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【研究成果】霊長類脳への遺伝子送達に用いるAAVカプシドを体系的に比較評価 -VCAP-102が著しく高い脳移行性を示すことを確認-

群馬大学大学院医学系研究科脳神経再生医学分野(群馬県前橋市)の松﨑泰教助教、今野歩講師と平井宏和教授は、東フィンランド大学の寺崎哲也教授、および広島大学の内田康雄教授の研究グループとの共同研究により、アデノ随伴ウイルス(AAV)(注1)カプシド(注2)の1つであるタンパク質「VCAP-102」が、これまで評価したカプシドの中で最も高い脳移行性(注3)と神経細胞指向性(注4)を示すことを明らかにしました。
本研究は、脳疾患に対する全身投与型遺伝子治療の実現に向けた重要な知見を提供するものです。
 

1.本件のポイント

  •  研究グループは10年以上にわたり、霊長類血液脳関門(BBB)透過型AAVカプシド変異体の開発を行って来ました。加えて、世界で報告された霊長類BBB透過型AAVカプシド変異体についても、成熟マーモセットを用いて同一条件下で性能評価を継続してきました。
     
  •  2024年まで、成熟マーモセット脳において、自然界に存在し、霊長類BBBを透過する「AAV9」を大きく上回るカプシド変異体は確認されませんでした。
     
  • この研究を開始して約10年後の2025年に報告された「VCAP-102」をマーモセットの静脈内に投与したところ、脳全体にわたり極めて高い遺伝子導入効率を示し、既存の「AAV9」を大きく上回ることを確認しました。
     
  • 「VCAP-102」により導入された細胞の90%以上が神経細胞であり、高い神経細胞指向性を示しました。
     
  • 本研究は、脳疾患に対する遺伝子治療に用いるAAVベクター開発の評価基盤となるとともに、将来の霊長類・ヒトへの応用に向けた重要な知見を提供します。

2.本件の概要

アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターは、脳疾患に対する遺伝子治療の有力な基盤技術として期待されています。しかし、血液脳関門(BBB)(注5)の存在により、静脈内投与したAAVを効率よく脳へ送達することは容易ではありません。

群馬大学大学院医学系研究科脳神経再生医学分野の松﨑泰教助教、今野歩講師と平井宏和教授は、東フィンランド大学の寺崎哲也教授、および広島大学の内田康雄教授の研究グループと、10年以上にわたり成熟したマーモセット(小型霊長類)を用いて霊長類の脳へ効率的に遺伝子を送達するBBB透過型AAVカプシドの開発を行って来ました。

加えて、霊長類BBBを効率的に透過すると報告されたAAVカプシドを、発表されるとすぐに収集し、成熟マーモセットにおいて同一条件下で評価を継続してきました。その結果、2024年までに報告されたカプシドでは、成熟マーモセット脳において野生型の「AAV9」を大きく上回る広範な遺伝子導入を安定して示すものは確認されませんでした。

一方、この評価研究を開始して約10年後の2025年に報告されたVCAP-102を解析したところ、脳全体にわたり極めて高い遺伝子導入効率を示し、「AAV9」を大きく上回ることを確認しました。さらに、VCAP-102により導入された細胞の90%以上が神経細胞であり、高い神経細胞指向性を有することも明らかになりました。

図1. 2016年から2025年の10年間にわたる、小型霊長類であるマーモセットを用いたBBB透過型AAVベクターの体系的評価。

(A) 2016年から2025年の10年間に報告され、研究グループのマーモセット静脈内投与システムにおいて評価を行ったBBB透過型AAVカプシドの概要を示したタイムライン。
論文発表された年の上部に各BBB透過型AAVカプシド名が記載されている。
タイムライン下部の一つの円もしくは四角は一頭のマーモセットに一種類のAAVカプシドを、横に並んだ二つの円は一頭のマーモセットに「AAV9」とBBB透過型AAVカプシドの二種類を混合投与したことを示している。灰色の丸もしくは四角は研究グループが開発したAAVカプシドを示している。

(B-C) AAVの静脈内投与から4週間後に測定された脳の相対蛍光強度。
横軸にマーモセットの体重当たりのAAV投与量、縦軸に蛍光強度を示し、マーモセット脳ごとのレポーター蛍光タンパク質であるGFPもしくはmCherryの蛍光強度を丸でプロットして示した。ほとんどのAAVカプシドがコントロールである「AAV9」と同じ蛍光強度に収束しているのに対して、VCAP-102のみ最も高い値を示した。

3.研究内容の詳細

【背景】

アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターは、遺伝子を神経細胞内へ安全に運ぶことができることから、神経変性疾患や、てんかんなどの脳疾患に対する遺伝子治療の基盤技術として期待されています。しかし、脳は血液脳関門(BBB)によって保護されており、血液中に投与したAAVベクターが脳内へ到達することは容易ではありません。

2016年にマウスのBBBを効率的に透過するカプシド「PHP.B」が開発されるという大きなブレークスルーがありました。研究グループは、すぐに「PHP.B」が霊長類であるマーモセットのBBBを透過するのか調べたところ、マウスで見られた高いBBB透過性はマーモセットでは見られないことを明らかにしました。その後、世界中で霊長類のBBBを透過できるカプシド開発が繰り広げられて来ました。
その結果、CAP-B10、CAP-B22、CAP-Mac、CPP.16など、霊長類においてBBBを効率的に通過し脳へ遺伝子を送達できるとされるAAVカプシドが次々と高い評価を受ける国際学術誌に報告され、低侵襲な脳遺伝子治療の実現に大きな期待が寄せられています。しかし、それぞれの研究で使用された投与量、発現カセット、解析方法などが異なるため、どのカプシドが実際にどの程度優れているのかは、客観的に評価できていませんでした。

群馬大学の研究グループは、将来的なヒトへの応用を見据え、10年以上にわたり、霊長類BBB透過型カプシドの開発とスクリーニングを繰り返し、また霊長類BBB透過型カプシドが報告されるとすぐに、どれほど効率的に透過するのかを、霊長類であるマーモセットを使って同一条件下で評価してきました(図1A)。今回、10年以上に渡り体系的に比較して来た霊長類(マーモセット)BBB透過性と脳に入った後の細胞指向性の結果を報告しました。

【研究成果】

2024年までに報告されたカプシド、および独自に開発したカプシドは、全て成熟マーモセット脳において「AAV9」を大きく上回る広範な遺伝子導入を安定して示しませんでした。一方、2025年に報告された「VCAP-102」を検討したところ、10年間の比較評価の中で、初めて明確な優位性を見られました(図1B)。
「VCAP-102」は脳全体にわたり極めて高い遺伝子導入効率を示し、同時投与した「AAV9」と比較して著しく高い発現を示しました(図2)。

図2.VCAP-102の静脈内投与から4週間後のマーモセット脳におけるレポータータンパク質(GFPもしくはmCherry)の全脳蛍光イメージング。

(A-H) 2頭のマーモセット(個体ID:SMP691、H365)に対してGFPを発現する「VCAP-102」とmCherryを発現する「AAV9」を混合投与し、脳の背側(上面)および腹側(底面)からGFP蛍光およびmCherry蛍光を検出した画像。
(I-J) 1頭のマーモセット(個体ID:H372)に対してGFPを発現するVCAP-102を単独投与したマーモセット脳のGFP蛍光画像。
(K-L) 比較対象として、VCAP-102の2倍量のAAV9/GFPを1頭のマーモセット(個体ID:H140)に投与した脳のGFP蛍光画像を示す。

これらの画像から、「AAV9」によるマーモセット脳でのGFP蛍光およびmCherry蛍光は非常に暗いのに対して、「VCAP-102」を投与したマーモセット脳では非常に明るいGFP蛍光が検出された。

※スケールバー;10 mm。
※GFP:遺伝子の導入や発現の成否を、緑色の蛍光で視覚化して報告するタンパク質
※mCherry:遺伝子の導入や発現の成否を赤色の蛍光で視覚化して報告するタンパク質

さらに、免疫組織学的解析により、「VCAP-102」によって導入された細胞の90%以上が神経細胞であることが明らかとなりました。大脳皮質では93.3%、大脳基底核では95.3%の導入細胞が神経細胞であり、アストロサイトへの導入はごくわずかでした。一方、「AAV9」では神経細胞への導入効率が低く、アストロサイトへの導入も認められました。

これらの結果から、「VCAP-102」は現在報告されている霊長類BBB透過型AAVカプシドの中で最も有望な候補の一つであり、脳疾患に対する全身投与型遺伝子治療の実現に向けた重要な基盤技術となることが示されました。
また、本研究は、BBB透過型AAVカプシドを同一条件下で比較評価した初めての体系的検証であり、今後のAAVベクター開発における重要な評価基準を提供するものです(図3)。

図3.マーモセットに「AAV9」およびBBB透過型AAVカプシドを静脈内混合投与した脳のGFP蛍光およびmCherry蛍光の比較アッセイ。

(A-T) 「AAV9」とBBB透過型AAVカプシドの混合投与によるGFPおよびmCherryの代表的なマーモセット全脳蛍光画像を示す。(A-J)は脳の背側(上面)、(K-T)は同じ脳の腹側(底面)の画像である。
それぞれ上段にBBB透過型AAVカプシドの蛍光画像、下段にコントロールである「AAV9」の蛍光画像を配置した。GFP発現AAVカプシド名は緑字で、mCherry発現カプシド名は赤字で記載。
(U) GFP蛍光検出では蛍光顕微鏡の露光時間を1秒間に、mCherry蛍光検出では露光時間を0.5秒に設定することで、全脳の蛍光強度が同等になることを示しす。この露光時間設定値は図2の蛍光画像にも適応されている。
(V-W) 同一のマーモセット脳に対してコントロールとなる「AAV9」の蛍光強度を「1」に設定した際の、各BBB透過型AAVカプシドの蛍光強度比を示す。

これらの結果から、マーモセット脳において、ほとんどのBBB透過型カプシドが「AAV9」とほぼ同等の蛍光強度を示したのに対して、「VCAP-102」は10倍以上の高い蛍光強度を示したことから、マーモセットにおいて極めて高いBBB透過能を有していることが明らかとなった。

【今後の展望】

本研究により、「VCAP-102」が成熟マーモセット脳において極めて高い脳移行性と神経細胞指向性を示すことが明らかとなりました。今後は、この特性を活用し、脳疾患に対する全身投与型遺伝子治療への応用可能性を検証していきます。
また、本研究で確立した成熟マーモセットを用いた評価系は、新たに開発されるBBB透過型AAVカプシドを公平かつ客観的に比較するための重要な基盤となります。

【謝辞】

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳神経科学統合プログラム(Brain/MINDS 2.0)の「脳統合研究を推進するウイルスベクター技術の整備と高度化」および「脳データ統合プラットフォームの開発と活用による脳機能と疾患病態の解明」、ならびに日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(科研費)の支援を受けて実施されました。
また、本研究は群馬大学未来先端研究機構ウイルスベクター開発研究センターの研究基盤を活用して実施されました。

4.論文詳細

論文名:Systematic Evaluation of BBB-Penetrant AAV Capsids in Marmosets 
Identifies VCAP-102 as a Highly Efficient Brain-Transducing Capsid

著者名:Yasunori Matsuzaki 1 2, Ayumu Konno 1 2, Kenji Sakamoto 1, Yasuo Uchida 3
Tetsuya Terasaki 4, Hirokazu Hirai 1 2 5
1. Department of Neurophysiology & Neural Repair, Gunma University Graduate School of Medicine, Maebashi, Gunma 371-8511, Japan
2. Viral Vector Core, Gunma University, Initiative for Advanced Research, Maebashi, Gunma 371-8511, Japan
3. Department of Molecular Systems Pharmaceutics, Graduate School of Biomedical and Health Science, Hiroshima University, Hiroshima, Japan
4. School of Pharmacy, University of Eastern Finland, Kuopio 70211, Finland

雑誌名:Molecular Therapy Advances

DOI:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S3117387X26001187
 

用語解説

(注1)アデノ随伴ウイルス(AAV)
自然界に存在する、病原性のないウイルス。自力では増殖できず、一般的なウイルスの一種である「アデノウイルス」などの助け(随伴)を借りて増殖するという特徴を持つ。安全性が高いため、遺伝子治療への応用等に用いられる。アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターは、アデノ随伴ウイルスが持つ「細胞に感染して自分の遺伝子を中に届ける」という性質を利用し、遺伝子の運搬を目的として開発された。ウイルス自身の遺伝子を抜き取り、代わりに治療用の正常な遺伝子を組み込んで、目的の細胞へと送り届けるために用いられる。

(注2)カプシド
ウイルスの遺伝子(DNAやRNA)を包み込んでいる、タンパク質でできた外殻のこと。ウイルスがどの細胞に感染するかを決める重要な鍵の役割を果たしており、このカプシドの構造を変えることで、特定の臓器や細胞だけに遺伝子を届けるといったコントロールが可能になる。

(注3)脳移行性
投与された薬剤やウイルスベクターなどが、血液脳関門を通り抜けて、どのくらい効率よく脳の組織の中へと入っていけるかという性質。

(注4)神経細胞指向性
ウイルスベクターなどが、体内の様々な細胞の中から、特に神経細胞を狙って好んで感染する性質のこと。指向性が高い場合、他の正常な細胞への影響を抑えつつ、狙った神経細胞だけを効率よく治療出来る可能性が高まる。

(注5)血液脳関門(BBB)
血液中にある有害な物質や細菌などが、脳の組織に侵入するのを防ぐために備わっているバリア機能。脳の毛細血管の特殊な構造によって作られており、脳を守る極めて重要な仕組みである一方、病気を治療するための薬剤や遺伝子治療ベクターが脳に届くのも阻むという課題がある。
 

【お問い合わせ先】

(研究に関すること)
群馬大学大学院医学系研究科 脳神経再生医学分野 
教授 平井 宏和(ひらい ひろかず)

広島大学大学院医系科学研究科 分子システム薬剤学 
教授 内田 康雄(うちだ やすお)

(広報に関すること)
群馬大学昭和地区事務部総務課企画・広報係
TEL:027-220-7895、FAX:027-220-7720
E-MAIL:m-koho*ml.gunma-u.ac.jp
広島大学広報グループ
TEL:082-424-3701
E-MAIL:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

 (*は半角@に置き換えてください)


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