第20回 シュプリンガー・ネイチャー 堀内 典明 氏

研究者から学術論文誌編集員へ

取材日:2018年12月18日

Natureは世界で権威のある学術雑誌の一つであり、シュプリンガー・ネイチャー社専属の編集員によって論文査読、編集が行われています。今回は、Nature Photonics誌の編集員である堀内典明さんから、学術誌の編集員としての仕事内容やNatureの採択基準について、さらに研究者を目指して奮闘した経歴やその進路選択の中で考えたことについてもお話を伺いました。

 

 Senior Editor, Nature Photonics
 堀内 典明 氏

略歴

【学歴】

1992年  3月 早稲田大学大学院 博士前期課程 修了
1992年  6月 パリ第6大学鉱物結晶学研究所にフランス政府給費留学生として留学
1995年  3月 早稲田大学大学院 博士後期課程 退学
1999年 11月 グルノーブル大学にて博士号(理学)取得

【職歴】

1994年  4月-1996年 3月 早稲田大学 理工総研 助手
1999年 11月-2002年 1月 豊田工業大学 PhD研究員
2002年  2月-2009年 8月 理化学研究所 研究員
2009年  9月-現在 Nature Photonics 編集員

                                  (現在に至る)

論文に判定を下す責任

Nature Photonics誌編集員の仕事について教えてください

Nature Photonicsという学術論文誌編集員の一人として、投稿された論文の査読判定をするのが主な仕事です。私たち編集員は、Nature Photonicsの採択基準を満たしているか考えて判定を行います。

論文が採択されるまでの大まかな流れを説明します。採択判定は二段階で行います。まず、著者から私たちのところへ論文が投稿されます。そこで私たちは最初の判定、first screeningを行います。ここではNature Photonicsの採択基準を満たしているかどうか、査読判定を行います。Nature関連誌以外の学術論文誌すべてについて言えることですが、一般に論文査読は性善説に基づいて行われているので、その論文の学術的な信ぴょう性は正しいと仮定して査読を行います。あくまでNature 関連誌は論文の内容について調べます。つまり、今まで得られることが出来なかった新しい知見・今までにない機能性が得られ、異なる研究領域にも波及効果が見込まれるかどうかです。すでに先行研究が論文として報告されていたり、新しい実験技術が無い場合、私たちは論文著者に不採択(リジェクト)の結果を通知します。この段階で、統計的には投稿論文の約80%がリジェクトされています。次に、我々編集委員の判定をクリアした論文については、大学の先生に更に踏み込んだ査読を依頼します。その先生は、査読論文に近い研究内容を詳しく知っている専門家です。実際にその論文に関連した研究を行っているため、その研究の意義、重要性について学術的な評価をしていただきます。最後に、私たちはその専門家の査読レポートを参照して二度目の判定、final decisionを行います。そこで受理(アクセプト)された論文が雑誌に掲載されることになります。最終的に掲載される論文は投稿された論文総数の約10%です。厳しい審査ですが、掲載される論文の学術的な価値はそれだけ高いものだと言えるでしょう。

リジェクトやアクセプトは責任の伴う行為であり、私たちはその責任を背負いながら判定を下します。私たちNature Photonicsの編集員はわずか4人ですが、それぞれの経験を活かし、数多くの論文を査読・判定を行っています。

論文の査読を行うときに心がけていることはありますか

いかなる論文に対しても客観的に査読を行うことを意識しています。

編集員それぞれが好奇心を持っている研究分野は当然あります。私自身も自分が長年研究を行ってきた非線形光学分野の論文には好奇心を持っています。だからと言って、自分が好奇心を持っている分野の論文に肩入れすることはありません。

判定に主観は絶対にありません。好奇心を持つ持たないの主観ではなく、あくまで客観的にNature関連誌の採択基準に基づいて判決を下します。誤解してほしくないことは、我々にリジェクトされた論文は学術的に評価されていない、と言うことではありません。他の研究分野には波及効果は少ないために我々はリジェクトの判定をしましたが、特定の専門分野に限って評価される論文はたくさんあります。

私も研究者だったので、Nature Photonicsに掲載されたことが研究者の経歴にどれだけ影響を与えるのか知っています。掲載によって研究が研究所または大学で評価され出世することもあれば、逆に不掲載によって終身雇用の研究職に就く機会をのがすこともあります。だからこそ、常に公正に、客観性を軸に判定することを心がけています。投稿者が有名な人だから、知らない人だから、というのは関係ありません。責任をもって公正な判定をしています。

編集員の仕事にはどのような能力が大切だと思われますか

まずは、面倒だからといって適当な判定をする人は向いていません。先ほども述べた通り、客観的に判定を行うことが大事で、理由もなくアクセプトやリジェクトをしてはいけません。判断の根拠を求めて引用文献や関連文献を読んで、その妥当性を突き詰めて考える能力は編集員に必須です。またこのような職業は、ぺらぺらと秘密をしゃべってしまう口の軽い人は無理だと思います。口先だけで誠意のない人間に編集員の仕事は任されません。論文の査読は面倒な仕事ですが、私たち編集員は些細なことも疎かにせず、丁寧な仕事を心掛けています。

研究者と学術誌の編集員の間の違いとは何でしょうか

私たちは今まで報告されたことがない研究について査読を行わなければなりません。様々な新しい研究に出会うことができ、知的好奇心が満たされ、日々やりがいを感じています。昔の研究仲間からよく、「Natureの編集員は査読によって情報が沢山入ってくるので、新しい研究アイディアが生まれるのでは?」と言われますが、そんなことを考えるゆとりはありません。多くの研究者が新しい研究を生み出す中で、私たちは関連情報を徹底的に収集し、最先端の研究内容を必死に理解しようとしているのです。

研究者が新しいことをし続ける限り、私たちは必死にそれに追いつかなければならない。知識と情報を常にアップデートしていないと、編集員の仕事は出来ません。その分野の新しい論文が投稿される前に、最先端の研究を知っていなければなりません。いろいろな情報を得るために、編集員自ら学会に出向いたり、他の学術誌を読んだりもします。多角的な方法で情報収集することが編集員には求められているのです。

編集員と研究者の関係を野球にたとえると、審判とピッチャーのようなものでしょうか。ピッチャーの投げる剛速球がストライクかボールか、審判が判定をしているようなものです。つまり、研究者が投稿する論文を、私たちはアクセプトかリジェクトかというのを見極めているのです。立場を変えてみればよくわかることですが、審判が剛速球を投げることができないのと同じで、私たち編集員はインパクトを与える研究をすることができませんし、そのアイディアを生み出すこともできません。そういった意味で私たちは研究者ではないと思っています。

学術論文誌の査読業務は今後どのように発展していくと先生自身は思われますか

Natureと他の学術論文誌の大きな違いはクオリティコントロールだと思います。クオリティコントロールとは、査読する編集員によって採択判定基準が変わらないよう、編集員の間で意見のすり合わせが常になされているということです。つまりNatureでは、投稿された全ての論文に対しフェアな判定をしています。

その一方、他の学術論文誌では、パートタイムで編集長を務める研究者が各専門分野の研究者に論文の査読を一任するという形で、査読および判定が行われています。つまり、査読を担当された先生ごとに判定基準が異なり、クオリティコントロールがなされていないのです。本来ならば掲載に値しない論文が誤って掲載されてしまったら、他の査読担当者は「あっ、この程度のレベルの論文でもアクセプトしていいんだ」となり、採択基準を自分が考えているよりも下にしようとします。また、論文を投稿する側も「あっ、この程度のレベルの論文でもアクセプトされるんだ」となり、当初設定されていたその学術論文誌の掲載基準に満たない論文がどんどん投稿されるようになります。負のスパイラルに陥ってしまったら、学術誌の質がどんどん下がっていきます。

そのような事態を避けるため、これからは様々な学術論文誌がクオリティコントロールに力を入れるようになると思います。そのために他の学術論文誌も専属の編集員が必要になるでしょう。その結果、論文の審査がより厳しくなり、リジェクトされる論文が多くなるかもしれません。多くの研究者はフラストレーションを抱えてしまうかもしれません。しかし、学術的な価値の高い論文とそうでない論文の選別をしたいのであれば、クオリティコントロールは絶対に必要です。

弊社のホームページでNatureの採択基準を説明していますが、論文投稿者の曲解を避けるために当たり障りのないことしか書かれていません。研究者のフラストレーションを和らげるためには、投稿セミナーをもっと開き、Natureの論文採択基準について正確に説明する必要があると思います。Natureの採択基準は、アイディアに新奇性があるかどうか、その新しい発見により科学の進展があるかどうか、複数の研究領域に影響を与えるか(いわゆるgeneral interest)の三点に集約されます。しかし、投稿されたうちの約九割が不掲載とされてしまうため、Natureに投稿する前に研究者が研究内容とは全く関係ないことで非常にナーバスになっています。「ネイティブスピーカーのように完璧な英語で文章を書かないとリジェクトされてしまう」など、まことしやかに噂されています。また、general interestを誤解して、「科学者でない一般読者が分かり易いように論文を書かなければならない」と信じている研究者も多いです。これらの噂や迷信は事実じゃありません。Natureの論文採択判定に、英文法の正しさや英文表現はほとんど影響しません。そのような誤解を無くすためにも、私たちは世界中を回って講演を行い、より多くの研究者にNatureの採択基準を正しく説明したいと考えています。

取材時の様子

新たなキャリアを見つけるまで

学術誌の編集員になるまでのキャリアについて教えてください

研究室に配属された4年生のとき、大学教授または国立研究所の研究員になりたいという夢を、漠然と持っていました。最先端のところで研究したかったので、「博士号を取ってアメリカに留学できたらいいなぁ」、と考えていました。たまたま4年生の夏に指導教授に連れられてドイツの国際学会に参加しました。そこで教授に紹介されたフランス人研究者から留学の話を受けました。全く予想していないことでしたが、有機物の非線形光学効果を研究するにはまたとない機会だと思ったので、即決で「マスターを取ったらお世話になります」と、フランス人研究者に留学の意思を伝えました。

フランスに留学して、なんとか博士号を取得出来ましたが、その後は研究者のポストを探さなければなりません。インターネットでぼちぼち情報が得られ始めましたが、大半の研究職情報は学会誌に掲載されていた時代です。ポスドク(任期期限付き研究員)として、豊田工業大学、理化学研究所で研究業績を積み重ねましたが、なかなか終身雇用の研究員、大学教員になることが出来ませんでした。

そもそもポスドクは若い研究者向けの職種なので、35歳を超えるとポスドクとしての採用が難しくなります。ですが、まだ自分の可能性を信じて40歳まで頑張りました。結局、自分で設定した40歳のタイムリミットまで終身雇用の大学教員、国研の研究員に就けなかったので、40歳を過ぎてからは企業で終身雇用の研究員として雇っていただける会社を探そうとしました。しかし運悪く、就職活動を始めようとした数か月前にリーマンショックが起こってしまいました。この大不況によって、どの会社も軒並み研究員の中途採用をしなくなりました。不況がいつまで続くかわからない状況なので、研究職にとらわれることなく、何でもいいから自分が出来る仕事に就こうと考えました。インターネット経由で企業の求人情報を探したり、リクルート社やハローワークに仕事の問い合わせもしましたが、どこも求人が無いと断られ続けました。藁にもすがる思いで、研究仲間に「仕事の内容は問わず、求人情報があったら何でも教えてほしい」とお願いメールを沢山出しました。すると期せずして、仲間の一人が「Nature Photonics誌が編集員を募集している」との情報を教えてくれました。教えてくれたホームページを早速見てみると、なんと応募締め切りまであと三日じゃありませんか。急いで必要書類を作成して、応募しました。でもその時はまさか自分が採用されるとは夢にも思っていませんでした。なので応募書類を提出した後も、研究の合間を縫って就職活動を続けました。数か月後にNature Photonics誌から面接試験のメール連絡を受け取った時には、応募したことをすっかり忘れていたので、「何だ、このスパムメールは?」と、思ってしまいました。面接試験、役員面接等を経て、こうして運よくNature Photonicsの編集員になり、現在に至ります。

様々な困難があったと思いますが、その経験から得られたことについて教えてください

研究や人間関係など具体的な困難を挙げたらきりがありませんが、とにかく解決するには自分でアクションを起こさないといけないんだ、と言うことを学びました。解決にすぐ結びつかなくても、アクションを起こせば周りは変わります。耐えられる困難だったら前向きに頑張り続ければいい。耐えられない困難であったら、そこから逃げればいいんです。

大学4年生の時になりたいと思っていた研究者にはなれなかったけれども、自分で最善を尽くした結果だと思うので、私の研究キャリアで「ああしていれば良かった」など、後悔するところはありません。今更過去を後悔しても未来は変えられません。この先どうやって仕事を充実させるか?どうやって楽しい毎日を過ごすか?そのためには今、何をすべきか?そんなことを考えていると、過去を振り返っている暇はありません。

これから社会に出ていく学生に求められる能力、資質とは何でしょうか

コミュニケーション能力と行動力が求められていると思います。

まずはコミュニケーション能力について、最近の学生はほかの人と一緒に仕事をしたり、共同作業をしたりするのが苦手になっていると感じています。そのままでは会社でも研究でも、組織としてうまくいかないことがあると思います。部門を超えてコミュニケーションを取ることでグループとして発展していけるようにすることは、これからの社会で必要です。

次に行動力についてです。会社に配属されて上司にその研究はだめだ、不可能だなどと否定されることがあるかもしれませんが、そのときは自分でできるように手持ちの実験装置を用いたり、協力者を探したりすべきだと思います。なにかしら自分で行動を起こし、上から否定されたことを押し返すことが大切です。研究職だけでなくて会社のプロジェクトでも同じことがいえます。難しいと思いますが、今のうちから小さな成功体験を積み重ねて、行動に移す自信をつけましょう。そうすることで、少しずつ行動力が身につくでしょう。行動力は目標を成し遂げるために必要な能力だと思います。

最後に、学生に向けてメッセージをお願いします

Nature関連誌の採択基準に満たなくても、社会に役立つ科学はたくさんあります。研究者として、Natureに投稿するだけでなくいろんな形で社会に役に立つ研究をしてください。研究で大切なことは、なんでそんなことが起きるのだろう、という好奇心や探究心です。また、これから社会に出ていくみなさんは困難を乗り越える行動力、成功へ導くアイディアの引き出しを身につけてください。これは研究だけでなくどんな仕事でも求められます。あきらめるのではなくて、仲間に手助けを求める、自分で行動を起こすなど、いろいろなアクションを起こすことが大事です。

講演時の様子

取材者感想

学術誌の編集員の仕事とはどのようなものか、普段読んでいる論文がどのようにして雑誌に掲載されるのか、今回の取材を通して知ることができました。採択判定は大変難しいにもかかわらず、一生懸命に公平に審査しようとしている姿勢を知りました。その姿勢に負けないよう、研究者や僕たち学生も読み手が分かり易い論文を書くべきだと感じました。

進路選択について、堀内さんのように自分のつきたい職種を目指してもたどり着けない場合があります。だとしても、自分が納得する選択肢を選び続け、自分がつきたい職種に少しでも近いものが見つけられたらと思います。

取材担当:広島大学理学研究科博士課程前期1年 福原 大輝


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