第9回 理学研究科 教授 高橋 嘉夫先生

写真:高橋先生

~面白いと思ったら挑戦してみよう~

取材実施日:2013年7月8日
第9回先生訪問は、大学院 理学研究科 地球惑星システム学専攻 地球惑星システム学講座 表層環境地球化学研究室 高橋 嘉夫(たかはし よしお)教授にお話を伺いました。

Profile
理学研究科 地球惑星システム学専攻
地球惑星システム学講座
表層環境地球化学研究室
1992年 東京大学理学部化学科卒業
1997年 東京大学大学院 理学系研究科博士課程修了
広島大学理学部助手、助教授(准教授)、を経て、現職。

現在の研究内容 — 「分子レベルの視点で地球に迫る」

地球化学・環境化学とは、地球という大きな存在を原子・分子のレベルから解明していこうとする学問です。対象は、地球で起こる現象全てです。例えば、地球の成り立ちや組成の基礎的な研究から、物質の循環や環境問題など応用的な問題まで含みます。その中でも、私の研究分野は「分子環境地球化学」という風に呼んでいます。目の前のマクロな現象を事実として認めるに止まらず、マクロな現象のメカニズムを分子レベルで解明することで、地球の進化や環境・資源問題など、基礎から応用に渡って幅広い研究を行っていきます。
例えば、福島の原発事故の時に話題になった放射性セシウムの移動の問題を挙げてみましょう。爆発などの要因で大気中に拡散したセシウムは、エアロゾルという大気中を浮遊する微粒子に付着します。この状態で大気中を浮遊したのち、土壌へと降り注ぎます。地表にセシウムが多量にあると放射能による被害削減のため除染が必要になりますが、どの程度まで土壌を除去したらよいのでしょうか。
実際にサンプリングをすることで、セシウムは地表から5 cm以内に90%が残留していると分かりました。よって地表から5 cmを目安に土壌を取り除けば、除染は可能になります。ここまでが、マクロの視点で捉えたセシウムの移動です。しかし、どうして地表から5cm以内に90%が残留しているのか。どのようなメカニズムなのか。これらを考えていくことがミクロの視点に立つ「分子環境地球化学」です。
エアロゾルに付着しているときのセシウムは主として水溶性ですが、土壌に沈着すると粘土鉱物へセシウムが安定に取り込まれることにより、水に溶けなくなります。その結果、土壌が沈下しない限りセシウムも地下へと浸透しません。このようにメカニズムを明らかにすることで、次に起こることも容易に推測できるようになります。つまり、セシウムは粘土鉱物を含むような土壌であれば地表から5cm以内に留まるものの、粘土鉱物を含まない砂地であればどんどん地下へと浸透していくことが推測されます。ミクロの視点で将来をより正確に推測できるようにしていくのが、私の研究の基盤です。

研究継続において大切なこと - 「楽しいか、役に立つか」

みなさん、モーツァルトとアインシュタイン、どちらが天才だと思いますか。
2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴先生はこのように考えておられます。「アインシュタインよりもモーツァルトのほうが天才だと思う。相対性理論を作ったのは確かに偉い。しかし、アインシュタインが理論を考え出していなかったとしても、いずれ誰かが理論を見つけ出していたはずだ。
一方で音楽をはじめとする芸術は、いずれ誰かが創るだろう、というものではない。ある創造者の手によって、世界に存在しないものをゼロから作り出し、後世の人々をも感動させる『作品』である。」(注:『文藝春秋』2011年12月号より)
かの小柴先生が、相対性理論ですらいずれは誰かが作ったと考えるなら、私の今の研究も今自分がやらなくてもいずれは誰かがやるでしょうし、私にしかできないわけではありません。ではなぜ私がそのような研究に向かうのかといえば、楽しいから、面白いからです。ですから、研究テーマが自分にとって「楽しい」かどうかは、研究を進める上でとても大事なことです。
一方で、楽しくなくても、今やらなければならない研究もあります。それが「世の役に立つ」研究です。例えば原発事故に関連してセシウムやヨウ素の移動に関する研究は、30年後にしたのでは遅いです。ですから、研究をやるなら、「楽しい」か「役に立つ」か、いずれかの基準を満たしていないといけないと学生には言っています。でももっといいのは、両方を満たす研究をしていくことだと思っています。

写真:高橋先生

大学で研究を続けようと思ったきっかけ

高校の頃は環境問題に興味を持っていました。ちょうど当時は、1973年にフランク・シャーウッド・ローランド先生が、フロンガスがオゾンホールを壊すことを予測した事実が受け入れ始められた時期です。1985年にようやく認められ、世界的に環境問題に関心が集まってきていました。
そんな中、興味の対象は環境化学にあったので理学部化学科に入学したわけですが、本当は卒業後には研究所に勤めようと思っていました。環境問題は利益に反する分野なのでなかなか企業で扱える問題ではありません。しかし、たまたまその時研究所には空きがなく、広島大学で職を得るに至りました。地球惑星科学では、化学出身者は少ないので、初めは場違いのような雰囲気も感じていました。しかし、化学の視点をもって地学に取り組むことで、従来は無かった新しい発想も得ることが出来た結果、良い意味で境界領域を探索しながら現在まで研究を続けています。

学生の指導方針について

「任せること」、「待つこと」を主軸にしています。1998年に広島大学に着任した当時は、どこまで学生の面倒を見たらいいのか分からず、卒論でも修論でも学生につきっきりで指導していました。しかしそれでは学生が考える余地もなく、一方で自分自身が研究をする時間もとれません。どうやって指導していけばいいのか、と悩んでいた頃に、二人の学生M君とS君に出会いました。
彼らは、私が思っていた以上に素晴らしい実験をやってきたのです。そこで、「任せること」の大切さに気付きました。広大の学生はよくシャイであるとか、力はあるのに自信を持っていないだとか言われます。しかし任せてみると良い研究をし、学会発表に挑戦することで徐々に自信がつき、どんどん伸びていくので、上記2つのことを大事にしています。     
また、Mの学生にはなるべく早く英語論文を1本は書くように指導しています。この時に楽しんで執筆している学生にはDへの進学を勧めています。英語の得意不得意や物を書くことの好き嫌いはありますが、このような学生ならDへ進学しても苦労せずに楽しくやっていける資質があるからです。

写真:高橋先生の研究室の様子1

D進学を目指す学生へ

朝日新聞の記事(2010年7月31日付)に「生まれ変わったら就きたい職業」ランキングが掲載されていました。このランキングのアンケート対象者は、人生経験を積んで酸いも甘いも知った40歳以上の人たちです。
どの職が1位になったと思いますか。3位は、弁護士。2位は、医師。1位は、大学教授・研究者です。この記事を見た時に、自分はラッキーだなと思いました。そういう大人たちが憧れる職に就いていることに。このようなランキングにあるように、研究者とは本質的にやりがいに満ちた職であることを若い人にはまずは知ってほしいと思います。

写真:高橋先生の研究室の様子2

取材者:志田 乙絵 (文学研究科人文学専攻 日本・中国文学語学コース 博士課程前期1年)


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