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研究者への軌跡

私の研究の「かたち」

氏名:嶋村 正樹

専攻:生物科学専攻

職階:准教授

専門分野:植物形態学

略歴:理学研究科助手。理学博士。 1972年山口県生まれ。広島大学理学部生物学科植物学専攻卒業、広島大学大学院理学研究科博士課程修了、日本学術振興会特別研究員、(財)地球環境産業技術研究機構研究員を経て現職。専門は植物の形態学的研究。一連の研究で日本植物学会若手奨励賞、日本植物形態学会奨励賞、日本蘚苔類学会奨励賞等を受賞。趣味は海でのルアー釣り。

 

私は、植物を肉眼で見たときの形、顕微鏡で見たときの細胞の形や細胞の中の構造の形、細胞の中の分子の局在などを明らかにして行く、植物形態学という研究分野に携わっています。実際に自分の目で見て、誰も見たこと気づいたことがない「かたち」や「現象」を「発見」していくことに大きなやりがいを感じています。
15年前に本学の理学部に入学し、卒業研究を行う研究室配属を決めるころになって、初めて自分がどのような研究をしたいのか考えるようになりました。そのころの私は、研究室に配属になるということは、ある特定の生き物を使って、ある特定の生物学的現象について調べることを「強要」されることではないか?などと偏狭な思いにとらわれていました。今考えると、何も知識がないくせに生意気なことです。私は、幾人かの先生に、自分は色々な生き物を研究材料にして、その形を互いに比べるような研究がしたいと相談しました。先生方との話し合いの中で、そのような研究は「比較形態学」という分野で、広島大学にはそれを専門に研究している研究室はないということは分かりました。また、生物を比較するためには分類学のしっかりした知識がなければならないこと、比較形態学というのは、非常に歴史が古い学問で、もしもこれから比較形態学をやりたいのなら、いままでの研究者が見たことがない微細な形態を観察するために細胞生物学の技術が必要だということを指摘して頂きました。わがままは言ってみるもので、大学院へ進学することを条件に、分類学の研究室に所属しながら細胞生物学の研究室で研究技術も身につけるという、贅沢な研究体制を承諾して頂きました。
 

研究が大きく進展したのは大学院の博士課程後期に進学してからです。生物学において、未だにはっきりとした説明のできない古典的な問題の1つに“動物細胞は中心体を持っているのになぜ植物細胞は持っていないのか?”というものがあります。動物の細胞分裂では中心体が非常に重要な役割を果たしているが、植物の細胞分裂では中心体なしでもきちんと細胞分裂を行っています。植物は中心体のような装置なしで紡錘体形成などを行える新しい方法を進化の過程で獲得したのでしょうか? 私はこの疑問を解決するために、植物が中心体を失っていく進化段階にあると思われるコケ、シダ植物など下等な植物において、細胞分裂装置の形態や、中心体を構成する代表的な分子であるγ-チューブリンの性質を調べることにしました。コケ、シダ植物の大部分の細胞は中心体をもたないのですが、鞭毛をもつ精子を形成する過程で中心体が出現します。その場合、染色体を分離させる細胞分裂装置である紡錘体は、動物細胞と同様に中心体から形成されます。また、細胞の中に葉緑体が1つしかない種類がいくつか知られていたのですが、私は細胞の中に葉緑体が1つしかない状態が、これまでに考えられていたよりもずっと多くの下等植物で見られることに気づきました。そのような細胞が分裂する際には、まず葉緑体が分裂してから、葉緑体の表面から染色体を分けるための紡錘体が生えてきて、葉緑体の分裂を追いかけるように核の分裂がおこります。あたかも、葉緑体が動物細胞の中心体のような役割をしているようにみえるのです。そこで、私は動物細胞の中心体に存在し、紡錘体の形成を開始する役割を担っているγ-チューブリンとよばれるタンパク質が、そのような細胞のどこに存在するのか調べてみました。すると、γ-チューブリンはコケ植物の中心体にも存在すること、中心体が存在せず、葉緑体の表面から紡錘体が形成される場合には、葉緑体の表面にあることがわかりました。植物では、動物細胞と同様の中心体を持つ場合、葉緑体の表面、核周辺の細胞質など独自の紡錘体形成開始の場所を持つ場合など、様々な細胞分裂様式がみられます。しかし、そこでは動物細胞と同様の分子機構がはたらいているようなのです(図)。

様々な植物で細胞分裂様式を観察することで、陸上植物の細胞分裂様式の進化の系譜を追うことができるかもしれません。多様な生物種、器官、組織の間でみら れる、多様性と普遍性を同時進行的に明らかにして行くというのが自分の研究スタイルになってきていると思います。型にはまった研究が嫌だと言って、始まっ た研究は結局、自分なりの「かたち」を現し始めているような気がしています。


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