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【研究成果】乳中脂肪酸組成等から 乳用牛のメタン排出量を推定する式を開発

 農研機構、広島大学、群馬県および東北大学は、日本の酪農家から広く収集されている乳中脂肪酸組成を含む乳成分情報等を用いて、乳用牛の消化管内発酵由来メタン排出量を簡易に推定する式を開発しました。本成果は、酪農現場での多頭数のメタン排出量の把握を可能にし、遺伝的改良によるメタン排出量の少ない乳用牛の作出につながると期待されます。

 ウシのゲップによる消化管内発酵由来メタンの排出は、農業分野における主要な温室効果ガス排出源の一つです。現在、メタン削減の手法の一つとして、ウシの遺伝的改良が世界的に注目されています。
 メタン排出量の遺伝的改良には、個体ごとのメタン排出量に関するデータを大規模かつ継続的に収集することが必要です。ウシのゲップによるメタン排出量を正確に測定するには、チャンバー1)などの特別な施設が必要です。また、比較的簡便な評価方法としてスニファー法2)があり、研究機関を中心に普及が進められていますが、いずれも呼気のガス分析を行う必要があります。そのため、全国規模でデータを収集するには、呼気を測定できない農家でも利用可能な推定手法の開発が求められてきました。
 そこで、農研機構が代表を務める畜産GHG削減コンソーシアムでは、ウシの消化管内発酵による生成物が乳中脂肪酸組成3)と関係することに着目し、乳中脂肪酸組成を含む乳成分情報からメタンに関する情報を推定する式を開発しました。乳成分情報は、全国の半分以上の酪農家が参加している乳用牛群検定4)で収集されているため、開発した推定式を用いることで、酪農現場においてウシからのメタン排出量を把握することが可能になります。さらに、本成果は、メタン排出量の少ないウシの遺伝的改良に向けて、メタンに関する情報を継続的に収集する基盤となることが期待されます。

開発の社会的背景と研究の経緯 

 日本において、反すう動物の消化管内(ルーメン5))発酵に由来するメタンは、農業部門の温室効果ガス排出量の約27%を占めています(日本国温室効果ガスインベントリ報告2025年)。ウシのルーメン発酵由来メタンは、温室効果ガス削減のターゲットの一つとして関心が高まっており、様々なアプローチで削減に向けた研究が行われています。
 現在、メタン排出量を低減する手法の一つとして、育種改良によって遺伝的にメタン排出量の少ないウシを作出する方法が注目されています。家畜は遺伝的に多様性を持った集団であり、家畜の育種改良では対象とした能力の遺伝的な部分(遺伝的能力6))を推定し、それにより雄の選抜等を行うことで家畜集団の能力向上を図ります。カナダでは、乳用牛の遺伝的能力評価にメタンに関する指標がすでに導入されており、メタン排出量の少ないウシの作出に取り組んでいる状況です。一般に乳用牛の改良では、全国的な酪農家から収集された記録から種雄牛の遺伝的能力が推定されます。そのためメタンの遺伝的改良を行うには、ウシ個体のメタンに関する情報を継続的かつ大量に収集する必要があり、多数の農家からこの情報を安定的に得られる環境の構築が必要になります。
 一方、畜産現場では、ウシのゲップによるメタン排出量の測定そのものが容易ではありません。一般に、メタン測定に用いられる機材や設備は高価であり、それらを導入しても農家に直接的な経済メリットが生じるわけではありません。そのため、特別な測定機材を用いず、メタン排出量を農家から収集できる技術の開発が必要です。
 日本における乳用牛群検定は、乳用牛の飼養管理や繁殖管理の最適化などにより経営改善につながることから全国の半分以上の酪農家が参加しており、加入農家の乳成分等の記録が毎月収集されています。またこの収集された記録を用いて、種雄牛の遺伝的能力が推定され、能力の高い種雄牛の選抜が行われています。この記録からメタン排出量を推定できれば、測定設備を用いることなく、通常飼養下でのメタン排出量を推定し、大量かつ継続的にメタンに関する情報を収集することができます。そこで本研究では、乳用牛群検定で収集されている乳成分などの記録(乳成分情報)を活用し、メタン排出量等を推定可能な式の開発に取り組みました。特に、乳用牛群検定において近年収集が始まった、ルーメン内の発酵と関係があるとされる乳中脂肪酸組成の情報に着目し、推定精度の向上を図りました。本研究で開発した推定式を用いれば、今後収集される記録だけではなく、すでに蓄積されている過去の記録についてもメタンに関する情報を推定することができ、一度に大量のデータを用いたメタン排出に関する遺伝的能力評価が期待されます。

研究の内容・意義

1. メタンに関する情報の推定式
 群馬県畜産試験場および広島大学において、スニファー法による呼気中ガス濃度の測定装置を搾乳ロボットに取り付けて、搾乳時の乳用牛の呼気中に含まれるメタン濃度と二酸化炭素濃度を測定しました。スニファー法によるこれらの濃度は呼気の一部の情報であるため、メタン排出量等を測定することはできません。そのためメタン濃度と二酸化炭素濃度に加え、測定した体重、乳量、乳成分情報から鈴木らの式(Animal Science Journal, 2021)により一日当たりのメタン排出量とメタン転換効率7)を算出しました(ここではこの値を算出値と称します)。得られた記録のうち、初産~3産、搾乳日数6~305日のデータを新たな推定式作成に用いました。メタン濃度と二酸化炭素濃度以外の体重、乳量、乳成分情報から、一日当たりのメタン排出量とメタン転換効率を推定する式を作成したところ、自由度調整済み決定係数8)が0.6以上となる4つの推定式を作成することができました(表1)。
 スニファー法による算出値と開発した4つの式による推定値を比較すると、算出値と推定値が一致する点線の周辺にプロットが分布していることから、メタン排出量とメタン転換効率のいずれも、低値から高値まで偏りなく推定できていることが確認されました(図1)。

表1 搾乳牛のメタンに関する情報の推定式

BW: 体重(kg)、ECM:エネルギー補正乳量(kg/日)、AMY:乳量(kg/日)、PRO:乳タンパク質率(%)、
PFR:乳タンパク質率/乳脂肪率、DEN:乳脂肪中のデノボ脂肪酸割合(%)、MIX:乳脂肪中のミックス脂肪酸割合(%)、PRF:乳脂肪中のプレフォーム脂肪酸割合(%)、Adj.R2:自由度調整済み決定係数

図1 算出値と各開発式における推定値のプロット図
灰色の点線は算出値と推定値が一致する部分である。

2. 産次および搾乳日数による推定値の偏り
 スニファー法による算出値と、乳中脂肪酸組成を利用した推定式による推定値について、産次および搾乳日数ごとに平均値を算出し、条件による偏りがないかを検討しました。その結果、A1,B1,B2の式では、算出値と概ね同様の平均値の推移が示され、産次及び搾乳日数による推定値の偏りがないことが分かりました(図2)。これらの式では、初産~3産、搾乳日数6~305日以内において、偏りなく当てはまりの良い推定が可能であると考えられます。一方、A2の式では、初産の泌乳期全体と2産の泌乳初期で過大推定、2産の泌乳後期と3産の泌乳期全体で過小推定傾向になることが分かりました。これは、A2の式に体重が変数として含まれておらず、ウシの成長に伴う摂食量やメタン排出量の変化を十分に反映できなかったためと考えられます。

図2 産次および搾乳日数ごとの算出値および推定値の平均値
搾乳日数は以下のように区分されている。65:6~65日、125:66~125日、185:126~185日、245:186~245日、305:246~305日。

3. 体重の測定値がない場合の産次別の推定式
 体重は、すべての農家で収集されている項目ではありません。そこで、図2で明らかになったA2の推定値の偏りを軽減するために、産次ごとに一日当たりのメタン排出量を推定する式を作成しました(表2)。これらの式を用いて同様に偏りを確認すると、A2で推定した値の平均値より算出値に近づいたことが分かりました(図3)。このことから、体重の測定値が得られない場合は、産次別の推定式を使った方が、一日当たりのメタン排出量は当てはまり良く推定できると考えられます。

表2 産次別の搾乳牛の一日当たりのメタン排出量推定式

ECM:エネルギー補正乳量(kg/日)、PRO:乳タンパク質率(%)、PFR:乳タンパク質率/乳脂肪率、
DEN:乳脂肪中のデノボ脂肪酸割合(%)、Adj.R2:自由度調整済み決定係数

図3 産次および搾乳日数ごとの算出値および産次別式による推定値の平均値
搾乳日数の区分は図2に同じ。

今後の予定・期待

 本研究では、乳中脂肪酸組成と乳量等を用いて、メタンに関する情報を推定する式を開発しました。本成果は、乳用牛群検定で通常収集されている項目からメタンに関する情報を推定できるため、メタン排出の少ないウシの育種改良に向け、メタンに関する記録の大規模かつ継続的な収集に貢献できると期待されます。また、農家の方々にメタン排出量等を数値として示すことで、ウシのメタン排出に実感を持っていただけるのではないかと考えています。
 一日当たりのメタン排出量の推定では、体重データの有無が精度に影響するため、体重が測定可能な場合は体重を含む式(A1)の利用を推奨します。体重が測定できない場合は、産次別の式の利用が適しています。
 なお、本成果の推定式は2つの試験農場のデータに基づいて作成しているため、今後は農家レベルでの適用性を検討する必要があります。また限られた農場のデータ由来であるため、地域の違いなどの飼養条件によって当てはまりが悪くなる可能性があります。そのため現在、全国規模でのデータ収集を進めるとともに、より汎用性及び精度の高い推定式の開発に取り組んでいます。
 

用語の解説

1) チャンバー
 外気の流入と排気が管理されたチャンバーと呼ばれる部屋にウシを入れ、排出されるメタンを回収し測定する標準的な手法です。メタン排出量を高い精度で測定できますが、施設の建設や運用コストが高いことが欠点です。
2)    スニファー法
 スニファー法はメタンの測定技術の一つです。ウシから排出される呼気の一部を採取し、呼気中のメタン濃度 (CH4、ppm)、二酸化炭素濃度 (CO2、ppm)を測定します。採取・測定できるのは呼気の一部であるため、この方法単独ではメタン排出量を直接測定することはできません。そのため、本研究では、鈴木ら(Animal Science Journal, 2021, doi:e13637)が報告した以下の推定式を用いて、一日当たりのメタン排出量およびメタン転換効率を算出しています。
一日当たりのメタン排出量(L/日)= - 507 + 0.536×BW + 8.76×ECM + 5,029×CH4/CO2
メタン転換効率(J/100 J)= 2.91 - 0.0498×ECM + 51.0×CH4/CO2
ECM = (AMY × (376×FAT + 209×PRO +948))/3,138
BW:体重(kg)、ECM:エネルギー補正乳量(kg/日)、AMY:乳量(kg/日)、 PRO:乳タンパク質率(%)、FAT:乳タンパク質率(%)
3)    乳中脂肪酸組成
 乳脂肪には、炭素数の異なる複数の脂肪酸が含まれています。炭素数が4~14の脂肪酸はデノボ脂肪酸と呼び、主にルーメン内での発酵を経て合成され、粗飼料に由来します。炭素数が15,17,18以上の脂肪酸はプレフォーム脂肪酸と呼び、体脂肪や濃厚飼料に由来します。これらのいずれにも該当しない炭素数16の脂肪酸は、ミックス脂肪酸と呼びます(LIAJ News No.187, 2021)。
4)    乳用牛群検定
牛群検定は、加入している酪農家のウシについて、毎月の乳量や乳成分等の記録を収集・分析し、その結果を酪農家に返すことで、飼養管理、繁殖管理、乳質・衛生管理および遺伝的改良に役立てる事業です。(一社)家畜改良事業団が主体となり実施されています。2025年11月現在で全国の酪農家の52.4%(5,812戸)、経産牛の59.6%(488,643頭)が加入しています。
5)    ルーメン
ウシが持つ4つの胃うち、第一胃をルーメンと呼びます。摂取された飼料はルーメン内の多種多様な微生物により分解され、ウシの栄養として利用されます。その分解過程で、メタンや二酸化炭素等のガスが生成され、ゲップとして排出されます。
6)    遺伝的能力
 親から子へと遺伝によって受け継がれる能力を指します。遺伝的能力を測定することは不可能なので、統計的に体重などの表現型値から環境の影響を除き推定されます。
7)    メタン転換効率
ウシが摂取した総エネルギー量に対する、メタンとして失われるエネルギー量の割合を示す指標です。摂取エネルギーがどの程度メタン生成に使われているかを表します。
8)    自由度調整済み決定係数
決定係数と呼ばれる推定式の当てはまりの良さを示す指標に、推定式の変数の増加による決定係数の上昇に対し補正を加えた指標です。1に近いほど当てはまりの良いことを表します。

発表論文 

著者:R. Tatebayashi, A. Nishiura, F. Terada, T. Tomaru, T. Obitsu, Y. Uemoto, T.Suzuki, I. Nonaka, Y. Saito, O. Sasaki, 
タイトル:Prediction of enteric methane related traits using body weight and milk traits containing the ratios of De novo, Mixed, Preformed fatty acids in milk fat in Holsteins (2026) 
掲載誌:Animal Science Journal 97:e70219 
https://doi.org/10.1111/asj.70219

<著者情報>
農研機構畜産研究部門
主席研究員 佐々木 修
領域長 野中 最子
グループ長 鈴木 知之
連携調整役 西浦 明子
研究員 齋藤 ゆり子
研究員 舘林 亮輝
寺田 文典

広島大学大学院統合生命科学研究科
教授 小櫃 剛人

群馬県畜産試験場飼料環境係
都丸 友久

東北大学大学院農学研究科
教授 上本 吉伸

<関連情報>

予算:農林水産省委託プロジェクト研究「農業分野における気候変動緩和技術の開発(畜産分野における気候変動緩和技術の開発)」JP17935124および「畜産からのGHG 排出削減のための技術開発」JPJ011299
特許出願中

【お問い合わせ先】

研究推進責任者:農研機構 畜産研究部門 所長 石井 和雄
研究担当者:同 畜産研究部門 牛精密管理研究領域 研究員 舘林 亮輝
広報担当者:同 畜産研究部門 研究推進部 研究推進室 渉外チーム 丸尾 幸絵
TEL:029-838-8292    
プレス用e-mail:sh-koho-nilgs*naro.go.jp

本資料は農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会、宮城県政記者会、文部科学記者会、科学記者会、東北電力記者クラブ、群馬県刀水クラブに配付しています。

※農研機構(のうけんきこう)は、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構のコミュニケーションネーム(通称)です。
新聞、TV等の報道でも当機構の名称としては「農研機構」のご使用をお願い申し上げます。

 (*は半角@に置き換えてください)


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