第13回 株式会社資生堂 石舘 周三 氏

美しい生活を創造する、ヒトを彩るサイエンス

取材日:2018年7月17日

化粧品の世界シェア第4位である株式会社 資生堂。2017年には売上高が1兆円を突破し、『1兆円企業』の仲間入りを果たしました。化粧品分野で世界を牽引している資生堂ですが、医薬品や食品まで事業展開を進め、“世界で勝つため”に新たな高みを目指しています。成長への弛まぬ一歩を歩み続ける資生堂において、研究開発職を歴任し、現在GIC統括運営部 人材開発グループのマネージャーを務める石舘さんに、資生堂での研究開発、ご自身が歩んだキャリアについてお伺いしました。

 株式会社資生堂 石舘 周三 氏

略歴

【学歴】 

1982年3月 東京大学理学部生物化学科卒業
1987年3月 東京大学理学系大学院生物化学専攻博士課程修了

【職歴】 

1987年 ㈱資生堂 研究所入社
1991年 資生堂アメリカテクノセンター 副所長(米国コネチカット州)
1993年 MGH/ハーバード皮膚科学研究所 資生堂リエゾン(米国ボストン市)
1995年 ㈱資生堂 R&D戦略部
2006年 資生堂(中国)研究開発中心 董事・総経理(北京市)
2011年 ㈱資生堂 中国技術代表(北京駐在)
2014年 ㈱資生堂 化粧品開発センター情報開発室長
2016年 ㈱資生堂 研究推進部長
2018年 ㈱資生堂 GIC統括運営部マネージャー

(現在に至る)

前進し続け、高く成長している資生堂

資生堂は化粧品・美容を主とした企業で、社員の大部分が女性とお聞きしました

私が資生堂に入社した当時から、女性が多かったですが、現在では全社員の約8割が女性です。しかし、入社当時の研究開発は、ずいぶん女性は少なかったです。女性が少ないために、当時の男性研究員は、男性であってもマスカラや口紅を自身で試していました。まず、自分自身で使って、どう感じたか? どう思ったか?という物の良し悪しを判断していました。やはり、化粧品は“好き嫌い”や“感覚”に依存することが多いので、男性であっても、自身の感性を研ぎ澄ませ、研究者というより職人のような視点で取り組んでいました。その職人的な研究にハマる研究員も多くいて、のめり込む男性研究員が多かったです。

現在では、研究員も女性がほぼ半数を占めるようになってきました。その理由は、女性の社会進出が盛んになってきた社会のニーズもありますが、資生堂では特に、寿退社がほとんどなくなったことがその大きな要因だと思います。昔は、子どもができたら仕事を辞めるという寿退社が多くありましたが、現在では、出産前/後休業や育児休業といった福利厚生が充実しているため、辞める女性がほとんどいなくなりました。また、職業柄・業界柄、資生堂は女性人気が非常に高く、優秀な女性が資生堂を志望してくれます。そのような女性を採用し、彼女たちが資生堂で働き続けてくれるため、現在、女性が多くなっていると思います。ただし、女性だけというわけではなく、男性でも十分に勝負できる企業であるとも思います。

最近は、女性だけでなく男性も肌や美容に気を遣う方が増えています。女性の化粧品以外では、どのような研究を行っていますか

資生堂では、男性向けの製品開発を昔から行っていました。例えば、私は髪の毛の研究をしていました。人間の髪の毛は男性ホルモンとの関係が深いですが、同じ男性ホルモンでも頭頂部と側頭部では、男性ホルモンとの関係性が違います。その原因やメカニズムは生物学的に全く分かっておらず、どうして? なんで?という点で、非常に面白い分野です。いまだに方がついていません。また、髪の毛に限らず、皮膚の老化やしわ、シミなど、謎が多い部分ばかりで、特に皮膚と老化に関しては、私が入社する前からずっと研究が盛んに行われていました。しかしながら、これらは生命の危機に直結するところではないので、美容について興味を持つ人しか取り組みません。そのため、研究が進展しにくい分野だと言えます。

資生堂は2017年に売り上げが1兆円を超えるという成長が著しい企業ですが、その要因はどのように考えていますか

様々な要素がありますが、今の新しい社長になってから、着実に伸び始めたと思います。

今の社長は,資生堂出身ではなく、外部から来ました。そこで、100年以上に渡って構築してきた資生堂が変わる必要性を説き、新しい風を社内に吹き込みました。それによって、いろいろな点で、新しい視点から会社が変わり始めました。

また、円安も大きな要因の一つです。円安ということは、海外での売り上げが伸びると、その効果はより大きくなります。またインバウンドも重要でした。例えば、中国の方など海外から日本にいらっしゃった方が、日本国内や免税店で資生堂の商品を買ってくれることが、とても追い風になっています。

創業以来100年以上に渡って化粧品・美容に関する研究開発を行ってきたことにより培った財産・メリットはどんなところに感じますか

資生堂ほど、長く化粧品や美容に携わっている企業は世界中で多くはありません。長い歴史があるというメリットは、やはり経験です。例えば、現在化粧品の世界では、動物実験はやらないというルールができています。それは、動物愛護の考えが広く周知されてきた結果、EU各国で動物実験を行った製品を売ってはいけないという法律ができたためです。そのため、化粧品に関して動物実験をやらないことになりました。つまり、新しい商品を作ったときに動物が使えないということです。そこで、長年の経験の蓄積が重要になります。実際に似たようなものが入った商品を売って、お客さまからどんな意見が来たのかという経験を基に、それらの作用が予測可能になります。つい最近できた企業と比較して、彼らがもっていないデータをもつこと、それが資生堂の絶対的な強みであると感じています。

講演時の様子

グローバル化を進める資生堂の研究開発職

会社内に外国籍の方は多くいらっしゃるのですか?

国内の研究拠点で働いている約700人の中で、30人程度が外国籍の社員です。一番多いのが、中国系の社員です。また、日本国籍だけど帰国子女の方もおり、そのようなグローバルな人材を今後も求めていきます。やはり、資生堂は120の国と地域に向けて商品開発を行っているので、日本人だけでは十分ではありません。そのため、基礎研究や商品開発をグローバルにしていくために、ダイバーシティーを求めています。現在は、社員の5 %に満たない程度しか、外国籍の社員はいませんが、近年の採用では10 %程度を外国籍の方を採用しています。最終的には、全社員の10 %程度を外国籍の方にしていければと思います。

社内の博士研究員について教えてください。学位取得者はどの程度いらっしゃいますか。また、どのようにステップアップしていますか

国内の研究拠点で働いている約700人の中で、100人程度でしょうか。化粧品は、様々な分野から成り立っているので、薬学、物理学、化学、機械工学、生物学など、ありとあらゆる理系の分野から、学位取得者が入社してきます。また、化粧品学を大学時代から研究している方はほとんどいないので、基本的には会社に入社してから、どのように進むか決定します。その中で、博士や修士に関係なく、化粧品の研究にハマりましたという方が多くいます。研究をするだけでなく、研究者として入社してもその道を外れる人もいますが、それはそれで面白いです。学位取得者の中には、女性も多くいます。

キャリア選択とそのきっかけ

石舘先生のキャリアについてお聞きします。博士に進学した理由やきっかけはありましたか

もうちょっと研究がしたかったから、という理由に尽きます。私は、生物化学科を卒業していますが、卒業研究のときには生物物理学に近い分野の研究をしていました。その研究室で、いろいろなことをやりました。例えば、筋肉タンパク質であるアクチンの重合メカニズムなどについて、研究しました。また当時は、分子生物学が大流行していた時代で、PCRとかが花形の研究でしたね。元々、生物に興味があったので、研究することが面白いなと思い、研究をもうちょっとやりたいと思いました。

化粧品・美容分野、そして資生堂を選択された理由を教えてください

研究室の先輩が資生堂の研究所で働かれていて、資生堂がきちんとした生物学の研究をしていることを教えてもらいました。それが資生堂を志望した理由です。しかしながら、研究に従事するのであれば、大学に残り研究をすることが一番であるとも思います。結構大変ですが。私は、大学に残る道もありましたが、もういいかなという思いもあり、もっと違うことがやりたいという気持ちが強くありました。そのため、資生堂に入社する際には、研究以外でもやりますよという気持ちで入社しました。その後は、研究職を経て、海外関係の仕事をずっとしてきました。

長い期間に渡って海外で業務に従事されていますが、その経験で得たことを教えてください

日本が当たり前でないことですね。日本が、かなり特殊な国だと初めて分かりました。日本は居心地がいい国で、海外に出たくないという気持ちも分かる気もします。私自身も、自分の希望で海外勤務をしたわけではありません。資生堂では毎年一回、自分の状況を会社へと申告しますが,海外勤務を希望したことは一度もありません。しかし、海外に行ってみないか?と言われたときに、「おもしろそうですね。」と言ったことはありますが。

アメリカでは、資生堂と研究所や大学との橋渡し役のような仕事に従事しました。ベースは研究ですので、研究の話は対等にできましたが、ビジネスが絡んでくると難しかったです。例えば、知財特許に関わる契約や共同研究の契約など、これらについては、かなり勉強しましたね。勉強して思いましたが、ビジネスについて知っていることは非常に重要です。そのような点をよく知っている大学の先生は、研究費をよく取ってきます。アメリカでは、大学の先生は自分の研究室を経営する経営者です。そのため、自分の研究室について、プレゼンをして、ここにお金を出せば、こんな良いことがありますよと言って、研究費を稼ぎます。また、学生や部下を操るこつは、まさに経営者と一緒です。つまり、アカデミアで優秀な人は経営者としても優秀です。このことについて、アメリカに行って、様々な大学の教授と接する中で、改めて感じ、そして彼らと実際に仕事をすることで、とても良い経験になりました。また、企業における企画書や提案書は、研究費の申請書とかなり同じだとも思いました。内容は違いますが、ある程度中身を知らない人に対して、どれだけ自分の研究(企画)が魅力的であるかというプレゼンをし、お金を付けてもらうことは、研究費申請、企画書作成に共通しています。このような点について、日本ではわかりませんでしたが、アメリカに行きその同一性を感じました。

先生は帰国後、R&D戦略室に所属されましたが、そこはどんな部署ですか。また、研究戦略を立てていく上で、心掛けたことを教えてください。

R&D戦略室は、毎年の研究所研究開発部門の年度計画とか3か年計画とか長期戦略だとか作る部署です。そこでは、“みみっちくならないこと”を心掛けました。例えば、研究室では限られた予算をどう使っていくかということを考える必要がありますが、研究所単位で見てみると、金額が研究室の2桁くらい上を考える必要があります。10億とか100億とか,それくらいの大きな金額を考えるときに、みみっちくなってしまうと、大きな前進ができません。

学生時代の経験から、研究者として役に立ったことはありますか?

色々なことに興味があったので,講演会や学会発表などの人の話をたくさん聞きました。自分の専門しか知らないと、絶対的に自分よりできる人に太刀打ちできないような気になります。そこで、自分の専門外の話を聞くことで、視野を広げ、そういう人たちに勝てるチャンスを得られると思います。そこで、興味のあることは色々と挑戦することがいいと思いますし、意外とそのような経験はその時には無駄でも、結果的には良くなることもあったなと思います。

最後に、これから就職や研究に従事していく学生たちへメッセージをお願いします

私は今、採用担当で、就職試験の面接もしています。その時に、「最後に何か質問は?」と言うと、「就職するまでに何かやっていた方が良いことはありますか?」と良く聞かれます。私は、その答えは一つだと思っていて、今やっている勉強を必死にやることに尽きると思います。今行っている研究は、今しかできません。会社に入社したら、「こういうことをやってください」ということが多くなるので、就職までにやるべきことは、今やっている研究をとことん行い、良い結果出すことだと思います。また資生堂に入社するならば、英語の勉強をしといてねとも言っています。このように,学生さんに「何をしたらいいか?」と聞かれたら、勉強しろとしか言えません。社会人になったらそんな時間はないので。

取材者感想

女性の化粧品や美容分野の最前線を走る(株)資生堂ですが、男性を対象とした化粧品や医薬品、そして食品まで幅広く展開していることを改めて知りました。そして、世界で勝てる企業となるために、絶えず成長を目指していく姿を教えていただき、世界の第一線で研究開発していく楽しさと、その責任感の重さを感じました。歩みを止めず、常に前進していく心持ちや、海外で研究する・生活することの意義を教えていただき、自身の今後の研究人生をさらなる前進ができるものとしていくために、しっかりと見つめ直そうと思いました。

取材担当:広島大学グローバルキャリアデザインセンター特別研究員 梅原 崇


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