~研究は一種の自己表現~
取材実施日:2013年8月27日
第10回先生訪問は、工学研究院 建築学専攻 建築計画学講座 建築史・意匠学研究室 杉本 俊多(すぎもと としまさ)教授にお話を伺いました。
Profile
1972年 東京大学工学部建築学科卒業
1975-1977年 カールスルーエ大学、ベルリン工科大学研究留学
1979年 東京大学院工学系建築学専門課程博士課程修了
広島大学工学部第四類(建設系)助手、助教授、教授を経て現職
現在の研究内容 — 建築物を通して文化の進化過程を解明する
これまで主にドイツ近代建築史について研究してきています。20世紀の初め頃にヨーロッパでは非常に新しい建築の傾向が見られましたが、私はその中でも先進的だったドイツでの変化や動きを中心とし、建築史学の観点から具体的に解明しようとしています。そこでは美学や歴史学の視点も取り入れつつ、工学技術(CG等)を活用しています。
例えば、20世紀初頃にドイツではブルーノ・タウトという建築家が登場し、第一次世界大戦の直後にユートピア建築の設計案を提示し、理想社会を構想して、社会改革活動を行っています。タウトの残したベルリンの住宅団地群は人類の歴史上での大きな意義が認められて、今では世界遺産に登録されていたりしています。彼ら、20世紀初頭の建築家たちの活動は、建築文化・都市文化における大きな変化をもたらし、それが20世紀の建築の基盤となりました。
21世紀になった現在、約100年前に若いブルーノ・タウトや他の建築家が描いた夢のような提案は、現実性を重視する現代の建築にも、隠れた姿で具体的に実現してきている、と私は指摘しています。さらに数百年を見渡す大きな視点に立って見ると、人類の文化の進化過程というものが見えてきて、文化の創られ方も進化してきていることが分かります。現代の建築と当時の文化にどのような意味やつながりがあるのかを発見し、その進化過程の段階を論理的に解明し、説明していくことが私の研究です。
学生の指導方針-大学生・大学院生は将来の社会を創る人に
大学というのは社会の足りない部分や間違った部分に着目し、社会をリードし、また変えていく立場にあります。大学を出た人には新しい時代を創る人間力のある人になって欲しいと思います。そのために、つねに新しい技術を開発し、提示することが必要です。
以前は学生と一緒に体を動かして歴史的街並みの調査を行い、まちづくりの提案を行ったりしていましたが、最近は研究室で理論を中心に研究することが多くなりました。主に、様々な図面をもとにしてコンピューターグラフィックス(CG)を使用して三次元画像を作成しています。建築は図面上で考え、提案するものであり、コミュニケーションは全て図面や画像を通して行われます。図面を正確に読めて、図面上で何をどうしたら良いか伝えられるように、学生には図面を通したコミュニケーション能力をしっかり身につけてほしいです。(注1)
学生の卒業論文などのテーマは、現在は私が7割程度を決めているのですが、学生が提案したテーマをもとに、私の知恵を提供しつつ、話し合いをしながら研究を進めることもあります。学生が自ら考える力をつけるためには、彼らのアイデアを100%受け入れたいのですが、一方で大学としての研究水準も配慮する必要があるため、研究の過程で時間をかけ、調整しながら指導しています。
(注1) 杉本 俊多先生のホームページ http://home.hiroshima-u.ac.jp/tsugi/TSPS_greeting.html
研究継続における上で大切なこと-”Mut”「勇気」
研究の関係で、ドイツ語に触れる機会が多いのですが、ドイツ語に”Mut” (ムート)という言葉があります。日本語では「勇気」という意味です。他のことをする時もそうですが、研究においては、新しいことに、ためらわずに勇気を出して一歩先に歩を進める気持ちが大事なので、学生にもいつもそう言っています。勇気を持って何かに取り組み、研究を行う中で、予期しなかった得るものがあります。そうすると次の課題が見えてきて、足りない部分やさらに考えなければいけないところから、また新たな別のテーマが浮かぶという連鎖があると思います。研究というのは誰もしてこなかったことを試み、考えなければいけないものです。そうしているとテーマは無限に広がって行くと思います。
挫折しそうな時は、路線を変えて別の方向を取ることもあります。例えば、最近、ネーデルランド(今のベルギーとオランダ)に現れた近世の都市計画の手法と、同じ16世紀の広島城下町の都市計画の手法に共通点を見つけたもので、しばらく比較研究を続けてきています。それはこれまでの常識をくつがえすものなのですが、学問として証拠を揃えることがなかなか難しいのです。論理的な証拠が揃っていないと学術的な論文になりません。しかし行き詰まった場合はその研究テーマをやめるのではなく、シンポジウムなどの場で議論を起こしてきていて、別の方法で成果を残すこともあります。せっかく自分が取り組んできたものなので、何らかの成果にした方が良いでしょう。「転んでもただで起きない」という気持ちで、別のものを掴んで立ち上がって進む気持ちが研究継続においては大切です。
大学で研究を続けようと思ったきっかけ―研究を通して自己表現ができる
大学の先生というのは企業と異なり、誰かに命令されて成果を出さなければならないという訳ではありません。自分でテーマを見つけて決め、成果をあげることができるという、大変恵まれた立場です。ですので、ぜひ大学の研究者になることをお勧めします。
大学4年生の卒業論文研究の時から研究を始めたのですが、研究は一種の自己表現だという面白さに気づきました。その気持ちは大学院に入ってからも続き、大学院生の時も自分で研究テーマを考えて決めました。もちろん研究の大枠は当時の先生の関心の範囲内でしたが、具体的にどういうテーマでどういう風にするかということは自分で決めました。先生と最初から話し合いをするというより、自分で先に色々と積極的に作業をして、最後に先生に見せて、認めてもらうような形で研究を進めていました。研究は一種の自己表現だという面白さを知ったということもあり、誰かに命令されて何かをするよりも、自分がテーマを考え、答えを出して社会に問いかけていける、自由に自己表現ができる大学での研究を選びました。
博士課程進学を考える学生へのメッセージ―夢のある人生設計が大切
日本の大学では博士課程修了後の就職の見通しが見えにくいというのが、残念ながら実態です。大学の研究者になるポストが多いと、安心して博士課程に進み、研究をやって行ってください、となるのですが、実際はそう簡単には言えません。博士課程修了の頃に、他大学なども含めて研究職での求人があり、タイミング良く就職できることもあります。前もって人生設計をしても思い通りに行かないことも多いでしょう。しかし、少し大胆に、自分や社会の将来像を夢想してみると、未来が開けてくるものです。キャリアを考えつつも、夢のある将来の計画を立て、人生設計をすることは大切であり、私は学生にいつもそう話しています。
博士課程の学生はもう大人であり、ある程度、仕事として開発や研究を行っており、学生というよりは職業という位置づけが理想的です。給料が出せればそれに越したことはないのですが、予算がないため現状では難しいところです。特任助教のような研究職やプロジェクトの研究員として雇用するという例もある程度は増えてきているので、上手に活用してもらいたいと思います。若い頭脳が発見したものはいずれ花開くものであり、困難な環境にあったとしても若い人にはつねに勇気をもって、新しいテーマをどんどん開拓していってもらいたいと思います。
取材者:Nuria Haristiani (教育学研究科 文化教育開発専攻 博士課程後期3年)