第5回 大正製薬株式会社 大澤 浩一 氏

革新の視点を持ち、人を大切にする

取材日:2017年6月14日

 今回は、大正製薬株式会社研究総務部の元・人事労務グループマネージャー 大澤 浩一 氏にお話を伺いました。博士号を取得されている大澤さんから、ご自身の研究の経歴、大正製薬の方向性及び求められている人材像についてお話ししていただきました。

大正製薬株式会社研究総務部
 元・人事労務グループマネージャー 大澤 浩一 氏

略歴

学歴
1984年3月 埼玉大学 理学部生体制御学科卒業

【職歴】
1984年4月 大正製薬株式会社入社 総合研究所 安全性研究室 生殖毒性グループ配属
1988年4月 同研究室 変異原性グループへ異動
2006年4月 研究総務部 人事労務グループへ異動 その後グループマネージャーを担当
2017年3月 役職定年にてグループマネージャーの任を下りる

                     (現在に至る)

【学位】
2003年11月 静岡県立大学 博士(食品栄養科学)

大正製薬がブランド製品を提供していける秘密―各部門の連携による相乗効果

 大正製薬は、OTC医薬品(一般医薬品)を中心としたセルフメディケ―ション[1]事業と、医療用医薬品を手掛ける医薬事業を両輪とした総合医薬品メーカーです。「健康と美を願う生活者に納得していただける、優れた医薬品・健康関連商品、情報及びサービスを、社会から支持される方法で創造・提供することにより、社会へ貢献する」という経営理念を持っています。リポビタンシリーズ、パブロンシリーズ、リアップなどの製品は、皆さん耳にされたことがあるのではないでしょうか。

 大正製薬ではOTC医薬品と医療用薬品は組織上それぞれ独立した研究所にて研究を進めています。しかし、日本初のダイレクトOTC[2]として男性用発毛剤「リアップ」を開発した時(1999年6月発売)は、セルフメディケーション事業と医療事業が一体となり、両研究所が一丸となって商品開発を行いました。薄毛や脱毛など、髪の毛の悩みで病院に行くことに抵抗を感じる方もいます。もしも病院に行かずにお客様自らが薬局で薬を購入し、このような悩みが改善できるようになればとの思いから、「リアップ」の商品化を果たしました。「リアップ」は医療用医薬品と同等の研究開発を進め、OTC医薬品としての処方設計を加えてダイレクトOTCとして世に出しました。こういう医薬品を提供するに当たって、各部門の連携による相乗効果を発揮できることも大正製薬の強みだと思います。また、お客様が必要な時にご自分の判断で購入できるOTC医薬品やヘルスケア製品を数多くラインナップとして揃えることで、お客様の生活の質の向上も期待できると考えています。

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[1] セルフメディケーション:「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること」と世界保健機関(WHO)は定義している。

[2]ダイレクトOTC:新規有効成分が,医療用医薬品としての使用実績なしに、直接OTC医薬品として承認されたもの。

 

講演する大澤氏

大澤氏のこれまでの歩み

大正製薬を選ぶ理由―興味を仕事にする

 子供の頃から自然や生き物(特にカエル)が大好きで、毎日どろどろになって遊んだり、家にいろんな生き物を持ち帰ってはよく親に叱られていました。それらの経験をきっかけとして、小さい頃から生物には興味を持っていました。そして高校生の時、素晴らしい生物の先生との出会いがありました。その先生は教科書の内容を教えるだけではなく、一つの事柄をその周辺のいろいろなこととのつながりまで含めて教えてくれました。その先生のおかけで、私は生物がますます好きになっていきました。

 そのような経験もあり、大学を選ぶ時には生物系の学部を目指そうと決めました。そして、埼玉大学に高名な生物学の先生がいらっしゃるという話を耳にし、また、私の出身が埼玉県であったため、家から通学できるこの大学を選びました。

 大学時代はサークルやクラブには入っていませんでしたが、手を動かすことが好きで、いつも実験をしていました。3年生の時に研究室に配属となりましたが、とにかく実験を通じて色々なことを確かめたくて,「実験の虫」となっていました。また、先生とも非常に親しくさせていただき、スキーに一緒に行ったりもしていました。

 大学を卒業する際は、人に教える教職に就くよりも、製薬会社に研究職で入社して研究を通じて新しい薬を開発し、患者様に提供したいと思いました。就職活動は製薬会社以外にもいろいろな業界の研究職を見て廻りました。いくつかの企業には営業職としても誘われましたが、一貫して研究職での就職を目指しました。そして最終的には大正製薬を選びました。選んだ理由は、昔からテレビで大正製薬が提供していた公開演芸番組「大正テレビ寄席」が流れていて、子供の頃から非常に身近な製薬会社だったこと、研究所が埼玉県内にあったことが挙げられます。

研究職から人事労務職への転換

 現在の研究総務部では人事労務グループに所属し、人事労務管理全般の仕事をしています。人事労務管理はもちろんのこと、例えば研究者を採用したり、若手社員に人材育成研修をしたり、研究者たちの仕事がうまく回るよう様々にフォローして支えています。

 この業務に携わる前には、約20年間研究職として勤務していました。研究職時代の一番印象深い思い出は、他の研究者と一緒に医薬品候補物質の安全性を評価するロボットを導入したことです。その頃、化合物を合成するロボットはすでにありましたが、それら化合物の安全性を迅速、かつ大量に評価するシステムはまだ導入できていませんでした。開発当初は大変でしたが、担当者が一致協力してさまざまな検証を行ない、また先生方や学会からもたくさんの情報を収集し、最終的に「(おそらく)日本初」の評価ロボットを導入することができました。それが研究者としての20年の人生の中で、一番の実績であったと自負しています。

 その当時、私は同僚たちに支えられ、研究だけに没頭していました。しかし、今の人事労務の仕事は全く逆で、研究者たちを支えることが職務であり、自分の考え方も180度変わりました。例えば研究職では、自分の研究成果を出したり、それを学会で発表したり、患者様への貢献が直接自分のモチベーションにつながる仕事ですが、今の職場に異動してからは、会社全体の仕事のつながりや、研究者ニーズの把握など、様々なことを考慮しなければなりません。研究者たちは患者様にすばらしい医薬品を一日でも早く届けるために仕事(研究)をしていますが、私たちはそれら研究者の仕事がスムーズに回るようにバックアップするのが仕事です。そのため、今の仕事に就いてからは、社員のために仕事をする、という意識が一層強くなりました。

大正製薬の発展する方向性及び求めている人材像

医薬品メーカーとして直面している課題

 いかによりよい医薬品を継続的に提供していくか、ということは、当社に限ったことではなく、多くの医薬品メーカーが直面している課題です。特に新薬(新規の医療用医薬品)の開発は非常に難しいとされています。また現在の時代、生活者の皆さんは自分の健康は自分で守るという意識を持ち、運動や健康食品で健康増進を図り、病気を予防するという風潮になってきています。そのため、OTC医薬品もこれまでのようにどんどん売れるというような時代ではありません。

 大正製薬はもともとOTC医薬品メーカーとして出発し、会社が大きくなってきた途中から医療用医薬品にも参入した会社です。ゼロから出発した医療用医薬品の売上げはようやく全体の4割を占めるに至っていますが、これからもまだまだ伸ばしていかなければなりません。

 また、OTC医薬品ではカバーしきれない生活者の多様化するニーズに応えるために、特定保健用食品や健康食品、さらにはスキンケア製品などの研究開発も積極的に行っています。

大正製薬に求められている能力

 以上の課題を踏まえ、大正製薬の社員に一番求められている能力は、「主体性」です。自分で物事を考え、自ら自発的に行動できるという能力は当社が採用する際に考慮している項目の一つになります。

 具体的に言うと、研究を行っている学生さんであれば、実験の方針など、先生からの指示を待つのではなく、結果が出たら自ら考察し、次の手を逆に先生に提案するような習慣を身につけておいてほしいと思います。人から指示を受けて行動することは誰にでもできます。しかし、企業が求めているのは指示待ち人間ではなく、自分の考えをしっかりと持ち、実際に行動に移せる、主体性のある人材です。社会に出てからも上司に言われたことだけをやるのではなく、上司に向かって自分の意見や考えをどんどん積極的にアピールしてほしいと思います。

 また、常にアンテナを高く立てて、情報を広く集め、新しい考え方に触れることも大切です。そして生活の中の当たり前を再度見つめなおし、物事に対する疑問を持つような思考力の人も社会人としては必要だと考えます。そんな思考を持っている人とも一緒に働きたいですね。

学生へのメッセージ

 自分の学生時代の経験を振り返ると、まずは自分のネットワークを広く構築することが重要だと思います。様々な人とコミュニケーションをとる事が出来る人は、会社に入ってからも上司に信頼されると思います。従って、学生時代に多くの友達を作ったり、先生と良い関係を構築できるように努めたりと、できるだけ誠実に人と接し、人間関係を大切にすることが一番大事であると考えています。私は入社後に会社の支援を受けて学位を取得しましたが、たくさんの先生方とのつながりがあったからこそ取得できたと言っても決して過言ではありません。

 それに加えて、先ほど言及した主体性を養うためには先生にどんどんアピールする癖をつけておくべきと思います。皆さんを指導されている先生とは年齢が離れているので近づきにくいかもしれませんが、せっかくの貴重な環境でもあり、機会でもありますので積極的に先生とコミュニケーションを取ってほしいです。研究や勉強のことだけではなくその他の事柄についても、先生に相談したり、議論をしたりすると良いと思いますね。

 また、研究職に限らず技術職の場合、英語論文を読んだり、海外の方とコミュニケーションをとる機会もよくありますので、英語力は不可欠です。語学力の向上はすぐにできることではなく、ある程度の時間がかかりますので、できるだけ早めにこつこつ勉強に取り組んでおいた方が良いと思います。

 現在、当社で働いている広島大学のOB/OGも多くおり、皆さんそれぞれに仕事、私生活、人間関係などのバランスが良く取れていると感じています。在校中の皆さんもそれら先輩に続くことを目標に、これからも様々なことにチャレンジしたり、いろいろな経験をして、楽しい大学生活を送ってくださいね。

 

取材担当:教育学研究科博士課程前期2年 李 婧嫻


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