第13回 工学研究院 教授 大久保 孝昭先生 

写真:大久保先生

~ スクラップ&ビルドからストック&リノベーションへ ~

取材実施日:2014年3月19日

第13回先生訪問は、工学研究院 社会環境空間部門 大久保 孝昭(おおくぼ たかあき)教授にお話を伺いました。

Profile
1981年 九州大学工学部建築学科 卒業
1986年 九州大学大学院工学研究科博士課程修了
九州大学助手、助教授を経て1993年建設省(現国土交通省)建築研究所に入省
2004年広島大学大学院工学研究科に着任、組織改編に伴い2010年から現職

現在の研究内容 — 「建築物を長持ちさせる研究」

建築物を長持ちさせるための研究をしています。現在の日本では、建築物の間取りや美しさといった意匠設計、耐震性や耐火性といった構造設計、電気の送配電や空調といった設備設計に関しては数多くの研究がされています。その一方で、建築物の耐久性についてはほとんど研究されていません。そこで、私は建築物を長持ちさせるための研究こそやるべきだと感じ、長年研究テーマの主軸として据えています。
建築物を長持ちさせるためには、作り方も大事ですが、何より維持管理を適切に行うことが重要です。手入れを何もせず、作りっぱなしで放置すれば、どんな建築物も壊れてしまいます。私たちの住む家は30年周期で交換されてきました。しかし、きちんと管理をすれば100年以上住むことも可能だと考えています。定期的に健康診断をしている人は長生きすることができるのと同じです。
維持管理のための手段として、建築物の振動を測定することを提案しています。新しい建築物は速く、小さく揺れます。対して、古くなった建築物はゆっくり、大きく揺れます。建築物のどこかにひびが入ると、ひびのある方へ揺れが偏ります。新品の椅子と古くなった椅子の揺れ方を想像すれば分かると思います。建築物の振動は、老朽化や欠陥を探る上で有益な情報と成り得るのです。
建築物の維持管理に振動を利用しようという考えは、建築業界だけでなく土木業界でも古くから言われてきました。しかし、振動を測定するには、建築物に大きな有線装置を取り付ける必要がありました。そのため、一つの建築物の振動を測定するだけでもかなりの労力がかかり、維持管理のための持続的な利用は困難でした。そこで、大きな装置やケーブルを用いる必要のない無線機を開発しようと考えました。しかし、建築物の振動を無線で送受信するには高度な技術力が求められます。私が当時所属していた建設省には潤沢な資金はあっても、精度の高い無線機を開発するための技術力は持っていませんでした。結局、無線機器開発が実現しないまま広島大学に転職することになり、建築物の振動を無線機器で測定することを諦めていました。そんな中、東広島市主催の産学マッチングイベントで、「アルニック」という会社に勤める東広島市の技術者と出会いました。その人は、人間の動きや脈拍に関する情報を無線で送受信することのできる無線機器を開発していました。この技術を利用することで、建築物の振動を測定する無線機器を開発することができ、現在はベンチャー企業を立ち上げて販売するに至っています(注1)。
無線機器は人間にとってのレントゲンのようなものです。たとえレントゲン写真を撮って体内を見たとしても、病気を診断するための医師の目が養われてなければ意味がありません。私たちは建築物の振動を簡単に測定することができるようになりました。しかし、その振動が建築物のどんな状態を反映しているのか判断するための医師の目をまだ持っていません。今後は、建築物の振動に関するデータを蓄積し、建築物の状態を診断するための名医の目を養っていきたいです。

大久保先生の研究室のホームページ http://bmc.hiroshima-u.ac.jp/index.html
(注1) 株式会社 建診技術研究所のホームページ http://www.sastec.co.jp/

学生の指導方針 - 「個性の尊重と社会に出る練習」

学生の個性を伸ばすようにしています。明るい子や大人しい子などそれぞれの学生に個性があるため、拘束はせず、かなり自由にさせています。学生全員を同じレベルまで引き上げようとは思っていません。それぞれの学生に適した目標設定や指導の方法を考えています。
学生には、社会人の予備軍として色々なことを体験して欲しいと思っています。そのため、研究の他にもアルバイトや部活動に取り組ませ、それらを両立するようにと伝えています。研究との両立を通して、様々な人と交流をするだけでなく、同時に物事をこなすことに慣れて欲しいと考えています。社会に出ると、一つの仕事だけに集中していればいいという状況はほとんどありません。多くの場合、複数の仕事を同時にこなさなければいけません。その練習のためにも、学生には複数のことを同時にこなすようにしてもらっています。

研究面に関しては、研究室全体で行うゼミに加えて、院生が中心となった学生のみのゼミも行っています。年の離れた私に教わるよりも、年の近い院生に教わる方が、学部生の飲み込みは早いです。また、院生の指導力も育てることができます。大学を卒業した人は、社会のトップに立つことを期待されます。そのため、後輩や部下を指導するための技術が必要になってきます。院生には実験の方法から研究に対する考え方まで、学部生に教えることを通して、社会に出ても通用する指導力を備えて欲しいです。

研究継続における上で大切なこと - 「明確な目標とv.s.o.p」

明確に目標を設定することです。研究でここまで明らかにしたい、とはっきり決めることが一番大事です。目標に対し真っ直ぐ研究を進めていく場合もあれば、目標から派生したサブの研究から回り道しながら進めていく場合もあります。どんな手順を踏もうと、何をどの程度明らかにし、どこに貢献させたいのかを明確にする必要があります。目標を曖昧に設定した研究は必ず失敗します。
私がまだ学生の頃、先輩からこんな話を聞きました。「研究者にはv.s.o.p.が必要だ」と。みなさん、v.s.o.p.って知っていますか?お酒が好きな人は分かるでしょう。そう、ブランデーです。【(注)v.s.o.p.はブランデーの等級を示すが、そのまま商品名になっているものもある。】「研究者にはブランデーが必要だ」と先輩は言った後に、このv.s.o.p.を次のように解釈してくれました。VはVitality、SはSpeciality、OはOriginality、PはPersonalityだと。この4つのキーワードと明確な目標を持つことで、研究はさらに発展していくと思います。

大学で研究を続けようと思ったきっかけ ― 「若い人を育てたい」

九州大学で助教授まで勤めた後、建設省(現国土交通省)の建築研究所へ出向しました。九州大学を出た理由は、大学という狭い世界だけでなく、もっと色々な世界を体験したいという思いがあったからです。そこで、東京にいらっしゃった先生と相談した結果、建設省に入省することに決めました。
当時の建築研究所では40歳から50歳の間にほとんどの人が大学教員に転職していました。管理職になってしまうと研究ができなくなるからです。建設省に入省してからは、学生や助教授時代よりも、年下の方と接することを楽しく感じ、若い人を育成したいという情熱がわいてきました。ですので、研究を続けていく以外にも若い人の教育に力を入れるため、もう一度大学に戻ることにしました。

写真:大久保先生

博士課程進学を考える学生へのメッセージ ― 「これからの日本を支える覚悟」

D進学を決めたのなら、学位取得まで一心不乱に研究して欲しいです。博士号取得者に対する日本国内の受け入れ体制はまだ整っているとはいえません。将来のことを考えると不安かもしれませんが、状況が良くなることを信じて研究に取り組んでください。
大学での基礎研究が世の中を支えています。ですから、自分の研究に自信を持ってください。今までは親の世代におんぶに抱っこの気分だったかもしれませんが、これからの日本を支えていくのは現在学生であるあなたたちです。日本を支えるのは自分だという責任感と気概、やる気を強く持ってください。そして、Dの学生には日本を支える若者の先頭にいることを自覚し、これからの日本を導いていくことを望んでいます。

取材者:杉江健太 (総合科学研究科総合科学専攻 人間行動研究領域 博士課程前期1年)


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