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研究者への軌跡

珍動物、切った張ったの研究人生

氏名:浦田 慎

専攻:生物科学専攻

職階:助教

専門分野:比較発生学、動物進化学

略歴:1974年金沢生まれ。動物生態学や行動学、進化学に興味があり、金沢二水高等学校時代にフィールドワークを開始。金沢大学理学部生物学科を卒業、金沢大学大学院自然科学研究科博士課程を修了し、理学博士号を取得。頭索動物(ナメクジウオ類)と半索動物(ギボシムシ類)を研究対象とする一方、自然観察会等の指導員として社会教育活動にも参加する。博士号取得後は大阪大学大学院理学研究科の特任研究員として尾索動物(オタマボヤ類)の研究に取り組む。2005年より現職。趣味は近代産業史研究など。

 

研究者の意味
よく「将来の夢は」と訊かれて、「研究者になりたい」と言う学部新入生がいるが、その感覚が自分には理解できない。「君は今、まだ何も研究していないのか!?」と問い返したい衝動に駆られる。もちろん学生が「研究者になりたい」と言うのは、職業としての研究者を意図しているのは分かっているが、それは己にアマチュアの研究者としての自信がすでに有るということなのだろうか。だとすれば素晴らしいことであるが、受験勉強だけで入学して、「研究者」という言葉のイメージに憧れているだけならば、大学で一度研究をしてみてから将来を考えた方が良いのではないかと思う。
ではお前は研究者としての自信があるのかと問われたら、答に窮さざるを得ないのだが、ただ自分は昔からささやかながらも研究をしていたし、その積み重ねで今に至っているのは事実である。実習で学生に向かって話す海洋環境や海洋生物についての基礎知識のほとんどは、小学生の時に主に書物から学んだものである。中学から高校と進んで行動範囲が拡大し、野外で自由に採集ができるようになると、手許の図鑑がいかに当てにならないものか実感し、更に別の資料を繙いてようやく一つ解決したと思えばまた新たな謎が生じ、その謎を自ら調査したり実験したりして解明しようとしたくなる。そうやって研究は進んでいくものであろう。自分はこれまで研究者に憧れたことは一度もないが、状況が許す限りは研究をしたいと常に思っているし、できれば研究者として認められるような良い研究をしたいとも思う。いずれにしても多分一生研究を続けるだろう。
 

ナメクジウオとの出会い
もう最近では聞き慣れてしまったキーワードである「多様性と進化」。自分は昔からこれに興味があった。なぜ、どのようにしてこのような多種多様な生物が生じてきたのだろうか。実のところ蝿の背中の毛一本にしても、そこに生えている進化上の理由がある訳で、生物学研究の上では、あらゆる形態、行動といった遺伝形質の存在理由を突き詰めるとそこに行き着く。逆に言えばどんな形態や行動を研究しても進化学の視点は持ち得るのであるから、何を研究しても良いという発想もある。しかしどうせならちょっと変わった動物を研究してみたいというのが、大学4年生当時の自分の希望するところであった。
そこで金魚の消化管とナメクジウオとどちらを研究したいかと問われて、迷わずナメクジウオを選んだわけである。ナメクジウオはウオと言うが魚でなく、脊椎動物の祖先型とも言われる珍しい動物である。名前は知っていたが見るのは初めてであった。固定標本から切片を何千枚も作り、スライドグラスに張付けて染色をした。指導教官が「切った張ったの人生よ」と言いながら技法を伝授してくれたものである。研究というのは頭だけでできるものではなく、根気のいる作業が求められることが多い。しかもそれで望む結果が得られるかどうかは運次第の大博打。まず切って張らないことには始まらないわけである。
 

ギボシムシとの出会い
大学の研究室は設備や資材に恵まれている場合が多いが、だからといって自分がやりたい研究ができるとは限らない。大学院では少し自分で主体的に研究を行いたいと思い、それが可能な研究室に移ることにした。そして丁度その頃、近隣の浜でミサキギボシムシというギボシムシの一種が発見され、また自分が応募した研究助成金が運良く採択となり、研究を進めることが出来たのである。ギボシムシの仲間はシンプルなチューブ状の体を持つが、鰓孔があり、ナメクジウオより更に前段階の我々の祖先とされることがある動物である。今度の指導教官からは分子生物学のテクニックを学び、遺伝子の切った張ったも作業に加わった。何しろナメクジウオ以上に謎だらけの動物である。数年かけて全発生過程を明らかにしたが、ギボシムシでこれは日本初の事であった。
 

オタマボヤとの出会いと現在
大学院修了後は大阪大学で、わずか9ヶ月間だがオタマボヤを研究する機会を得た。オタマボヤはホヤに近縁で、ホヤの幼生と似た形態のまま一生をすごすちょっと変わったグループである。ナメクジウオやギボシムシに近縁であるにも関らずそれまで不勉強なままであったホヤ類に関しての知見を得る貴重な機会であった。
その後職に恵まれて、再びナメクジウオとギボシムシを切ったり張ったりしている。我国のギボシムシ研究者人口は恐らく5名に満たないであろう。望んだ事とは言え、よくよく珍動物に縁があったものと思う。好きな研究を続ける事が出来るのは有難いことであるが、忝くも国費を使って研究をしているのだから、そつ無き研究により新たな知見を得て、それを教育や論文発表を通じ社会に還元しなくてはならない。いわば失敗の許されない大博打である。我国の動物学研究と教育の拠点としての伝統ある臨海実験所で、赤誠を誓って職務に当っていきたいと思う。


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