第12回 日本電信電話株式会社(NTT) 兵藤 守 氏

NTTと他企業をつなぐ

取材日:2018年7月31日

日本の情報通信事業を大きく支えている日本電信電話株式会社(NTT)。現在では情報通信事業だけでなく、AIやスポーツ脳科学など基礎から応用まで、規模的にも技術的にも世界屈指の研究所を持つ企業です。今回は、NTT研究企画部門に所属している兵藤守さんから、NTTが取り組んでいる研究開発やご自身が担当している渉外業務について、また、企業と大学の関係のあり方やこれからの学生に伝えたい事など、お話を伺いました。

 日本電信電話株式会社(NTT) 兵藤 守 氏

略歴

【学歴】

1995年  3月  広島大学工学部第四類卒業(エンジニアリングシステム教室)
1997年  3月  広島大学大学院工学研究科修了(設計工学)

【職歴】

1997年  4月 日本電信電話株式会社(NTT)入社(光アクセス網試験技術の開発、技術活用他)
2005年  4月 NTT知的財産センタ(技術活用、ライセンス業務他)
2009年 11月  NTTアクセスサービスシステム研究所(共通業務、NWサービス開発他)
2013年  4月 内閣府出向(科学技術イノベーション政策の立案・執行他)
2015年  7月 NTT研究企画部門(技術渉外に従事)

(現在に至る)

他企業と協力して新たな価値を生み出すために

今現在、取り組んでいることについて教えてください

NTT持株会社の研究企画部門に所属しており、研究開発の対外窓口としての役割を担っています。

具体的には、社外からの問い合わせに応じ、技術の紹介や提案などを行っています。研究企画部門というのは、これからのNTTの研究開発が何を目的にどのくらいの予算で、何を行っていくか、つまり、NTTの研究開発の戦略を立てる部署です。さらに、研究成果の活用を促進させるというミッションも持っているのですが、実際に社会で活用していくのは、NTTだけでは不可能です。いろんなプレイヤーと協力していく必要があります。

そこで、産業界の人だけでなく、官公庁や大学の先生など、様々な立場の方々と話をしながら、一緒になって仕事を進められるような関係づくりをしています。例えば、総務省が示す国の研究開発方針に、NTTがどう貢献できるかということを考えたり、大学とどういう共同研究を進めるべきかといったことを考えたりしています。

ICT(情報通信技術)は、日本が抱える社会課題を解決するためには不可欠な技術で、そういう技術を通じていろんな方々と一緒に協力して仕事を行っていくことで、単独で行う事業ではできない新たな価値を生み出すことができます。そのためにも、私が今していることは、NTTを他の分野や他の企業と結びつける重要な仕事だと思っています。

社外の人と話をする時に、工夫していることはありますか

調整事や相談事は、自分のことだけを主張しないということが大事です。お互いに主張があるため、相手のことをちゃんとわかった上で、話し合いながらものごとを進めていくことが求められます。お互いの協力次第では1+1が2ではなく3、4、またはそれ以上にもなります。それでも、企業として活動しているときには、一線を越えてはいけないところがあります。ずっと相手の主張を受け入れてばかりいると、こちらの思っていることが通らなくなり、会社の利益にはなりません。自分たちが譲れないことも理解しておいて、譲れないところは譲らないことも大事なのです。お互いにどこまで相手の考えを尊重できるかを相手と一緒に考え、合意形成に至ることが重要です。

こういった議論を進めるときには、論理的に物事を考えていなければなりません。まずは、自分たちの強みと弱みを知っておくことが求められます。強みとは、他の企業より優れている技術やノウハウのこと、弱みはその逆です。そのうえで、相手の強みや弱みもしっかり知っておいたうえで、お互いを補完しあえる相手と成し遂げたいこと、つまり目標点を設定します。そこにたどり着くために、どのような手段があるか、相手の技術とどう組み合わせればよいか、前もって何通りも整理しておきます。話を進めていくうちに、それ以上は話を進めないという判断もでてくることもあります。

そのようなことを考えながら、仕事を行っています。

技術の使い方を考えるという役割

今現在、ご自身の軸となっている考え方を教えてください。その考え方はどのような経験から身についたのでしょうか

私は大学時代に専攻していた船舶海洋工学とは全く異なる業界に入り、入社当初は光アクセスネットワークの試験・保守技術の開発を担当していたのですが、入社三年目から四年目のころ、思うような成果を得ることができなかったり、作ったものを使ってもらえないといった挫折を何度も経験しました。そんな挫折を繰り返しながら、技術を作るだけではなく、どうやったら使ってもらえるのか、使ってもらって新しい価値を生み出すにはどうしたらいいのかということを考え始めました。自分ではよい技術を開発したと思っても、使ってくれる人がよい技術だと思ってくれなければ使ってもらえません。使う人がどういうことを求めているか、何を大事にしているかをしっかり理解しなければなりません。そこで、技術を作ることは誰かに任せて、自分はその技術をどうやって使ってもらうか、使ってもらうためにどういう技術を作らなければならないかを考えたいと思いはじめたのです。

そのようなことを人事面談などでも主張し続けてきたからこそ、会社がやろうとしていることがうまく進むように社外の方々と話を進めるという今の仕事を任されているのだと思っています。研究所に配属されて、3年目くらいで研究より活用をやりたいと言う社員は自分だけだったのではないかとも思います。驚かれるかもしれませんが、研究開発に関係する組織を渡り歩いてきたにもかかわらず、全くといっていいほど研究開発をしていません。同じときに研究所に配属された同期とは、全く別の道を歩んできました。もしかしたら、異なった分野から情報通信の世界に飛び込んできたからこそ他のことを認識し違うところに気づけるという強みがあったからかもしれません。ただし、みんながみんな自分のような考えだとあたりまえですが研究開発は成り立ちません。一つのことを突き詰めていくことも大事で、職人気質の研究者も必要です。その一方で、そういう人たちが活躍できるしくみを考える私のような人材も求められています。

5年ほど前、内閣府の総合科学技術会議の事務局に出向する機会をいただきました。そのころは、ちょうど日本がこれからの経済成長のために科学技術政策を立て直すことが求められていた時代でした。産業競争力を高めながら豊かな社会の実現を目指し、科学技術をどう確立してどう活用していくのかという国の戦略を考え、省庁ごとに異なる意見を国の総意としてまとめる仕事も経験しました。

入社三年目にして経験した挫折から得た、自分の役割は技術をどう活用するかを考えることだという考え方は、ずっと私の中にあります。

これからの企業と研究はどうあるべきだと思われますか

持続的イノベーションと破壊的イノベーションという言葉があります。前者は、あるべき社会の姿を目指すために、今がどうなっているから何をいつまでにしなければならないのかを考え、それを研究テーマとして設定し、そこへ向かっていく考え方のことです。対して後者は、何に使えるかはまったくわからないのだけど、今の研究を突き詰めていけば、もしかしたら誰も想像したことのない社会につながっているかもしれない、そういう考え方のことをいいます。

当然、企業は収益を得なければなりませんので、どちらかというと持続的イノベーションが重視されていると思います。大学との共同研究もそういう傾向が強いのではないでしょうか。もしかしたら、大学側も、持続的イノベーションを重視した研究のほうが、社会にとって実用的であり、大きな研究費を獲得できるという期待があるのではないかとも思っています。しかし、それは日本にとってはすごくよくないことだと私は考えています。

持続的イノベーションの研究は、今日、または近い将来のお金を稼ぐのに必要なものが多いのではないでしょうか。しかしながら、そのままでは来たるべき未来に、外国の見たこともない新しい技術ばかりを後追いし、その技術を日本で使いやすいように化粧直しをしているという状況になりかねないと思います。やはり、技術力で成長してきた日本は、ずっと先々につながる技術を創出し続けることが重要です。そのためにも、大学では民間企業にはできないような、大きなリスクを抱え、チャレンジングであるが破壊的イノベーションを生み出す可能性を秘めた研究をしっかり続けてほしいと思っています。

時間はかかりますし、お金もかかります。成果が出なくて諦めそうになることもあると思いますが、信念をもってやってほしいと思います。そのためにも、基礎研究にしっかり取り組める環境を整えることが大事です。今以上に官民が一体となって制度面や資金面で基礎研究を支援すべきだと思います。

取材時の様子

学生に向けて

企業で働く上で求められる能力、資質は何ですか

この先社会人となるであろうみなさんに身につけてほしい能力として、四つ挙げます。

まず一つ目は、論理的に物事を考える力です。あるべき姿、何を目指そうとしているかという目標を持つ、ということはもちろん大切です。しかし、さらにその目標に向かうためにどういう道を歩むべきかを考えることがもっと重要です。目標にたどり着くために、どのような課題をどの順番でどういう手段でどの程度まで解決していくのか、論理建ててしっかり説明できることが必要です。論理的に考えることは、もしかしたら研究そのものには必要ないのかもしれませんが、どういう仕事をするにしても必要になるものと思います。

二つ目に、視野の広さと柔軟な思考能力です。研究開発から社会実装までを考えるには発想を変えることも不可欠だと思います。これは私の軸となっている考え方でもお話しした、技術を作ることと、その使い方を考えることとの関係に似ています。自分が磨いた技術を追求することは必要ですが、それだけではいけないのです。ある程度現状に求められるまで技術が発展してしまえば、次にどのように実用化していこうか、その技術の価値を追求していくことに発想を転換しなければなりません。つまり、研究開発からビジネスへのギアチェンジが大切だということです。

三つ目に、何事にも主体的に取り組む力です。やらされてる仕事では成果も新しい価値もうまれません。あれをやりたい、これをやりたいという、想いがあってはじめて仕事や研究は成功するのだと思います。何事にも意欲をもって主体的に取り組んでください。

最後に四つ目として、コミュニケーション力と人を巻き込むバイタリティです。他の人がしていることに興味をもち、困っていたら手を差し伸べるということ、一人だけで抱え込むのではなく、周りの人と協力して何かやっていくということをしてみてください。ちょっとしたおせっかい、やりすぎはよくないですが、これがすごく大事なのだと思います。

私自身、さまざまな部署を経験してきました。そのときどきで仕事のやり方や、環境が変わるというのは大変なことでした。しかし、そのような状況でもなんとか対応できたのは、自分にはこの四つ目の能力があったからなのかなと思っています。新たな部署の皆さんとコミュニケーションを取ってなじんでいくことができ、それから、自分はこの職場でこういう役目を担っていかなければならないということに気づいていくことができました。

最後に、学生に向けてメッセージをお願いします

みなさんには、自分のやりたいことを見つけてほしいと思います。今、将来やりたいことってありますか? ない人は、目の前にあるもの、なんでもいいので興味を持ってみてください。興味は途中で変わってもいいのです。変わっていくかもしれませんが、そのときそのときで興味があることを見つけてください。無関心が一番よくありません。今自分が楽しいと思えるものを精一杯楽しんでください。興味のあるものに対して取り組むときに、それを実現するためにはどうすればいいか、どのようなことを考えて進めていけばいいかを考えられるようになると思いますし、そう考えながら生活してください。その考え方を日々、頭の片隅に置いておくことで、その先の人生が大きく変わってくるかもしれません。

講演時の様子

取材者感想

兵藤さんは大学で学んだ船舶海洋工学から、まったく別の分野の研究開発へと進まれましたが、それでも大学での経験は今に活きているとおっしゃっていました。そこで身につけた考え方が大事なのだ、と。講演やインタビューの中でいくつも教えていただいた兵藤さん自身の考え方は、そのときそのときの仕事の場面でとても大切なものだったのだろうと感じられます。今僕にできることは、たくさんの新しい考え方を見聞きして、自分のものにしていくことだと思います。また、大学からそのままの分野、そのままの研究で仕事をしていく人はほんの一握りです。兵藤さんのように別の分野の仕事をすることは珍しくありません。僕自身、現在専攻している分野を活かそうと、化学メーカーへの就職を考えていましたが、それだけではなく、他の可能性を模索してみようと思いました。

取材担当:理学研究科博士課程前期1年 福原 大輝


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