第15回 新日鐵住金株式会社 米村 光治 氏

鉄鋼~究極のテクノロジー~

取材日:2018年10月9日

自動車や家電といった生活基盤のみならず、自動車や船舶、構造物など社会基盤をも支える鉄鋼産業。その鉄鋼産業の中で、新日鐵住金株式会社は、世界第3位の粗鋼生産量を誇る、世界有数の鉄鋼メーカーです。また粗鋼生産量だけでなく、技術力・コスト・グローバル化の3点に注力することで、『総合力世界No.1の鉄鋼メーカー』を目指しています。本講演では、世界一を目指し成長を続ける 新日鐵住金株式会社の技術開発本部 先端技術研究所で上席主幹研究員を務める米村さんに、鉄鋼業界や新日鐵住金での研究開発、そしてご自身が歩んだキャリアについてお伺いしました。

 新日鐵住金株式会社 米村 光治 氏

略歴

【学歴】
1992年 3月 広島大学 理学部物性学科 卒業
1994年 3月 広島大学大学院 理学研究科物性学専攻 修了

【学位】

2003年10月 九州大学 博士(工学)

【職歴】
1994年 4月 住友金属工業(株)入社
1994年 6月 同社 総合技術開発センター未来技術研究所 研究員
2012年10月 新日鐵住金株式会社 技術開発本部鉄鋼研究所 主幹研究員
2016年 4月 理化学研究所 客員研究員(平成29年3月まで)
2016年 6月 同社 先端技術研究所 上席主幹研究員
2018年 4月 大阪電気通信大学 非常勤講師

(現在に至る)

『総合力世界No.1』を目指す新日鐵住金株式会社

世界No.1を目指す中で、“新日鐵住金”の強みとはなんですか

近年躍進を続けている中華系企業や欧米企業は、数多くの吸収合併をし、粗鋼生産量を飛躍的に増加させています。特に、その特徴として安い汎用の鉄を多く作っていることが挙げられます。そのような点で勝負をしてしまうと、我々では太刀打ちできません。そこで、我々は“安価で汎用”ではなく“高価で特殊”な高級鋼の生産に注力しています。具体的に高級鋼とは、高温高圧に耐えられる鉄であったり、シェールガスを回収するための輸送管パイプであったりといった特殊なニーズをもつ鉄鋼です。それを作るためには、技術力が必要不可欠であり、研究所の力を試されていると感じています。

世界の鉄鋼研究の中で、新日鐵住金の立ち位置を教えてください

世界に数多く存在する鉄鋼メーカーの中で、我が社が一番大きな研究所をもっています。それが、技術力に力を入れている表れであると思いますし、他のメーカーと比較して技術開発力が強いと感じています。その中でも、“次世代の材料”を作ることが、我々の責務であり、絶対にしなければいけないことだと感じています。近年躍進している外国企業は、マネをすることはできますが、自分たちで作り出す力はありません。そのため、我々がやらなければならないと自負しています。

このような技術革新をしていかなければ、自動車メーカーや船舶メーカーにまで迷惑が掛かります。例えば、自動車メーカーがより安全な車を作りたいという要望をもっていれば、それに値する材料が必要不可欠です。そのため、我々鉄鋼の研究者はメーカーの要求に追従するような研究開発を絶えず行っていかなければなりません。この意識が他社との大きな違いだと思います。我々は普通に研究を行うだけではなく、ユーザーを意識し、次の材料をどうしていくのかというビジョンが求められています。

企業としての成長とともに、女性の採用も増加していると聞きました

近年、理系・文系に関わらず、女性の採用人数は増加しています。特に、研究所や工場で働く修士卒の女性の方が増えてきています。その背景として、会社として女性社員を増やそうと取り組んできたことがあります。また採用だけでなく、管理職の女性も増えてきています。例えば、私の以前の部長は女性の方でした。鉄鋼産業と言えば、男性社会というイメージがありますが、それは昔のイメージです。今では女性も製鉄所でバリバリに頑張っています。研究分野でも、操業分野でも女性が活躍しています。これに伴って、我が社では保育所の新設や産休・育休を充実させ、子供ができても働ける環境づくりを行っています。活躍している人材が辞めてしまうことは勿体なく、また困ってしまうので、安心して働いてもらえる環境づくりを目指しています。その結果、結婚したり、子供を産んだりしても辞める方は、最近はほとんどいません。

世界最大の鉄鋼研究所・研究員を有する新日鐵住金株式会社

研究所で行っている研究について教えてください

主に、鉄の強さについて研究していますが、それ以外にも鉄鋼の表面処理とか、鉄を作るプロセスについて、シームレス鋼管に関わる技術、そして完成した材料をどのように利用していくかを研究している技術者もいます。 特に、鉄を強くする研究が成功すると、様々な可能性が広がります。例えば、少し強くするだけでも、色々なニーズの用途に答えることが可能になり、それによって会社の収益が上がります。また、同じ横並びの中でも何かに優れていることは、販路の拡大にもつながります。そのような基礎研究をしていくことで、色々な可能性を広げることができます。

しかしながら、基礎研究でうまくいっても、すぐに製品化はできません。具体的には、既存の設備で作れるのか、どうやって作るのか、大量生産の中で均一に作れるのかなど、多くの点を考える必要があります。これらについて、製品寄りのエンジニアの人たちが一生懸命頑張りますが、基礎研究ができてから10年程度の時間を経なければ、実用化には至りません。

新日鐵住金における研究スタイルはどのような感じですか

私は基礎研究部門に属していますが、そこでは誰かからの要望ではなく、極限の鉄の強さを追及するような次世代の材料を作る研究をしています。一方で、製品研究部という商品により近い研究を行う部門もあり、そちらではお客さんのニーズに合わせた研究を行っています。このように研究基盤の住み分けはありますが、社内のプロジェクトや国家プロジェクトなどでは協力しながら行っています。それ以外では、大学の先生や他のメーカーとの共同研究も行っています。研究の進め方は、基本的にボトムアップ方式です。具体的には、上司から強度や伸びといった“ユーザーからの要望(ターゲット)”が大まかに指示されると、我々研究員がその要望に対して『何ができるのか』を考え、上司やユーザーに提案しています。

グローバル化を進める中で、研究所の取り組みを教えてください

社員として、外国の方を雇用しているわけではありませんが、海外の大学の先生と共同研究を行っています。また、研究所の若手研究員が希望すれば、ドイツのマックスプランク研究所などに短期留学させることで、国際経験を積ませたり、研究力を高めたりしています。

研究力・技術力を向上させるために、どのような取り組みをされていますか

我が社では、研究員の多くが学位を取得しています。特に、学生として博士に進学するわけではなく、論文博士や社会人ドクターとして、会社に入ってから学位取得を行っている人が多いです。会社としても、学位取得を推進していて、30代前半の研究者の大体が学位取得をしていますし、それができるように仕事を進めるようにしています。

研究員の指導時に心掛けていることを教えてください

若手研究員には、その人の特技、具体的には大学の時に勉強してきた技術をうまく使って鉄の研究に生かしてほしいと思っています。そのため、必ずしも私と同じ研究をしているわけではありません。同じ研究をすることもありますが、基本的には自分の持っている技術を生かして、研究してもらいたいと思っています。

無限大に広がる可能性を秘めた素材・鉄

先生が鉄研究を始めたきっかけを教えてください

当初は、半導体の研究をしたいと思い入社したのですが、半導体の研究所がなくなったため、自ずと鉄研究をするしかありませんでした。

鉄研究を続けられてきた中で見えてきた鉄の魅力を教えてください

私の専門はX線でしたが、X線の特徴として鉄に当たると大きく吸収されることが挙げられます。そのため、X線を用いて鉄の動的解析を行うことは非常に難しいので、私は鉄が嫌いでした。しかしながら、X線だけでなく放射光など色々なプローブを使うことで、鉄の動的な情報が得られることができ、少し面白くなりました。また、それ以外にも 『相変態』という現象は面白いと思います。鉄は、数多くの研究が行われていますが、結局よくわかっていません。よく分かっていないところに足を踏み入れて、基礎的な課題解決に携われるところが面白いと思います。

鉄研究を続けられてきた中で感じたことはありますか

鉄の研究を我々が深めても、答えは出ないかもしれませんが、一歩でも前進できる答えがでるといいな、と考えながら研究をするようになりました。近年は特に、技術の進歩が凄まじく、放射光やX線自由電子レーダー SACLAといった最新の技術を使って、鉄を“物理の目”で見ることがすごく面白いと感じています。“材料の目”ではなく“物理の目”でみることで、同じものを見ている中でも、『材料を専門とした人』と私のような『物理学者』の目では違うものが見えてくると思います。その違った視点から、新しいことが分かってくることが面白いと感じています。このように違う視点を大切にすることで、全く新しいことが見えてくると思います。

講演時の様子

学位を取得し、鉄研究に邁進したキャリア

先生が広島大学 理学部 物性学科に進学したきっかけは何ですか

私は高校時代、世界史や古典が好きだったので、文系に進学することを考えていました。しかしながら、高校の先生に広島大学の物性学科を勧められ、一応、物理・数学・化学もできたので、進学しました。当時、理学部の物性学科というものは広島大学にしかない特徴的な学科であり、物性とは物理化学・マテリアルサイエンスを意味するように、物理と化学を勉強する学科でしたので、高校の先生が進めたのだと思いますが、理由はよくわかりません。

最終的に学位を取得されていますが、学生時代に博士進学は考えていましたか

考えませんでした。もう学部の時に就職したかったので、大学院を出て、博士に行こうとは考えませんでした。

論文博士(社会人ドクター)と学生として博士に進学することについてどうお考えですか

アカデミックを志望するわけで無く、企業を志望するのであれば、修士卒で企業に就職して、そこで論文博士や社会人ドクターとして学位を取得した方が良いと思います。学生として博士を取得してから就職するとハードルが高くなるでしょう。修士卒で就職している人は、その同じ年の博士取得者と比べて3年先に入社し、それだけ鉄鋼など会社特有の技術について学んでいます。その3年の差を学位取得後に入り込んで、即戦力として対等に戦えるかというと、多くの場合で戦えないでしょう。それを専門とした研究を行っていなければ、厳しいと思います。博士課程で勉強したいのか?ただ博士が欲しいのか?ということで、ただ博士が欲しいならば、就職したほうが良いと思います。

キャリア選択の中で大事にしてきたことを教えてください

自分の技術です。自分のもつ技術がとても大事で、ほかの人にまねできない技術を持たないといけないと思います。今もっていなくてもいいですが、いつかは必ずオンリーワンの技術を持たないといけません。それが大切なところだと思います。人に負けない技術を持つことです。

学生・研究員にむけたアドバイス

最後に、学生や研究員に向けたアドバイスをお願いします

『先生の頭の中をもらってこい』ということです。皆さんが会社に就職したときには、それぞれの大学で一生懸命行ってきた研究について1番になります。会社で1番ですから、会社では誰からも教えられません。そこで、“今教えてもらっている先生の全部頭をぬすんでくる”くらい勉強することで、『もっと勉強しとけばよかったな…』と、後で後悔しないようにして欲しいです。

また、夢ではなく、目標をもってほしいと思います。目標をもてば、実現していくミチシルベが描け、これからどうすればいいか、どうしていくべきなのか分かるはずです。そして、それに向かって積極的に取り組むことが大切だと思います。その中で失敗したり、成功したりしますが、『ここにたどり着くんだ!』という目標を意識すれば、結果として必ず成功すると思います。夢ではなく、目標です。夢は、できようができまいがどうでもよいイメージですが、目標を作ってしまうと、達成しないといけない気がします。何をすべきか考えるという逆問題ですね。これが大事です。

取材者感想

生活基盤を支える鉄鋼産業の中で、世界有数の企業である新日鐵住金株式会社における研究について、また鉄研究の最前線についてお聞きすることができ、鉄鋼産業・鉄鋼研究の面白さを教えていただきました。また、国際競争の中での技術力の重要性から、島国であり資源の少ない日本が世界と対抗していくための強みが技術力であることを再認識させていただきました。そして、講演者である米村先生の研究人生の歩みから、1)自分独自の技術が必要であること2)多角的に物事をとらえること 3) 目標をもち逆問題的に自身の歩みを考えること が研究者として必要であることを教えていただき、自身の今後の研究人生を考え、しっかりと見つめなおしたいと感じました。

取材担当:広島大学グローバルキャリアデザインセンター特別研究員 梅原 崇


*グローバルキャリアデザインセンターからひと言

企業への就職を考えた場合、博士人材に対するニーズは企業によって様々であるため、自身の博士課程での研究がその企業でどのように生かせるのか、企業の方針を含め様々な情報を早めに得ることが必要となります。

グローバルキャリアデザインセンターでは、自身のキャリアパスを考える大学院生及び若手研究者を対象に「博士人材キャリア相談室」にて、随時相談を受け付けています。キャリア設計・選択(就職相談)、履歴書の書き方など就職活動のすすめ方、民間企業へのインターンシップなど、センタースタッフと一緒に自身のキャリア設計について考えてみませんか?
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https://www.hiroshima-u.ac.jp/gcdc_yr/consultation


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