第19回 株式会社野村総合研究所 木下 貴史 氏

今求められている価値提供を戦略的に生み出すコンサルティング

取材日:2018年11月20日

戦略的コンサルティングとは、企業の成長の方向性を定め、そこに至る方法、その際の課題・解決方法、競合との差異化といったことを支援する職業。アカデミックな世界から景気の変動を大きく受けるコンサルティングの世界に入り活躍されている木下氏は、「大学院で培われた論理的思考力と大局観から考えるという思考パターンは、戦略を扱う上で役立っていますがコンサルタントとして振舞うにはそれ以外にも身に付けなければならない力もあります」とおっしゃっています。「実社会で問題解決できる博士」を目指すにあたって、どのような資質・能力を身に付ける必要があるのかについてお話を伺いました。

 

 株式会社野村総合研究所
 コンサルティング事業本部
 プリンシパル、上席コンサルタント

 木下 貴史 氏

略歴

【学歴】

1991年3月 豊橋技術科学大学大学院博士後期課程入学(システム情報工学専攻)
1994年3月 豊橋技術科学大学大学院博士後期課程修了、 博士(工学)

【職歴】

1994年4月 株式会社野村総合研究所入社 情報技術本部副主任研究員
2002年4月 同 コンサルティング事業本部 情報通信コンサルティング部上級コンサルタント
2017年4月 株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 プリンシパル、上席コンサルタント
2006年より京都大学大学院情報学研究科社会情報学専攻 准教授(客員)兼務

                                  (現在に至る)

キャリア選択とそのきっかけ

自身のキャリア選択として、価値を感じたところについて教えてください

大学在学中からよくしてくれていた先輩が現在の会社にいて、同じように博士を出た先輩だったのですが、いろいろなことができる面白い会社だと聞いていたので行ってみたいと思いました。

部署を変わりコンサルティング部門にいくきっかけはどういったものでしたか

入社当初はシステム開発に関する技術系の部門に配属され、そこにいた時の仕事は大きく分けて2種類。ひとつは新しい技術の情報を取り入れて、それが例えば社内や自分のお客さんに使えるか、ということを調査・報告したり、その可能性について議論したり、というようなタイプの仕事。もうひとつは、システムの基盤に当たるところを開発する、という仕事です。前者のほうはやや広範な産業アナリスト的な仕事で、後者のほうは自分の専門性を追求することのできる仕事といったように、大学で学んだ基礎が活かせる仕事ではあったのですが、ある時から、もっと深くお客さんと対面できる機会を持ちたいと思うようになり、キャリアを変えてみようかと思いました。

コンサルティングという仕事について

研究で使う能力とコンサルティングで使う能力は違う、ということですが、コンサルティングで必要な能力・資質とはどのようなものですか

今流の言葉で言うとコミュ力だと思うんですが、お客さんの懐に入り込むためのいろいろな対応力と言えるでしょうか。テクニックというのももちろんあるのですが、どちらかと言うと、お客さんを変えたいと強く思う、とか、自分がいかにコンサルタントとして優れているのかを他人に知ってもらいたい、とか、いろんな欲求によって動かされている部分があり、この欲求の強さ弱さがあると思います。この業界でトップに立つような人を観察していると、「俺はすごい」とか、「コンサルティングが世の中を動かして居る」とかの思いや信念を持っている人が多いですね。そういうものはスキルとして身につかないところもあります。こういう「思い」みたいなものは学生の時にはないことが多いので、大学にそのままいても分からない世界なんじゃないかという気がします。

コンサルティングのどういうところが木下さんにとっての魅力になっていますか

経営トップの方々に自分の考えを理解してもらう、自分の考えを採用してもらうということは、若いうちはなかなか普通の会社にいくとないことではないかと思います。そういう特別な体験がこのビジネスにはついてきますから、そういうことが刺激になっていた時期もあります。ただ、そういった特別感がモチベーションになるのは若いときだけです。そこから先は社会のニーズも含めてどうなっていかないといけないのかと考えていき、いろいろな問題がみえてきたときには、コンサルティングのスタイルも変えていかないといけないだろうと考え始めます。そして、変えていかなければいけない状況が本当に強くなったときに、自分なりのやり方を考えていくようになり、そういった事を試し、経験することが次のモチベーションになるのではないかと思っています。

今後社会がAI化することとコンサルティング業との関連についてはどのように考えられていますか

今まで人間がやってきた作業だけど正直疲れるからやりたくない仕事というのはたくさんあって、それを積極的にAIに置きかえられないか、ということを考えているコンサルタントは多いし、私もそう考えています。むしろ昔ながらの仕事のやり方しかやってこなかったコンサルティングの人たちは仕事を失うのもしょうがない、という想いで自分たちとしてはやってきています。でもやっぱり人間力の魅力じゃないですけれど、うまく定義できないので機械に置き換えることができない仕事は常に残り続けると思いますし、機械化できない難しい仕事が残ると思います。その部分をやっていくのがまさにバリューではないのか、ということです。コンサルタントもすべてが機械に置き換えられるわけではないけれど、機械ができることをやっていると、きっと機械に置き換えられる、そういう商売になると思います。

大学で授業を持たれているそうですが、学生の教育に関してコンサルタントとしての経験が活かされているところについて教えてください

思考のためのフレームワークというのは使い方によっては便利なもので、例えばある企業をテーマにとりあげて、「この会社がどういった姿を将来とっていけばいいのか考えてみましょう」と言った議論を学生さんにして頂くと、「これこれだからこうやるしかないよね」と、手近な解決策を想定し、そこに向けて直線的・短絡的に議論を進める傾向があるのですが、そこで例えば「とにかく5つのオプションを出して、そのProsとConsに分けて考えてみて下さい」(Prosとはよい面、Consはその反対の面)。と言うと、全然違う答えになったりします。話しが整理されて、なぜそうなのかが説明しやすくなるのです。そういう経験をして分かることもあるので、学生にはそういう部分の経験をさせてあげたいという気持ちがあって演習問題をやることはあります。それはコンサルタントの経験の中で出てきたものだと思います。

講演時の様子

大学生時代に必要なこと

今の立場だから大学生に言える大学在学時に身に付けておいた方がいい能力やしておいた方がいい経験にはどのようなものがありますか

大学で何かを鍛えられました、という経験はやっぱりあった方がいいと思うんです。私の場合は、自分が書いた論文を先生が大変丁寧にチェックくださり、論理的なつながりの甘さなどについて何度も突き返されるという経験がありました。そう経験をすると、例えば資料を作るときにも、ここの論理的つながりが…とかを考えながら作るようになりますし、自分の頭の中にあるイメージをどういうふうに図にしたらいいのだろうか、ということを考えるようになると思います。そういう意味で、先生が指導してくれる論文の書き方とか、プレゼンの仕方や、全体像の中で自分がどこを話しているのか、ということは、非常に重要なことです、ということをもっと伝えていった方がいいのかなと思います。今はそういったことが、わりと薄れているのかもしれません。

最後に大学生や若手研究者にメッセージをお願いします

大学のときにしかできない鍛えられるチャンスがあれば、積極的に挑戦してほしいと思います。あとは、キャリアに関してもいろいろ悩まれている方もいますが、少し広い目線でいろんな業界を見て、いろんなものの考え方があるということを理解して、自分のキャリアを考えるといいかなと思います。私の経験ですが、コンサルティングの事業に移るときに、当時の上司や同僚からは、「(コンサルティングでは営業をたくさんやらないといけないが)君は営業に向かなそうだから大変じゃない」と言われて(笑)。ただその後しばらくして皆さんに会ってみたら「意外と君がそういうのに向いているとは思わなかったよ」と言われました。実は自分自身がそう思っていたというところも正直あったんですが、自分が苦手だと思っているところであっても、そこに関心・興味をもっているのであれば、そこはあまり心配しないでやってみると、意外と適性があるということもあると思います。ずっと博士で研究してきた人が、スーパー営業マンになる可能性もなくはない、それは本当に分からないんです。なので、そういうことまで含めて視野を広めて考える、というのが意外といいかもしれませんね。

取材者感想

「論理的でありながら人文的なのがコンサルティングのおもしろさ」と話されていたのが印象的に残りました。改めて、これまで論文執筆する過程で学んできた論理的思考能力や俯瞰的思考力が、企業や社会での取組においてもつながることをコンサルティングの事例から実感することができました。それと同時に、相手のニーズやプロトコルに合わせて柔軟に対応していくことが企業や社会では求められること、特に、AI化が進む中でますます人間力が問われるという指摘に、さまざまな能力を統合して発揮していくことが今後「実社会で問題解決できる博士」として求められる資質・能力のひとつだと感じました。
これまでの学びを大切に、けれどもそれらに縛られることなく、自分自身の可能性も大いに活かして社会のニーズに応えることができる人材になれるよう今後も取り組んでいきます。

取材担当:広島大学大学院教育学研究科 研究員 長江 綾子


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