお話を伺いました。

㈱日本製鋼所 広島研究所・主幹研究員 富山秀樹氏

【略歴】
2000年 3月 九州工業大学 博士後期課程 単位取得退学
2000年 4月 ㈱日本製鋼所 入社 研究開発本部 機械研究所へ着任し、解析技術を活用したプラスチック成型機の開発業務に従事
2001年 3月 博士(工学)取得 九州工業大学
2007年 10月 機械事業部 樹脂加工機械部 主事
2012年 1月 研究開発本部 広島研究所 主任研究員
2012年 4月 研究開発本部 広島研究所 主幹研究員

㈱日本製鋼所について

1907年(明治40年)創業。戦前までは戦艦の砲身や戦車の製造を手掛け、戦後は民間機械(産業機械)への事業を変換し、戦前から培ってきた鋼製造・機械加工・油圧制御技術を活かしてプラスチック成形機械の製造事業を拡大。現在はプラスチック成形加工メーカーとして国内シェアNo.1に成長している。富山氏が在籍する広島製作所では、押出成形機や射出成形機、フィルムシート成形機などの樹脂機械関連の製造が主となっている。また、㈱日本製鋼所では、学部卒や修士卒の人材に対して社会人博士取得や女性研究者の育成を推進したり育休等の制度も充実させたりと、個人のスキルアップや働きやすい職場の実現に取り組んでいる。

日本製鋼所との出会い、そして挑戦

技術を実務展開する

私が日本製鋼所に就職したきっかけは、大学の先生からの紹介です。新たに解析を専門とする人を探しに私の大学の指導教員のところに相談に来られていたのが、日本製鋼所でした。色々と話を伺ううちに、私の性格に合っている会社かもしれないなぁと思って入社を決めました。性格が合っているというのはお客様のところにも出られるし、自分でものの設計もできるなど自由に色々なことをさせてくれそうで、解析だけを期待しているのではなかったという点です。

私が入社した当時の業界は、あまり解析技術を取り入れていませんでした。当時は機械を使って実際に製品を動かして耐久試験を行っていましたが、とても時間がかかります。しかし、パソコン上で計算によって耐久試験を行うことで試験期間の大幅な短縮を行うことができます。開発スピードと正確性が求められるため、計算によって素早く試験を実施できることはとても重要です。

私が持っている技術を会社で実務展開して、現在では当社が結果的にプラスチック成型する機械でシミュレーションの信頼性が最も高い企業という評価を頂けるようになりました。これが一番の成果だと考えています。

一方で、お客様へ直接説明に伺ったり、自社製品の改良や開発などを行ったりすることもあります。ある時、お客様の依頼を受けて製造したものが、お客様の求める要求をきちんと反映できていなかったことがありました。そこで私が解析をしてみると、やはり指摘された点は悪かったのですが、それに加えてまだ改良の余地がある部分も発見しました。そこで、その部分も併せて直すことでより良い製品になるとお客様に提案しました。最初はリスクがあるためにためらわれていましたが、最終的には改良に同意してくださいました。結果、当初のお客様の要求よりもすごく良い製品を作ることができたため、とても感謝してくださり、次の注文も引き続いて頂くことができました。私の技術がお客様の怒りを鎮め、結果的に次の仕事にまで繋がったのでとても印象深く残っています。

加速する開発競争に挑む

私が現在就いている「主幹研究員」という役職は、具体的には新しい製品を開発する研究のための業務に加え、部下の指導や職場全体の取りまとめなどのサポート業務も行います。自分で解析等の仕事を行うこともありますが、それは三分の一くらいとなっています。

当社はプラスチック製品を製造する機械を開発していますが、プラスチック素材はどんどん新しい素材が開発されているので、スマホなどに使用されている部品もどんどん軽く薄くなっていきます。このような技術の革新によって新たに登場した素材にも対応している成形機械を次々に製造する必要があります。その機械の製造過程で解析をしたり、材料の分析をしたりして最適な装置に改良していく仕事に取り組んでいます。

役職柄、自分が成長するというよりは、ほかの研究所のみんなの能力を高めていくような業務が主体になってくるように感じています。具体的には、適材適所にそれぞれの専門家を配置して動かすことや、短時間で仕事ができる専門家を育てていく必要があると考えています。

先ほども言ったように、現代はどんどん「もの」の開発速度が速くなっていて、以前は半年の開発期間だったのに今では三か月間だけということもよくあります。また、日本だけではなく海外の世界中の同業者が相手になるので、ますます競争が厳しくなっています。そういった面でも、やはり良いものを短時間で開発する力が求められてくるんですね。そうなった時には、組織をどう動かしていくかが重要になってきます。

講演する富山氏

学生時代を振り返って―研究を始めたきっかけ―

もともと、数学や化学が得意で、学部では応用化学を専攻したのですが、ベンゼン環とか化学式とかに触れるうちに、自分には合わないなあ、数学の方が苦にならないし・・・、と思い始めていたところ、修士1年生の時に解析という分野に出会いました。研究テーマはプラスチック成形加工の流動解析だったのですが、数学の知識が使えるところ、機械に興味があったところ、こてこての化学ではないところに惹かれるようになり、とても面白いと思うようになりました。

もし大学4年の時からこの研究を始めていたらおそらく博士課程への進学はしていなかっただろうなと思いますね。修士1年から始めて、やっと研究に何とか取り組めるようになってきた時がちょうど修士2年の春くらいだったので、あと半年で自分が納得できるレベルに至ることができるか、納得できるだけの知識を得られるかと考えた時に、ちょっとこれでは足りないなと思ったので、もう少し研究をしようと博士課程に進学することに決めました。

不規則なスケジュールでの研究生活を送っていましたので、研究が行き詰った時などはとても苦しかったのですが、良い研究室仲間たちに出会ってのびのびと研究に打ち込むことが出来たので良かったと思っています。

知識云々は別として、博士課程でやってきたことで一番役に立っていることは、指定期日までに何らかの結果を出すことです。100%じゃなくてもいい。その期日までに70%でも出してあともう少し時間をくれたら完璧にできるけど現時点ではここまでです、という交渉術が自然にできるところですね。また、博士号を取って良かったと思うことは、業界や学会で日本製鋼所の「専門家」としてみてくれることです。海外の方と商談をする際にもそちらにドクターがいるのなら対等に話をするためにこちらもドクターを呼んでこなければ、という風に重要視してもらえます。

学生へのメッセージ―自分を高める―

博士課程の方に研究頑張れといっても、みなさん当然研究に熱心に取り組んでいると思いますので、私からメッセージを伝えるとしたら自由にやってくださいということくらいです。研究に関して私自身の経験から言えることは、研究に取り組む時に先生などの外部からプレッシャーを与えられてそれを感じながらするよりも、自分の中で期限や目標を決めて、自分自身にプレッシャーをかけながら取り組む方がすごく成長するということです。これはぜひやってもらいたいと思います。

また、自分一人でやらずに周りとコミュニケーションをとりながら、頼ったり頼られたりも含めて会話ができる人間に育ってほしいと思います。いくら博士号を取ったといえども、その企業で長年働いている40代、50代の方々と比べると持っている知識量は全く違います。その時に謙虚な姿勢で周りの人の話を素直に聞いたり、分からないことがあればちゃんと相談したりして自分の足らないところを補って高めていくことができるのは、きちんとコミュニケーションを取ることができる人だと思います。また、企業だとお客様の前に必ず出ないといけませんが、その時に礼儀正しくできるかどうかも重要です。このような当たり前のことができるようになってほしいと考えています。

それから、何か研究以外に趣味を持ったりして色々なことを吸収できるように広い世界を持ってほしいとも思っています。研究以外に打ち込めるものがあると研究で行き詰っている時など、うまく気持ちを切り替えることもできます。

取材者 谷綺音 (総合科学研究科 総合科学専攻 博士課程前期2年)


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