へそ曲がり
氏名:花田 秀樹
専攻:生物科学専攻(附属両生類研究施設)
職名:助教
専門分野:両生類に対する化学物質の影響
略歴:福岡教育大学大学院修士課程修了。岡山大学にて博士(医学)取得。
「研究者への軌跡」への寄稿にあたり、この場を借りて、この度の東日本大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。また、一日も早い復興をお祈り申し上げます。
縁あって広島大学の両生類研に就職が決まった。もう20年以上も前のことである。学生当時は研究職に就くなど夢にも思っていなかった。研究なんてものを自分にできるだろうかと自問自答を繰り返したが、一方で、まぁいいか、なるようになるとも思った。何かをやる前にどうのこうのと悩むより、やってから後悔した方が良いと思ったのである。
就職後、最初に与えられた仕事は、地域的に形態が異なるツチガエル性染色体のバンドの染め出しである。カエルから血液を抜き取り、ヒトの白血球細胞培養用の培地を転用して培養し、染色体標本を作製後、バンドの染め出しを行なう。バンドの染め出しは比較的楽な方である。難しいのは中期分裂像を得ることだ。つまり、白血球細胞を増やさなければならなかったのだ。しかしながら、カエルの白血球細胞はヒト用の培地ではなかなか増えない。中でもツチガエルは困難な部類のカエルである。四苦八苦しながら、なんとかこの仕事に一区切りがつくと、ただちにカエル血液培養用の培地の開発に取り組んだ。ある程度の目安は付けていたが、なかなかうまくいかなかった。なんとかかんとか工夫を重ね、開発にこぎ着けることができた。早速、この培地を比較的培養しやすいトノサマガエルやヤマアカガエルで試したところ、思うように増えてくれた。ただし、同じ培地をアフリカツメガエルとニシツメガエルに適用したところ、まるで細胞が増える気配がなかった。実際、数像の中期分裂像が得られたのみであった。生き物は不思議がいっぱいである。悔しいので、もう少し頑張って、ツメガエル類の白血球細胞を増やせる培地を開発したいと考えている。もっとも、苦労して開発できたこの培地も、その需要は全くないに等しい。つまり、培養カエル白血液細胞を使い研究する研究者など世界中どこ探してもいやしないのである。なので、未だに論文にできずじまいである。ただ、何の役にも立たなかったわけではない。後に共同研究で行なった甲状腺ホルモン誘導によるオタマジャクシの尾部短縮の実験では、この時の経験とデータがとても役に立った。世の中捨てたものではない。
私はマニアックというか天の邪鬼というか、他人と同じことをするのが苦手である。このころは研究費がなかったので、金がかからず、何かひねくれたテーマがあるまいかと考えたあげく、「カエルの染色体にG−バンドを染め出してみよう!」とマニアックなことを考えついた。当時も今もカエルの染色体にG−バンドは染め出せないというのがこの分野の常識だからである。しかし、ヒトの場合と異なり、カエルの染色体にG−バンドを染め出せたからと言っても、世の中のお役には全く立たない。あくまで自己満足である。いろいろあったが、最終的にこの仕事は何とかものにできた。自己満足でもやっぱりうれしかった。これがあるから研究はやめられない。
カエルの血液細胞を増やしている傍らで、先に述べた「両生類の変態における細胞死の分子機構」の研究グループに加えて頂いた。甲状腺ホルモン誘導によるオタマジャクシ尾部短縮の機構に活性酸素が介在することを明らかにした研究である。以来、活性酸素の面白さに取り憑かれた。活性酸素は毒ではあるが、この毒をうまく利用して、変態期にある無尾両生類は尾部を消失させるのである。詳細は論文等にあるので興味のある方はご参照されたい。
同じ活性酸素を発生させる化学物質の中に除草剤パラコートがある。その昔、自殺の道具として使われた曰くつきの毒物である。多くの研究者によって明らかにされた研究結果から、パラコートはチャイニーズハムスター由来の培養細胞の染色体に損傷を与えることがわかっている。同じ活性酸素の発生に関わる物質であるはずなのに甲状腺ホルモンとはえらい違いである。最近は、改良したカエル白血球用培地を使用して、染色体損傷を受けた培養カエル白血球細胞の数を目安に、パラコートを加えた培地で無毒の化学物質が毒性を発揮するメカニズムを調べている。やっぱり素直な研究ができない天の邪鬼である。とはいうものの、カエルの染色体にG−バンドを染め出すよりは世の中の役に立ちそうである。ものにできるよう邁進あるのみである。
両生類研にきて、カエル染色体の研究からオタマジャクシ尾部短縮の仕事まで色々なことに携わり、学んだ。ここで書ききれなかった仕事も多くあるが余白の都合もあるので割愛した。とにもかくにも、この歳まで研究を続けてこられたのは、私を叱咤激励して応援してくださった多くの方々の支えによるものである。感謝の念に堪えない。今の私は「好きな道を生き、好きなことをやる」ことができて、本当に幸せである。だからこそ思うのである。人と人とのつながりを大切にしなければと。
最後に「研究者への軌跡」の寄稿の場を設けて下さった関係者の皆様に深く感謝を申し上げる。