第6回 先端物質科学研究科 教授 高畠 敏郎先生

先に踏み込むときには幅広い基礎力が味方になる

写真:高畠先生

取材実施日:2013年5月13日

Proflie
先端物質科学研究科 量子物質科学専攻 量子物質科学講座 磁性物理学研究室
 1975年 京都大学 理学部 物理学卒業
1980年 京都大学大学院 工学研究科 博士課程修了
西ドイツユーリッヒ原子力研究所、西ドイツルールボッフム大学、東京大学物性研究所を経て、1988年広島大学総合科学部助教授に着任。95年理学部教授、98年から現職。

現在の研究内容 ― 「捨てられている熱から電気を」

最近は、熱電変換物質の材料開発と物性研究をしています。熱電変換物質というのは、その両端に温度差をつけるとゼーベック効果(物体の温度差が電圧に直接変換される現象)により電圧が生じ、電力を取り出すことができる物質です。
両端に温度差をつけた時の発生電圧(これを熱電能と呼ぶ)が大きいだけでなく、熱が伝わりにくくて、しかも電気がよく流れる物質があれば最適なのですが、普通の半導体や金属のなかにそれを見出すことは原理的にできません。この難問に対し、新物質を合成しながら新規変換物質の探索や物性の研究を進めています。
例えば、カゴ状物質の中には、カゴ中の原子が、がらがら振動するので熱を伝えにくくしていて、かつ大きな電圧を発生するものがあることを発見しました。これらは、効率のよい熱電変換材料として注目されています。
(注1・2:詳しい研究内容紹介は高畠研究室のホームページをご参照ください。)

この材料を応用すると、今まで捨てられていた排熱、例えば自動車の排熱や焼却炉の排ガスなどから電気を生み出せるようになります。そうすることで、より省エネルギーな循環型社会の創造を目指しています。最近、京都市の焼却炉において、Panasonic社が発電実証実験を開始しました。(注3)熱電発電は実用化に向けて少しずつ進んでいますが、熱源を何にするか、その温度はいくらかによって、求められる熱電変換物質の特性やモジュールは異なるので、様々なニーズに対応できるように、より高性能な物質の開発を目指しています。

(注1) 熱電発電について、高畠教授が書かれた研究内容紹介
(磁性物理学研究室HP内「研究内容紹介」より)「熱と電気のハーモニー;熱電変換物質開発」
http://home.hiroshima-u.ac.jp/adsmmag/pdf/topic_takaba.pdf
(注2) 磁性物理学研究室(高畠研)のHP
http://home.hiroshima-u.ac.jp/adsmmag/
(注3) Panasonic 「ごみ焼却施設の排熱から電気をつくる『熱発電チューブ』の発電検証を京都市のクリーンセンターにて開始」
http://panasonic.co.jp/corp/news/official.data/data.dir/2013/03/jn130315-1/jn130315-1.html

研究姿勢 ― 「先に踏み込む時には、幅広い基礎力が味方になる」

研究のスタートは、京都大学 理学部時代に始まります。物理の卒業研究では加速器を用いて原子核反応実験を行いました。大学院では原子核工学専攻に進みましたが、研究対象は原子力では なく磁性と超伝導の相関を選びました。
博士を取得したのち、西ドイツのユーリッヒ研究所とボッフム大学に三年弱滞在し「マイノリティー」であることの大切 さを学びました。運よく採用された東京大学物性研究所助手を経て、広島大学の総合科学部(東千田町)に赴任しました。その後、西条キャンパスに移転した 後、理学部物性学科へ移り、現在の先端物質科学研究科へと、広島大学のなかで3回も移転しました。
私は物理学の基礎を身に着けてから熱電変換材料を研究していることで、幅広い視野を持って取り組むことが出来ています。例えば、材料工学や電気工学を専門としている人が、時代の一歩先に進もうとした時には、基礎的な物理の知識が備わっていないと進むことができません。物理学や数学のような基礎的な学問は、工学や農学に比べて、すぐに役立つことはないかもしれませんが、従来の研究からブレーク スルーするときには活きてきます。ひとつの専門に特化することも大事ですが、それと同時に周辺の領域、基礎となる領域にも触れていくことは重要だと思います。

写真:高畠先生

若い頃の気概 ― 「ひとかどの者になってやる」

私は京都大学の理学部に居ましたが、当時の学生はみな「俺はひとかどの者になってやる」という熱い志を持った人ばかりでした。ちょうど、学生運動が盛んだった頃で、変革のエネルギーに溢れた学生が多かったですね。それぞれの目標を掲げ、それに向かって自分で学問のやり方を学んでいました。そのような人ばかりだったので、同学年では一流の研究者となった方が結構います。皆、大学に入った時から「やってやるぞ」と思っていましたね。

出会った言葉 ― 「窓を開けよう」

学生時代に読んでいたロマン・ロランの著作の中に「もう一度窓を開けよう」(注4)という言葉  があります。
私は「窓を開けよう」と考えていますが、それは、自分を閉ざさないで広く開け放つということです。この言葉に感銘を受け、以降、私の人生に大きく影響しました。具体的に言えば、国内外問わず様々な学生や研究者を受け入れてきました。彼ら・彼女らはそれぞれ成果を上げて巣立っていきました。私がそうやって指導出来ているのも、窓を開けているからだと思っています。

(注4) ロマン・ロラン (1866年1月29日~1944年12月30日)フランスの理想主義的ヒューマニズム、平和主義、反ファシズムの作家。
1916年(50歳)、1915年度のノーベル文学賞受賞。「もう一度窓を開けよう」は、著書『ベートーベンの生涯』の一説。
岩波文庫から邦訳出版のほか、青空文庫には無料公開中の作品多数あり。
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1093.html

写真:高畠先生

研究の視点 ― 「研究はオリジナルな思考を」

オリジナルなテーマを選ぶことを大切にしています。全く新しいことに挑戦するのは難しいですが、何か面白いものが出てきたら、その周辺に着目し、そこでオリジナルなテーマを見つけていきます。そうやって研究を進めていくうちに、気付いたら第一人者よりも前に行っていることもあります。

指導方針 ― 「自分で考えられる学生を育てる」

学生には自分の頭でしっかりと考えるように指導しています。研究だけでなく就職活動においてもです。理学部物理科学科の4年生のうち、約半数がこの先端物質科学研究科の量子物質科学専攻に進学してきます。そしてM1の1月頃に、企業へ就職するか、教員になるか、Dへ進学するかを決めます。この岐路に立った時、迷う学生ももちろんいます。
そういう時、私は相談を受けたら学生の研究態度や資質を鑑みて、率直に話します。企業や教員の方が向いている学生にはその方面を勧め、Dへ進学して将来的に研究者となれそうな学生には進学を勧めています。学生には今後の長い人生があるので、本人の特徴を慎重に見極めて、Dへの進学を勧めています。このようにしてDへ進学してくるので、私の研究室ではDの学生全員が学振の特別研究員に採用されています。それは、Mの時にしっかりとした研究成果があることに加え、申請書類の作成も丁寧に指導しているからでしょう。

写真:模型

D人材とは ― 「優れた専門性・人間性、そして自分の頭で考えられること」

D人材の価値は、自分の頭で考え、判断できるところです。研究を進める上では必須の能力ですが、それはDへ進学したからこそ身に付いてくるとも言えます。例えば、研究についての議論で、私がこうだと述べても、それに対する反対意見を納得のできる論拠を持って言える、というのも、一つの価値です。
研究室の学生には、学部4年生の時から自分でとことん考えるように指導しています。Dまで進学してくると専門性が身に付く上に、人間性も優れてきます。それは、長い研究生活のうちに培われてきたものだと思います。なぜなら、研究というのは上手くいかないのが普通なので、そういう状況下でどうやって研究を進めていくか、どう乗り越えていくかが鍵となっています。このような局面を自身の力で幾度も乗り越え、辛い状況で進んでいく力を獲得していく結果、人間性も優れてくるのでしょう。

D進学を目指す学生へ ― 「若いうちに挑戦を」

大学の教授を目指す、といったDへ進学しなければ就けない職を目標にしていなくても、自分の力をどこまで伸ばせるか挑戦するためにDへ進学する価値はあります。
若い時にしか持てない情熱があるので、挑戦する意志があるなら飛び込んでみてください。やってみてから次を考えましょう。
進路選択で悩んでいるなら、とにかくチャレンジしてみてください。やる気のある学生なら、大丈夫です。こちらも全力で応えます。

写真:高畠先生

取材者:志田 乙絵 (文学研究科 人文学専攻日本・中国文学語学コース 博士課程前期1年)


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