第17回 総合科学研究科 准教授 杉浦 義典先生

写真:杉浦先生

~個性と病気の狭間にある心理学のパイオニア~

取材実施日:2015年1月16日
第17回の先生訪問は、「ホンマでっか!?TV」に出演され、異常心理学者として第一線で活躍される総合科学研究科 総合科学専攻 行動科学講座 杉浦 義典(すぎうら よしのり)准教授にお話を伺いました。

Profile
1996年 東京大学 教育学部 教育心理学 卒業
1998年 東京大学大学院 教育学研究科修士課程 修了
2002年 東京大学大学院 教育学研究科博士課程 修了
日本学術振興会特別研究員のPD、信州大学 人文学部 助教授を経て2007年 10月より現職

研究内容―「心理学の先にある病気」

皆さんは家を出て学校や仕事に向かう途中、ふとした瞬間に「家の鍵かけたかな?」、「ガスの元栓閉めたかな?」と思ったことはありませんか。人によって気になるところは異なると思いますが、一度は経験があるのではないでしょうか。このような疑問が浮かんだ時に確かめに家に帰る場合もありますが、多くの人が何らかの方法でこの疑問を忘れておくことに脳内で処理してしまいます。
私の研究している強迫性障害(OCD)はこの疑問を忘れることが非常に難しくなる心の病気で鍵をかけたか心配で何度も家に確かめに帰るので遅刻をすることを繰り返したり、仕事が手につかなくなったり、ひどい方は家から出ることができなくなってしまいます。OCDの方は決して記憶力が悪いわけではありません。記憶力のみの測定をすると通常値、もしくは通常より良い傾向にあります。また、年を取ったから発病するという訳でもありません。OCDの発症率がもっとも高いのは20代といわれています。その他の多くの心の病の発症も20代が多いといわれています。これは大学生や新社会人という年齢は周囲からの自立と庇護の境界線上にあり、非常に不安定な状態にあるからだと考えられます。こうしてお話しすると多くの方が自分もOCDかもしれないと不安になると思いますが、私たちは個性の範囲内で家の鍵やガスの元栓などが非常に気になる人とあまり気にならない人がいます。個性とOCDの境界線はこうした気になることによって生活に支障をきたすかどうかだと考えられています。
OCDの様な生活に支障を来す心の問題は少し前までは医学分野での実生活に支障が出てはじめて治療するアプローチが取られていました。しかし、私が学生の頃に欧州で心理学的アプローチから心の病を解明する研究が行われていることを、当時指導してくださっていた先生から教えていただき、この分野の研究を先生とともに日本で始めました。当時の医学的なOCDなどへの対応は、こころで気になっても確かめに行くという「行動」を行わないようにしようというものでした。OCDの治療で難しいところはこうした「行動」の制限による治療を行っても、根本の「こころ」の中の問題は全く直っていないということが多かったり、気にしないようにすることが精神的にとても苦痛であったりすることです。近年の医学的なアプローチではセロトニンなどの関与や遺伝学的に解明しようという研究もあります。こうした研究はとても重要だと考えていますが、私は心の苦痛を和らげ、気にならなくなるために心理学的な手法でこの病気に向きあって行きたいと考えています。
私の研究は患者さんのお話を聞いたりアンケートをおこなったりする事で評価する「主観的評価」で行っています。最近ではアンケート調査もインターネットを使って多くの方から聞くことが出来るようになったので格段に研究が進めやすくなりました。性格的な事、環境、様々な事が関与して「こころ」の病になってしまうケースがあります。どのようになったらOCDになるかなどはひとつの原因ではありませんが私が行っている研究で心理学的アプローチからこうした病気に苦しむ患者さんたちが少しでもよい方向に進むように手助けができたらと思っています。

写真:杉浦先生

指導方針―「己のできることを知る。外とのつながりをもつ」

学生たちに常に言っているのは「外につながりをみつけよう」ということです。私の研究分野は研究として成立してから歴史が浅く、国内にそんなに多くの同じ分野の研究者がいるわけではありません。更に私が学生時代を送った東京のように多くの大学が隣接しているわけでもないので、限られた回数しか同じ研究分野の人や先生と話せる機会がありません。その中で自分の研究を面白いといってもらい、また相手の研究の新しい最新の部分まで触れることができるようにしたいと思うはずです。そのために私が必要だと感じているのが「下調べ」です。読めるものを読んでいくことで相手の事を知っておけば話も弾みますし、短い時間でも太いパイプが出来ると思います。当然のことのようですがこの下調べをしっかり出来ているかで印象がガラリと変わります。やはりよく勉強している学生には好印象を覚えるので皆さんもしっかり勉強されてからが良いと思います。
こうした別のラボの人々との関係ができると自ずと見えてくるのが「今、自分に出来ること」です。研究室にある設備や文献、立地条件でそれぞれ出来ることが異なると思います。設備をいろいろとそろえたりすることはなかなか出来ません。そこで他人をうらやむのではなくて自分の研究において出来ることを再確認してその良さを最大限に生かした研究を行う事が大切だという考えをもってほしいと思っています。

研究継続における上で大切なことー「焦らず、人とのつながりを大切に」

私の様に人とは異なった分野や新しい分野の研究を行っていると発表を行っても、なかなか研究のおもしろさを理解してもらえないことがあります。ここで大切なのが「焦らない」ということです。理解してもらえないと悲しくて、自分の殻に閉じこもって伝える場に出なくなる人がいます。しかし、伝え続けなければ一生伝わることはないのでめげずに発表してもらいたいです。そして、伝えたい先生や先輩などを見つけてください。焦らず、伝え続ければ必ず何人かは面白さ共感してくれる人とのつながりが出来てくるはずです。そういった人たちに出会った時、自分の研究を続けていてよかったと思うと同時に新しい見解やつながりを見つけることができるはずです。このつながりは分野によって広さも深さも異なりますが、研究に行き詰まったときや進路に悩んだときにこの「人とのつながり」はとても大切だと感じました。

博士課程進学を考える学生にメッセージ― 「研究は求めなければやってこない」

大学院に進学しようとする時にだれもがこれからの生活の事、お金の事を考えると迷うことも多くあると思います。しかし、残念ながらこうした人間として世知辛い問題は博士課程に進まなくても一生ついてくる問題です。いうなれば、求めなくてもやってくる問題と言えます。しかし、研究は違います。あなたが研究を求めなくなった瞬間、研究を行う上での問題はきれいになくなってしまうのです。もし、あなたが研究に魅力を感じたらDの世界に入ることを考えてみてください。その時に重要なのが頭の中だけでなく、研究を今後も続けていくという実感が実験や作業の中で感じることができるということだと思います。これはとても感覚的なもので一人ひとり違うと思いますが、私の場合は文献でいろいろなことを調べているときに「多分、この作業は自分はずっとつづけていくだろうな」と自分の中でストンと腑に落ちた時がありました。逆に実験やものを調べる作業が苦痛に感じる人はあまりお勧めしません。Dの世界は研究を求める人には広く開かれています。研究を求める人はぜひチャレンジしてみてください。

写真:杉浦先生

取材者:岡田佳那子(理学研究科 生物化学専攻 博士課程後期2年)


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