研究職にとどまらない、幅広い選択肢を!
取材日:2016年11月18日
日本IBM株式会社の片岡 利枝子(かたおか りえこ)さんにお話を伺いました。おなじみのPepperに搭載されたシステム「Watson」を始めとした事業を展開するIBM。片岡さんは現在,東京研究所の戦略企画部門に所属,大学関係者と手を組んだ仕事をされています。博士号取得者のビジネスパーソンとしての可能性についてお話していただきました。
日本IBM株式会社 東京研究所 戦略企画部 大学連携リーダー 片岡 利枝子氏
経歴
1982年 3月 九州大学 経済学部経済工学科 卒業
1985年 3月 九州大学 理学部物理学科 卒業
1985年 4月 日本IBM株式会社 入社,大和研究所 製品開発エンジニア
1992年 1月 英国IBM,スコットランド工場(駐在員)
1997年 10月 大和研究所 ノートブックPC製品開発部長
2005年 4月 米国IBM,本社 技術戦略部門(駐在員)
2009年 4月 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(出向)
2011年 4月 東京研究所 戦略企画部 シニア技術スタッフ
2014年 1月 東京研究所 戦略企画部 大学連携リーダー
IBMの挑戦,Watson
IBMはアメリカのニューヨークに本社を置いているテクノロジーおよびコンサルティング企業であり,世界170か国に事業を展開しています。その中の一つが日本IBMです。大きく分けて,サービス(システム開発・運用保守等),ソフトウェア(オペレーティングシステム等),ハードウェア(スーパーコンピューター等),研究・開発の4つの事業を持っています。現在,コンピュータは第三世代と呼ばれる時期に来ており,コグニティブ・コンピューティング(Cognitive Computing)の時代とも言われています。コグニティブとは「認知の」という意味を持っており,コグニティブ・コンピューティングはコンピュータ自身が様々な情報源から情報を収集,分析,学習するシステムのことです。莫大な量の情報を簡単に得ることができる今日,コンピュータにそれを学習・活用させ,人間の意志決定を支援するという取り組みを行っています。そこで開発されたのは「IBM Watson」です。
コグニティブ・コンピューティングの先駆けとして世界中で研究され,かなりの年月を費やして開発されたWatsonは今では商用化が実現,医療や経済をはじめとした様々な形に応用されています。Watsonは質問を聞いて,適切な答えと根拠をあらかじめ学習した情報からとりだす作業を高速に実行することができます。それを使って,2011年にアメリカのクイズ番組Jeopardyで最強チャンピオン2人と対戦しました。2億ページ分のテキストを読み込み,50年分の過去出題問題による学習を行った結果,勝利することができました。
どこでも職場になる,IBMならではの環境
そんな「Watson」を生み出したIBMは外資系企業とあって,とても欧米的な仕事環境です。特徴的なものとしてはe-ワークがあります。e-ワークとは,会社以外の場所で仕事をしたり,皆が一つの場所に会さなくても会議ができたり,書類をすべてネット上で済ませることのできるシステムです。成果主義の企業なので,各個人のニーズに合わせた働き方をすることができます。私自身も20時には退勤,週に2日は会社に行かない日を作って仕事をしています。他にも家庭の事情に応じて半日だけ会社で仕事をして,残りの仕事は家庭でする,というスタイルをとっている人もいます。また人事制度を時代に合った形に変化させており,女性が働きやすい環境をいち早く整えてきました。女性管理職の人数は2000年後半ごろまで数値目標を掲げていましたが,十分に達成されたため,現在は設定していません。また社内の保育園も整備されており,女性だけでなく全ての社員が働きやすい環境を作っています。そのため,女性が仕事を辞めるときは男性と同じ理由です。
博士の学生に求める力 ―博士号の枠にとらわれず,もっと自由に―
日本IBMでは新卒であれば博士の学生も学部の学生も平等に採用しています。しかし残念ながら,日本の博士号を取った学生は大学教員や研究職を希望する人が多く,企業を受ける人があまり多くないのが実情です。欧米では博士号を取ることは社会における一つの付加価値となるのに対し,日本ではまだまだ研究者の世界でしか通用しない資格であるという認識が強くあります。その結果,欧米では博士号を取ったうえでビジネスパーソンとして活躍したい人が多いですが,日本では博士号の取得=研究者しか道しかないという志向が強いように感じます。
日本IBMはお客さんが持つ課題(ペイン)をITを使って解決する企業です。そのためにはITに関する専門性の高さだけではなく,それにまつわる法律,経営の知識,さらにはお客さんの課題によっては心理学,医学の知識も必要になります。現在は料理や証券に関する依頼もあるので幅広い知識と深い専門性は欠かせません。東京基礎研究所(東京研究所の中で、基礎研究を行う部門)では研究職の方はほぼ博士号を持っていますが,必ずしも情報系の博士号というわけではなく,経済や経営,医療を専門に学んできた方も採用しています。
採用に当たって,専門性,という意味では博士の学生と学部卒の学生で求められるものが大きく異なりますが,コミュニケーション能力の必要性,という点では共通しています。ここでのコミュニケーション能力とは「受け答えができること」です。できること,が大切であり,必ずしも上手である必要はありません。ただ,自身の研究を相手に理解してもらうよう順序立てて論理的に話せることは重要です。IBMではどの職種もお客さんと接する機会があります。たとえエンジニアや研究職であっても時にはお客さんのところへ出向き,営業やセールスの人が説明しきれない技術的な部分を解説します。お客さんと直接お話しすることで,何に困っているのか,何を欲しているのかを肌で感じることができます。そのためには相手のレベルに合わせて会話をする力,論理的に説明ができる力は不可欠です。
外資系企業が育ててくれた今の自分
元々はモノづくりがしたくてIBMに入社しました。女性も多く入社しましたがハード部門に配属になったのは自分一人。男性社会の中で,自分が知らないところで話が進んでいたり重要なことが決まったりするなどネットワークづくりに苦労しました。ですが,仕事自体はとてもロジカルです。外資系企業は実力主義なので,不必要なところで偏見を持ったり持たれたりするのではなく,公正に仕事ができます。大事な情報があれば良い,データがあれば強い,という気持ちで取り組んだ結果,ノートブックPC“Think Pad”の開発マネージャーを経験することができました。その後,技術開発部門や,経済産業省の外郭団体である新エネルギー・産業技術総合開発機構で省エネに関する開発のリーダーを経験し,現在,古巣の東京研究所(旧:大和研究所)に戻ってきています。
IBMはB to B(Business to Business 消費者ではなく,企業を相手にする企業のこと)の企業として,様々な企業や団体と関わりを持っています。大学も大事な相手の一つです。大学では先進的で専門性の高い研究を行うことができます。我々の方向性に近い研究をしている先生がいれば共同研究やビジネス開発へとつなげています。
日本IBMの将来を拓く人材の獲得に向けて
今後の展望としては,IBMに対する学生の人気を上げていきたいですね。大学との関係を広げると同時にIBMの認知度(Reputation)を高めるための活動もしています。以前はノートパソコンの開発も行っていたので,B to Cの側面が強かったため認知度が高く,リクルートの就職ランキングで常に上位に入っていたのですが,2004年にPC部門を手放して以降,学生からの認知度が下がってしまいました。さらにリーマンショックの影響により企業が採用人数を減らしたことも一つの要因となりました。その状況を打破しようと,IBMのイベント「クラウドエクスチェンジ」の中で学生のコーナーを設けたりしています。そうすることで,大学から講義を依頼されたりすることも出てきました。昨年から審査員を務めている未来博士3分間コンペティション(※1)や今回の人材セミナー(※2)も学生の認知度を高める活動の一環です。
博士号を持っている方には,研究職にこだわらず,ビジネスパーソンとして活躍することも視野にいれてほしいです。社会に出るということは大学の中ではできない,いろんな環境下でお仕事をすることができるということです。ぜひ,高度な専門性を持った皆さんと一緒にIBMの未来を拓いていきたいと思います。
片岡氏と取材者
(※1)未来博士3分間コンペティション…博士課程の学生が自分の研究していることを3分間で分かりやすく解説するコンテスト。
URL: http://home.hiroshima-u.ac.jp/hiraku/event/competition_2016/report/
(※2)取材当日に行われた「第29回コンソーシアム人材セミナー in 広島」で「IBMの技術戦略とグローバル企業での働き方 for future leaders」というタイトルで講演を行った。
URL: https://www.hiroshima-u.ac.jp/gcdc_yr/news/36503
取材担当:勝池 有紗 広島大学 大学院教育学研究科 博士課程前期2年