第16回 教育学研究科 教授 宮谷 真人先生

写真:宮谷先生

~脳の電位の変化から人間の感情と行動のメカニズムに迫る~

取材実施日:2014年8月21日
第16回の先生訪問は、教育学研究科 心理学専攻 心理学講座 宮谷 真人(みやたに まこと)教授です。

Profile
1980年 広島大学教育学部心理学科 卒業
1985年 広島大学大学院教育学研究科博士課程 単位取得後退学
琉球大学助手、広島大学講師、助教授を経て2003年より現職。

研究内容―「記憶と感情から考える人間の行動」

広島大学で働き始めて、「ワーキングメモリ」という概念の研究を始めました。この概念は一時的に情報をとどめておいて、それを思考や意思決定に利用していくという、人間の認知にとって重要なものです。研究の中でこのワーキングメモリが単にものを覚えるだけではなく人間の知的な働き全般に関わることが明らかになってきました。認知全般に関わる機能として「抑制」というものが重要だとわかってきました。我々は常に外界から多くの情報を得ているのですが、「抑制」は情報の選択処理を行なっています。この抑制効果がないと思考の中に情報があふれかえってしまい、知的な機能がうまく働かなくなると考えられています。つまり、多くの外的情報の中から一部を選択して一時的に保持し、それと長期の記憶に基づいた予想を立てて、意思決定もしくは行動に移るのが人間の認知メカニズムだと考えられます。大変興味深いことに、抑制機能は文字などの感情的に意味のない抽象的な事物と顔などの感情を喚起する対象では異なったメカニズムで行われていると考えられています。私たちの研究室では人の脳で事象関連電位を計測することで、このような認知・行動のメカニズムを解明しようとしています。
先にも述べましたが、人間は記憶に基づいて予想を立てて意思や行動の決定に反映しています。この予想が内的世界(メンタルモデル)で、これにより私たちは常に外界で生じる変化を予測していると考えられます。メンタルモデルに一致する出来事には反応しやすいですが、予測と違うことが起こると、脳波は非常に大きく変化します。私たちは行動を抑制することに対して感情がどのように関与するかについて、脳波を指標として実験を進めています。こうした行動の抑制と感情の接点がうまく機能しなくなって起こるのが「キレる」という現象なのではないかと私は考えています。今後この記憶と感情に基づく行動のメカニズムが解明されることで「キレる」現象を抑制することも可能ではないかと考えています。

指導方針―「自由で自主的なテーマ設定の中で生まれるインスピレーション」

基本的に学生が自分自身で発見した興味やテーマに取組んでもらっています。もちろん興味を持ち、テーマを決めても現段階の設備や研究法では不可能であったり、研究として成立しないものがありますが、その時は一緒に研究テーマを探すようにしています。テーマを自分で選ぶことで責任感とやる気が育ち、研究意欲となります。この研究意欲が博士課程後期に入学し、研究していく時にとても役立ちます。学生とテーマを決めていく時に気を付けていることが「ひとりよがりにならない」ということです。既存の研究などを調べ、自分以外の研究者の取組みを理解した上で研究を行うことは、当たり前のことですがとても大切です。すべてを網羅することはとてもできませんが、全く新しいテーマに取り組むときは私も学生とともに新規分野について勉強します。こうして学生にテーマを決めてもらうことで私自身も新しい分野への理解が深まり、新しい考え方や課題の発見することができます。

研究継続における上で大切なことー「耐え抜く力とネットワーク」

私が研究継続における上で必要だと思うものは2つあります。1つ目は「耐える力」です。大学院生の皆さんなら経験があるかたもいらっしゃると思いますが、理屈では上手くいくはずのことでも、実験手続きや教示の少しの違いでなかなか予定した結果が出ないことがあります。何度も失敗して、工夫を凝らしても期待した成果が出ないときはあります。そこで研究を投げ出さずに耐え抜く力は研究を続ける上で必要不可欠です。さらにD卒業後、先行きの見えないときもありますのであいまいな状況に耐えられる力も必要です。
2つ目は「人とのネットワーク」です。研究を熱心に行っていると狭い研究室に籠りがちになってしまう時がありますが、色々な視点を持つために研究室から飛び出していろいろな先生の指導を仰ぐことが大切です。学会などで出会う人の研究そのものは論文を読めば理解することができますが、それだけではその人とのつながりは持てません。自分からどんどん声をかけていくとよいと思います。初対面の学生さんから話しかけられて悪い気持ちになることはありません。最初は勇気がいるかもしれませんが学生の皆さんにはどんどんコンタクトをとって、ネットワークを拡げていってほしいと思います。こういうことができる人が経験上、研究的にもキャリア的にも良い方向にいっていると私は感じています。
私も博士課程が終わった時に就職が無くて2年間研究生をしたときは将来が見えず、とてもつらい時期がありました。しかし、知り合いの先生方が非常勤の講師などを紹介してくださり今も研究者を続けています。

写真:宮谷先生

大学で研究を続けようと思ったきっかけ―「世界で自分しか知らない答えを持つ喜び」

私は大学に入る時から研究者になろうと決めていました。心理学は他の学問に比べて学問として成立してから100年少しと歴史が浅く、そのため自分でもいろいろ試せること、発見が多いのではないかと思い選択しました。研究者として一番の喜びはまだ解決されていない問題を解決し、世界で自分しか知らない答えを一瞬でも手にすることができるということです。その瞬間の喜びは何物にも代えがたく素晴らしいものです。これを素晴らしい、楽しいと思える人は研究者として楽しくやっていけると思います。

博士課程進学を考える学生にメッセージ-「リサーチリテラシーは生きる力」

Dの世界でしか経験できない様々な経験があります。将来のことを考えると不安かもしれませんが、あまり固定的に考えず、どんな進路を進むにせよ必要な人間力を鍛えるのに非常に素晴らしい場所だと考えるといいです。リサーチリテラシーという研究者として必要な資質があります。例えば「一つの立場に固執しないでいろいろな立場を考えてその中で適切な結論を出していく力」です。この力は研究を進める過程で色々な立場の人との活発な意見交換の中で鍛えられていきます。長い人生のどこかの段階でこのような力を徹底的に鍛えることはとても大切だと思います。

写真:宮谷先生の研究室での実験の様子

取材者:岡田佳那子(理学研究科 生物化学専攻 博士課程後期2年)


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