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【研究成果】「存在しないと思われていた電子のスピンを世界で初めて発見」 ― ビスマス表面に隠れていた電子の動き・性質を解明 ―

本研究成果のポイント

  • これまで、結晶の性質から「存在しない」と考えられていた電子のスピンの偏りを、世界で初めて観測しました。
     
  • 実験と第一原理計算(※1)を組み合わせることで、スピンの偏りは消えていたのではなく、電子の波どうしが打ち消し合う「量子干渉」によって見えなくなっていただけであることが分かりました。
     
  • 本研究は、量子状態の観測方法に新しい視点を与えるとともに、電子の「電気」と「スピン」の両方を利用して情報を処理する技術であるスピントロニクスや量子材料の研究や省エネルギーな次世代電子デバイスの開発につながることが期待されます。  

概要

 広島大学放射光科学研究所の奥田太一教授らの研究グループは、米国ウィスコンシン大学ミルウォーキー校との共同研究により、ビスマス(元素記号:Bi 原子番号:83)という金属元素が、原子の並び方が規則正しく整った状態であるビスマス(Bi)結晶の(110)表面に存在する電子状態を、スピン・角度分解光電子分光(Spin-ARPES)(※2)を用いて詳細に観測しました。
 その結果、結晶対称性(※3)から本来は打ち消し合って消失するはずと考えられていたスピン偏極(※4)が、実際には大きく残っていることを発見しました。
 さらに第一原理計算との比較により、このビスマスの電子状態の中ではもともと逆向きのスピン偏極をもつ二つの波が存在し、それらが互いに打ち消し合う(量子干渉(※5))ことで、見かけ上はスピン偏極が存在しないように見えていることが分かりました。光電子分光ではこの二つの波動関数(※6)の一方が選択的に観測されることを発見し、その結果、この量子干渉によって隠されていたスピン偏極の存在を世界で初めて明らかにしました。
 本研究は、物質の中に隠れた電子の性質を調べる新しい視点を示すものであり、今後の量子材料研究やスピントロニクス材料の開発につながることが期待されます。
 本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」に7月28日に掲載されました。

論文情報

論文タイトル:Unveiling the hidden spin-polarized Bi(110) surface states by spin-resolved photoemission
掲載日:7月28日
著者名:*奥田太一1,2,3 , 獅子堂達也4, Munisa Nurmamat1, 角田一樹1, Eike Schwier1, 宮本幸治1, Michael Weinert4(*責任著者)
所属:1広島大学放射光科学研究所、2広島大学持続可能性に寄与する超物質拠点(WPI-SKCM2)、3広島大学半導体研究所、4米国ウィスコンシン大学ミルウォーキー校
掲載誌:Physical Review Letters
DOI:https://doi.org/10.1103/3vs9-4y1y

背景

 電子は「電荷」だけでなく、「スピン」と呼ばれる磁石のような性質を持っています。近年、このスピンを利用するスピントロニクスは、低消費電力電子デバイスを実現する技術として期待されています。
 スピン軌道相互作用(※6)が強いビスマスでは、表面にスピン偏極した電子状態が現れることが知られています。しかし、そのスピンの向きは結晶の対称性によって厳しく制限され、一部の対称性の高い場所では、面に垂直なスピン成分は必ずゼロになると考えられてきました。
 ところが、このスピンがゼロになる状態は、本当にスピンが存在しないのか、それとも別の理由で見えなくなっているだけなのかは、これまで分かっていませんでした。

研究成果の内容

 研究グループは、広島大学放射光科学研究所(HiSOR)の高性能スピン・角度分解光電子分光装置を用いて、Bi(110)表面の電子スピンを三次元的に測定しました。
 その結果、結晶対称性からゼロになるはずの面直方向スピン偏極が、運動量空間の対称性の高い場所でも観測されることがあることを初めて確認しました。
 この結果を理解するため、第一原理電子状態計算に波動関数アンフォールディング法(※7)を適用したところ、ビスマスの持つ二つの表面電子状態のうちの一つは、互いに逆向きへ伝搬する二つの波動関数から構成され、それぞれが反対向きの面直スピン偏極を持つことが分かりました。
 しかし、通常は対称性の高い場所ではこれら二つの波が量子干渉を起こすことでスピン偏極は完全に打ち消され観測されません。ところが、光電子分光では光電子の放出過程により、その二つの波の一方だけが選択的に観測されるため、本来は打ち消しあってしまい観測できないはずの隠れたスピン偏極が現れることが明らかになりました。
 この現象は、逆位相の二つの音波を通常のマイクで測ると音が打ち消し合って聞こえませんが、指向性マイクで片方だけを拾うと音が聞こえることによく似ています。本研究では、この量子力学的な現象を世界で初めて実験的に実証し、「そこにはスピンの偏りは存在しない」と考えられていた状態が、実際には上向きスピンと下向きスピンをもつ電子の波の状態が重なり合い、完全に打ち消し合う「量子干渉」によって隠されている状態だったことを発見しました。

今後の展開

 今回の成果は、従来の結晶対称性だけでは理解できなかった電子スピンの振る舞いを、「波動関数の量子干渉」という観点から理解できることを示しました。この考え方は、ビスマスだけでなく、強いスピン軌道相互作用を持つ様々な量子材料にも適用できる可能性があります。また、スピン・角度分解光電子分光によって従来は観測できないと考えられていた電子状態を可視化できる可能性を示しており、新しい量子材料やスピントロニクス材料の研究に大きく貢献することが期待されます。

図1 波動関数の量子干渉とスピーカーからの音の波の干渉の様子。2台のスピーカーから出たそれぞれ逆位相の波(音)は中央で干渉して波が消滅する(音が消える)。ビスマス表面にある電子の波(波動関数)は右に行く波と左に行く波では上向きと下向きの異なるスピンを持っているが、それぞれが干渉(量子干渉)すると打ち消しあってスピン偏極はゼロになる。しかし、光電子分光で右に行く波と左に行く波を別々に観測すると、干渉前のスピン上向きの波とスピン下向きの波が別々に観測された。このことからビスマス表面のスピンが観測されないところにも隠れたスピン偏極状態が存在しており、波動関数の干渉によりスピンが見かけ上見えていないだけであることが初めて明らかになった。

用語解説

*1.第一原理計算
 実験をしなくても、物質の中で電子がどのように動くかを、物理法則だけを使ってコンピューターで計算する方法です。
*2.スピン・角度分解光電子分光(Spin-ARPES)
 物質に光を当てると、光電効果によって物質内部の電子が放出されます。このとき、散乱を受けなかった電子はエネルギー保存則に従って物質内部の電子状態の情報を保ったまま放出されます。角度分解光電子分光は、放出された電子の運動エネルギーと放出角度を解析することで、固体内部の電子の束縛エネルギーと運動量の関係、つまりバンド分散を直接観測できる手法です。さらにスピン検出器を加えることで、電子の運動エネルギーと運動量だけでなく電子スピンも分離して観測できるため、磁性体の詳細な電子構造を調べることができます。本研究では広島大学放射光科学研究所で独自開発された低速電子線回折(VLEED)型スピン検出器を用いて測定を行なっています。
*3.結晶対称性
 結晶を回転したり鏡に映したりしても元と区別がつかない性質のことです。この対称性は電子状態の性質を強く制限し、特定の場所ではスピン偏極がゼロになることが理論的に導かれます。
*4.スピン偏極
 電子のスピンが一方向に偏っている状態のことです。上向きと下向きのスピンの数が等しいとスピン偏極はゼロになり、どちらかが多いと有限のスピン偏極を持ちます。
*5.波動関数と量子干渉
 量子力学では、電子は粒子であると同時に波としての性質を持っており、その状態は「波動関数」と呼ばれるもので表されます。二つ以上の波動関数が重なると、波と同じように強め合ったり打ち消し合ったりする現象が起こり、これを「量子干渉」と呼びます。本研究では、逆向きのスピン偏極をもつ二つの波動関数が量子干渉によって互いに打ち消し合うことで、見かけ上はスピン偏極が存在しないように見えること、さらに光電子分光によってそれぞれの波動関数を選択的に観測することで、本来隠れていたスピン偏極を明らかにしました。
*6.スピン軌道相互作用
 電子の運動とスピンが相互作用する量子力学的な効果です。この効果が強いと電子のスピンが運動方向と強く結び付き、特徴的な電子状態が現れます。
*7.波動関数アンフォールディング法
 物質中の電子は、結晶の周期構造に従って波として広がっています。波動関数アンフォールディング法は、複雑に重なり合った電子の波動関数を、もとの波の成分に分けて解析する手法です。本研究では、この手法を用いることで、一つの電子状態が逆方向へ進む二つの波動関数から構成され、それぞれが反対向きのスピン偏極を持つことを明らかにしました。

謝辞

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究A「高効率スピン分解光電子分光法の高度化とスピントロニクス材料の3次元スピン解析」(課題番号:23244066、研究代表者:奥田太一)、米国国立科学財団補助金(課題番号DMREF 2323857)などの支援を受けて行われました。

【お問い合わせ先】

【研究に関すること】
広島大学放射光科学研究所 教授 奥田 太一
Tel:080-6586-9796
E-mail:okudat*hiroshima-u.ac.jp

【報道に関すること】
広島大学財務・総務室広報部 広報グループ 
TEL:082-424-4383 FAX:082-424-6040
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
 

(*は半角@に置き換えてください)


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