第26回 工学研究院 教授 大下 浄治先生

大下先生 写真

新しい物質を生み出す楽しさ

取材実施日:2016年7月29日
第26回先生訪問は、工学研究院 物質化学工学部門 応用化学専攻 大下浄治 教授に話を伺いました。シャンプーから料理道具、宇宙服まで幅広い製品に使われているケイ素を専門にしつつ他の様々な元素も用いて、日夜新しい物質を開発しようと奮闘している大下先生。気さくでポジティブな先生に化学の世界についてお聞きしてきました。

Profile

1987年3月:京都大学院工学研究科合成化学専攻博士課程前期修了
1987年9月:同大学院工学研究科合成化学専攻博士課程後期中途退学
1987年10月:広島大学工学部第三類応用化学講座 助手
1991年5月:工学博士(広島大学)
1991年9月–1992年9月:ドイツミュンヘン工科大学博士研究員(H. Schmidbaur 教授,フンボルト財団奨学生)
1997年8月:広島大学工学部第三類応用化学講座 助教授
2001年4月:九州大学有機化学基礎研究センター 助教授
2003年4月:広島大学大学院工学研究科応用化学講座 助教授
2005年4月:同教授
2006年度:大阪大学産業科学研究所 招聘教授
2013年3月:DP(Distinguished Professor)に認定

有機電子材料の開発

私の現在の主な研究テーマは有機電子材の開発です。聞き慣れないかもしれないですが、電子材料とはスマホ、デジタルカメラ、太陽電池などの電子機器の中に用いられる材料で私たちの生活に広く使われている身近な物です。例えば、iPhoneなどの画面に使用されているのは有機ELと言って、これは曲げることが出来るという特性を持ち、従来の液晶(固体と液体の間のような物質で、刺激で固体と液体を行き来する。その特性を生かしディスプレーに用いられている)と比較して扱いが簡単であるし、理論上は消費電力をかなり抑えられます。そのため液晶が実現できなかったことも有機ELなら実現可能になるのではという話もあります。
以前は電子材料としては無機物を用いて開発していましたが、最近ではより軽くて柔軟な有機物を用いる研究も盛んに進められてきています。無機物は固くて重く、有機物は構造の骨格が弱く耐久性が低い点、比較的高コストであるという点が特徴として挙げられます。現在は有機物無機物と分けて考えるのではなく、よりフレキシブルに研究を行うようになってきてその境界が曖昧になっています。無機物と有機物を組み合わせると両方の特性を持ち合わせた素材を作り出すことが可能になります。
約10年位前に違う研究室の方にこのような話を持ちかけられ、取り組んでみたのがきっかけで、研究を行っているのが有機薄膜太陽電池の開発です。これは今現在流通している太陽電池パネルと比較してもっと軽くて柔軟であるというだけでなく、直射日光は苦手だけど、室内に入ってくる日光や壁に反射する日光をよく発電するという特性があります。まだ実用化の段階ではないですが研究は進んでいて、効率の面ではまだまだ改良の余地がありますが、物質の特性を活かして特殊な用途に使えるようになるのではないかと言われています。

身近な元素:Si(ケイ素)

私が専門として扱っているケイ素は、地球上で人類が採取できる範囲の中で2番目にたくさんある元素です。身の回りにもたくさんあり、例えば、普段何気なく見かけるその辺の石はほとんどがケイ素を含んでいます。このケイ素から酸素などの不純物を取り去り再結晶という方法でさらに純粋にすると、シリコンウエハー(写真)という光沢のある金属になります。

写真:ケイ素の純度を最大限に高めて作られたシリコンウエハー。

写真:ケイ素の純度を最大限に高めて作られたシリコンウエハー。棒状のシリコンを薄く輪切りにしたもので、これ自体が1つの結晶から成ります。

この板の上にいろいろ配線すると、トランジスタ(電気の流れをコントロールする部品)が出来上がります。電子機器の製造が盛んな地域のことをシリコンバレーなどと言ったりすることで耳にしたことがある方も多いと思います。このシリコンというのは、半分金属のような物質なのですが、このシリコンから化学的に合成される高分子がシリコーンと言われるもので、温度変化に非常に強いこと、人体への影響が少ないことなどの性質を生かし、シャンプーや口紅、風呂場のタイルの目地、ゴム状の樹脂でできた料理道具、宇宙服まで非常に幅広い分野に用いられています。

写真: これらのビンの中身はすべて同じ元素、ケイ素を含む物質。

写真: これらのビンの中身はすべて同じ元素、ケイ素を含む物質。一番左は金属で、真ん中と右は、金属ケイ素から合成されるシリコーンオイルです。

研究のきっかけはアポロ11号

シリコーンが一般に知られるようになったのは、アポロの搭乗員が着用していた宇宙服にたくさん用いられたことがきっかけかもしれません。というのもケイ素は熱の変化に非常に強く、温度変化の大きい宇宙空間でも劣化しないからです。大学生時代、私が研究室訪問をした際に先生がこの話をしてくださったことに惹かれたのがきっかけで、この研究分野に取り組むことにしました。当時私が在籍していた学科は有機化学しかないようなところでしたので、シリコンを扱う研究が目新しくおもしろそうだと感じていました。そもそも自然科学に興味を持ち始めたのも、子供のころにずっと見ていたアポロ11号の映像が心の中に残っていたこともあるのかなと不思議な縁を感じます。
研究者になった経緯に関しては私の場合、ある特定の時期に研究者になろうと決めたというわけではなく気が付いたら研究者としての道を歩み始めていたという感じです。博士課程後期1年生の時に助手になり、そのあと博士号を取ってドイツへ研究するために留学しました。就職するという気持ちは無いわけではありませんでしたが、タイミングがつかめなかったか、私自身に余裕がなかったのか気が付いたら研究者になっていて、現在まで続けている次第です。
最初はシリコンの化合物の物性や基礎反応など基礎的な研究に取り組んでいましたが、だんだん世の中の役に立つ何かを作り出したいと考えるようになり、現在に至ります。留学先の先生はあまりこだわらずに、興味があればいろいろな元素の研究に取り組んでみるという姿勢でしたので、その影響もあって私もシリコンだけでなくゲルマニウム、アンチモン、ビスマスなどほかの元素の研究もするようになったと思います。
留学先の先生とは、たまたま広島大学に講演に来られていてそこから縁があり留学しました。留学先の研究室もフランス、日本、スペイン、シンガポールなど国籍も様々な学生たちがいて、彼らとは今でも交流を持っています。

写真 大下先生

物づくりの面から世の中の役に立ちたい

先ほども言ったように、研究を長く続ける中でだんだん世の中の役に立つ物を作って世に送り出したいと考えるようになりました。もちろん大学の教員ですから、学生さんを指導して社会に送り出すことや、研究論文を執筆し成果を発表することはずっと行ってきました。しかし、私は技術や知識をたくさん身につけさせてもらったことをあまり世の中にお返ししてないなと思っていて、何か返したいと考えていました。電子材料などの研究に取り組んでいるのも、その気持ちがずっとあったからかもしれないですね。
最近の取り組みとしては、去年からダイナマイトの成分に反応して色が変わる化合物の研究開発を始めました。テロや紛争地帯の地雷の発見など世界中で様々なことに役立てたいと考えて取り組んでいます。ある企業と協力して実験を行っていますが、まだまだ試行錯誤しているところです。また、私はいろんな人と共同研究しながら珍しい物質を作っていることが多く、合成した物質を欲しいという方も多いので、今はそれを世界中の研究者や技術者の方々に使ってもらえるようにしているところです。その流れでつい先日も東広島市のくららで研究者の1人として講演を行いました。
これらを通して、私の開発した物質で皆さんの生活がより良いものになるよう頑張りたいと考えています。

転んでもただでは起きない!―失敗の中から次の手掛かりを見つけ出す

私たちの研究では、10やっている実験のうちの9は、大体失敗に終わります。実験というのはそのくらい失敗が付きものなのです。慎重に手順を積み重ねていっても最後の段階でこけることもよくあり、思い通りの結果になることはほぼありません。たとえば、実験を行う前に慎重にシミュレーションをしますが、常にうまくいくことはないし裏切られることが多いです。シミュレーションは通常分子1つ分にしかやりませんので、実際に製品を作るときのようにたくさんの分子の集合体になるとどうなるか分からないという面がありますので、そこがつらいときもありますね。このような感じなので、ダメになった部分からいかに次に生かせる何かを探せるかが重要になります。もちろん思い通りにいくこともあって、その時はとても面白いですが、ダメな中から何かを探してくるのが楽しいです。
色々ありますが、研究をするうえで一番大事なことは、結果が振るわないときでもいつも楽観的に頑張って、上手くいかないことをいつまでもくよくよしないことですね。ダメな中から何かプラスになることを探すことが研究者として大事なので、失敗を積み重ねてもくじけず取り組み続けることだと思います。もう一つ大事なことは、変なことが起こった時にちゃんとそれをキャッチできる姿勢を保ち続けることです。例えば、実験で偶然全然違う化合物ができた時に、ああできなかったとそれを捨てるか、何故こんなものができたのか考えるかで、その後が全く違ってきます。その失敗が思いもよらない面白い結果につながることもあります。研究者に向いているなと思うのは、このように些細なことでもちゃんとそれに注目して、上手くいかなくても常に何故こうなったのか考えられる人かなと思います。

学生への接し方―自分で考える力

学生に指導する時には、実験による事故だけは起きないように気を配っています。危険な物質も扱えるようになるのがこの工学部応用化学の教育だと思うので、事故が起きずにたくさんの実験に取り組んでもらいたいです。以前と比べて実験環境は格段に向上していますが、100%安全とは言えないし、事故を起こすことでストレスを感じてほしくないので、きちんと責任を持ってみています。
また、研究室の学生には自由に考えていろんなことに取り組んでもらいたいです。学生自身が色々思いついたことを自由に取り組み、それについてディスカッションするときは楽しいです。一方、学生がずっとデータが取れなくて苦しんでいるのを見るのはこちらも苦しいと思うこともありますね。その中で、ある日データが取れたと学生が喜んでいるところを見るのは嬉しいし、楽しみでもあります。時には基礎的なことで教育的な指導が必要な場合もありますので、何かをする前に声はかけてほしいですが、自分で考えて取り組む気持ちは大事なので、そういうところを伸ばしてほしいです。あまりこちらがいろいろ言うと自主性が損なわれることにもなりますので、その辺のバランスが難しいですね。

写真: 大下さんと研究室の学生

D進学を考える学生の皆さんへ

専門外のことはあまりわからないのですが、理系の場合でいうと社会に出てから博士号が必要になる話が良く聞かれますし、社会人の方がDrを取得するためにもう一度社会人Drとして大学へ戻ってくることもよくあります。取得しておいた方がその後の仕事の面でお得という一面もありますので、資格を取るつもりというのではないですが、学生のうちに挑戦してみるといいかなと思います。少し時間はかかりますが、自分の好きな勉強を好きなように取り組んでみてはいかがでしょうか。もし、あなたが大学院で技術や知識を蓄えて社会の役に立つ人間になりたいのなら、ぜひ研究を続けてみることを考えてほしいです。

総合科学研究科 博士課程前期2年 谷 綺音


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